ボクサーとしての矢吹丈について──「あしたのジョー」論その二

「あしたのジョー」論第二回です。今回は、主人公・矢吹丈(ジョー)がどのようなボクサーであったか、何のためにボクシング(拳闘)をしていたかを説明します。

※「あしたのジョー」論は全十三回です。全記事一覧をご覧になりたい方は、タグ「あしたのジョー」か、記事「『あしたのジョー』論」をご覧ください。

この記事の要旨

  • ジョーのボクサータイプを追うと、プロテストまでは反則だらけで「ハングリー」「野獣」に偏っていたが、力石戦が近づくにつれて「精密機械」寄りになった。これは、力石を倒すためにボクシング技術を身につける必要があったからである。
  • 力石の死後は再び反則の多い「野獣」寄りになる。これは反則技を多用する「野獣」寄りのカーロス・リベラの影響が強いと考えられる。
  • カーロス戦後はゴロマキ権藤戦・ハリマオ戦を経て、「ハングリー」さを維持しつつ、「精密機械」と「野獣」のバランスの良いボクサーとなった。

目次

ジョーはどのようなボクサーであったか

前回は「野獣」「精密機械」「サラリーマン」「ハングリー」の四つを軸とした分類図を用いて、「あしたのジョー」に登場するボクサーを考察しました。

今回は、主人公である矢吹丈(ジョー)というボクサーについて考えましょう。まず、以下の図をご覧ください。

「あしたのジョー」に登場するボクサーの分類図をジョーに当てはめたもの

「あしたのジョー」に登場するボクサーの分類図をジョーに当てはめたもの

これは、前回の分類図をジョーについて当てはめたものです。図をご覧になれば分かりますが、ジョーの戦い方を、

  1. 少年院時代~プロ・テスト
  2. プロ・デビュー後~力石徹戦
  3. プロ復帰後~カーロス戦
  4. カーロス戦(公式戦10回戦)
  5. カーロス戦後~ピナン戦
  6. ピナン戦後~ハリマオ戦前
  7. ハリマオ戦~ホセ戦

の七つの時期に区分し、それぞれ分類してあります。これから詳しく説明しましょう。

1. 少年院時代~プロ・テスト

プロ・テストに合格するまでのジョーは、ほとんど「ハングリー」「野獣」に偏ったボクサーです(の1番)。

後で説明しますが、ジョーが熱心にボクシングに取り組むようになったのは、東光特等少年院で力石徹と出会ってからです。それまでは丹下段平のボクシング教育を受けるものの、「けんか」に近い戦い方でした。ですから、ボクシングに取り組む前のジョーが「けんか」的な戦い方をするのは当然です。

が、ボクシングに熱をあげはじめてからも、ジョーの「けんか」は消えません。少年院での戦いを見ると、とてもボクサーとはいいがたい戦い方をしています。

不意打ち
リング上での試合以外で、ジョーと力石が闘ったことが二回あります。白木葉子たちの劇団の慰問劇のときと、院内ボクシング大会が終了し、力石が退院する直前の野外試合です。ジョーは二回とも、よそ見をした力石を不意打ちで倒しています。後年、ハリマオとのスパーリングで「ゴングくらい待てねえのか」とハリマオの不意打ちをたしなめていたのとは対照的です。
反則技
院内ボクシング試合での松木との試合で、ジョーは途中からキックやバッティングなどの反則技を使います。大会後の力石との野外試合では、石を握ってグラブをつけて殴ることまでしています。
防御と逃走
リング上での力石の試合の際、力石の1分間KO宣言を破るため、ジョーはなりふり構わずリング内を逃げます。また、その後の大会での青山との試合では、途中から「見栄も外聞」も捨てて防御の姿勢をとります。これは、(前回説明した)カーロス・リベラやハリマオの防御や逃走と酷似しています。

この頃のジョーの考え方をよく表した一コマがあります。少年院の院内ボクシング大会で、松木に対して反則技を仕掛けたときのジョーの台詞です。

矢吹丈v.s.松木の院内ボクシング試合で反則をするジョー

矢吹丈v.s.松木の院内ボクシング試合で反則をするジョー

伸しちまえば問題ねえんだろう伸しちまえば!

矢吹丈v.s.力石徹の野外試合でグラブに石を入れるジョー

矢吹丈v.s.力石徹の野外試合でグラブに石を入れるジョー

だからおれは堂々と受けて立ったんだよ
ぜったい負けねえ方法をこっそり細工してな

この時期のジョーの試合ぶりは、「ボクシング」ではなく「けんか」そのものです。勝つためならルールを破っても問題ないという態度なのですから。

こうした「けんか」的なやり方は、少年院を出所してからも続きます。丹下拳闘クラブがコミッショナーに認められないため、控室でウルフ金串を殴って無理やり認めさせたり、プロテストでは対戦相手の稲垣をリング外まで追い詰めたりと、少年院時代と変わらぬ無法ぶりです。

矢吹丈v.s.稲垣のプロ・テスト試合でリング外まで追い詰めるジョー

矢吹丈v.s.稲垣のプロ・テスト試合でリング外まで追い詰めるジョー

2. プロデビュー後~力石徹戦

おもしろいことに、プロデビュー後は、ジョーの「けんか」的な試合は息を潜めます。

代わりに、「両手ぶらり」からクロスカウンターを繰り出すという新戦法を生み出します。また、少年院で身につけたものの全く使わなかったスウェーなどの技術も使うようになってきます。

矢吹丈v.s.ウルフ金串の公式戦6回戦の解説者

矢吹丈v.s.ウルフ金串の公式戦6回戦の解説者

これは重要な変化です。あれだけ反則三昧をしていたジョーが、プロデビュー後はほとんど反則をしないのですから。こうした反則の減少、技術の進歩を鑑みて、図では「ハングリー」さは維持、1番よりも「精密機械」に少し近くなっています(の2番)。

3. プロ復帰後~カーロス戦

力石の死後、暫く放浪してからジョーはプロに復帰します。プロ復帰後はノーガード戦法は全く使わず、堅実にガードを固め、技術を使って相手を攻めるようになります。

が、濹東拳闘クラブのスパーリングで怒って対戦相手に蹴りを入れたり、南郷戦で嘔吐した後に反則をしたりしています。少年院の松木戦、プロテストの稲垣戦のときもそうでしたが、ジョーは怒るとルールを破る傾向があります。

カーロスに対しても、エキジビジョンマッチではエルボーという反則技をお見舞いしています。

プロデビュー後の2番に比べると、この頃は反則やルール破りが目立ちます。反則技を平気で使うカーロスを相手にしていたこともあり、かなり「野獣」に近くなっています(の3番)。

4. カーロス戦(公式戦10回戦)

ジョーとカーロスの公式戦10回戦は、4ラウンドまではきちんとしたルールに則って試合が行われていましたが、5ラウンドは両者のルール無用・反則上等の「けんか」になりました。ここでジョーは少年院以来の一切の技術を忘れ、昔の「野獣」に戻ってしまったわけです(の4番)。

ちなみに、これ以降ジョーは試合中に反則をすることは一切なくなります。これは重要な変化ですが、詳しくは後で説明します。
なお、アニメ「あしたのジョー2」ではカーロス戦の結末は改変されており、「けんか」でない普通の試合になっています(第12話「吹雪の夜…その果しなき戦い」)。

5. カーロス戦後~ピナン戦

カーロス戦後、ソムキットを皮切りに金竜飛、ハワイのピナンと戦いますが、反則技は一切見られません。

ただし、金竜飛との東洋タイトルマッチ、ピナンとの試合で序盤から猛攻を仕掛けたり、満身創痍のピナンを殴り続けたり、握手を求めるホセ・メンドーサに殴りかかったりと、「野獣」らしさは健在です。

このことから、以前よりも「精密機械」寄りになったと考えられます。また、この頃は金竜飛戦に備えての減量なども経験しているので、「ハングリー」さも十分です(の5番)。

6. ピナン戦後~ハリマオ戦前

ピナンに勝利してハワイから帰国して以来、ジョーに「ハングリー」精神がなくなってきます。この頃はサイン会やテレビ出演などで、ジョーが現代社会に毒されていたためです。

ジョーや葉子は「野獣」らしさが薄れてきたと表現していますが、ここでいう「野獣」とは、カーロス戦で見せた反則上等の「野獣」ではありません(こう考える根拠は後述)。少年院時代からの「ハングリー」さがなくなってきたと捉えたほうがよいでしょう。

ピナン戦以降は試合が一切描かれていませんが、恐らくは技術的にも向上していたと考えられます。アニメ「あしたのジョー2」では、レオン・スマイリーというオリジナルキャラクターを登場させ、彼とジョーを戦わせることによって、そのことを強調していました(36話「葉子…新たなる企て」)。

こうしたことから、の6番はより「精密機械」に近くなり、「ハングリー」さは減少しています。

7. ハリマオ戦~ホセ戦

ジョーの「ハングリー」さの衰えを見抜いた葉子がマレーシアからハリマオを招聘し、「野獣」らしさを取り戻させるべく、ジョーと戦わせます。この結果、ジョーは「野獣」らしさを取り戻すのですが、少年院時代やカーロス戦の「野獣」とは違うことに注意が必要です。

ハリマオ戦でもホセ戦でも、反則技は一切使いませんでした(ゴロマキ権藤との「けんか」スパーリングでも、パンチだけで反則はしていません)。両試合ともに高い技術力を見せ、特にホセ戦では「こんにゃく戦法」、「トリプルクロスカウンター」などの往年の必殺技を披露しました。ハリマオ戦では「反則にもならないってところが……この逆襲策のバツグンなところだぜ」と、反則を上手く回避する悪賢さを見せています。

その一方で、「野獣」らしさも薄れてはいません。ハリマオ戦ではハリマオの飛翔戦法に対抗すべく奇抜な戦術を使いますし、ホセ戦では奇抜な戦術は使いませんが、なりふり構わずクリンチをするところなど、「野獣」らしさが残っています。

こうしたことを鑑みて、ジョーは最終的には最高の「ハングリー」を持ちつつ、「精密機械」と「野獣」のバランスの良いボクサーになったと思われます(の7番)。こうしたジョーを葉子は「きびしいほどみごとな本格的ボクシングに昇華」「ハリマオのルール無用のケンカ・ボクシングには一度も応じなかった」と表現しています。

ここまで、ジョーというボクサーの軌跡を辿ってきました。と同時に、いくつかの疑問点が出てきます。

  • なぜ少年院時代とプロ・テストまでのジョーは「けんか」や「反則」ばかりしていたのか?
  • なぜ「けんか」一辺倒であったジョーが、プロデビュー後は反則をしなくなるのか?
  • なぜプロデビュー以来反則をしなかったジョーが、プロ復帰後に反則をするのか?
  • なぜカーロスとの公式戦8回戦は、ルール無用の「けんか」試合になったのか?
  • なぜカーロス戦後は再び反則がなくなるのか?
  • なぜホセ戦前に、「ハングリー」さを取り戻す必要があったのか?

この疑問に答えるためには、ジョーがボクシングをしてきた目的を考えなくてはなりません。

ジョーは何のためにボクシングをしていたのか

1. 力石徹を倒すため

最初ジョーはボクシングを単に金儲けの手段として考えていました。それが変わるのは、少年院で力石徹にKOされたためです。

少年院の独房の中で力石への復讐を誓う矢吹丈

少年院の独房の中で力石への復讐を誓う矢吹丈

それ以来、ジョーは力石を倒すためにボクシングをしてきました。ヘッド・ギアをつけるのを嫌がり、力石と同じ大きさのグラブをつけたがったり、力石よりも早いKOを目指したりと、力石に対して異常な対抗心を見せるのはそのためです。白木ジムへの所属を頼まれたときなど、力石と戦うことが自分の「生き甲斐」だと断言しています。力石に対するジョーの執着心が分かろうというものです。

白木ボクシングクラブの招聘を断る矢吹丈

白木ボクシングクラブの招聘を断る矢吹丈

こうした考え方を理解するために、板垣恵介『バキ』の台詞を引用します。主人公の範馬刃牙(バキ)が、父であり宿敵である範馬勇次郎に対していう台詞です。

俺は別にあなた(範馬勇次郎)のように地上最強を誇っているワケじゃない
仮にあなたがこの世で一番弱い生き物だったとするなら
俺は二番目に弱い生き物でいい
ほんの少し……あなたよりほんの少しだけ強ければそれでいい

さすがに「二番目に弱い生き物」では嫌がるでしょうが、ジョーの考え方もこれに近いと思われます。彼は世界チャンピオンになりたいわけではなく、力石より強くなれればそれで構わないのです。

その証拠に、ジョーは力石以外のボクサーに興味をほとんど示しません。いくら強いとはいえ、力石はまだ八回戦の新米ボクサーにすぎません。力石より強いボクサーなど他にもいるはずですが、ジョーはあくまで力石を倒すことだけにこだわります。それは、自分(ジョー)に勝ったという点で力石が倒すに値するからであり、それ以外のボクサーは倒すに値しないからです。

ここで、

  • なぜ少年院時代とプロ・テストまでのジョーは「けんか」や「反則」ばかりしていたのか?
  • なぜ「けんか」一辺倒であったジョーが、プロデビュー後は反則をしなくなるのか?

という疑問に答えましょう。

まず1番の答えですが、これは力石を倒すためなら手段を選ばなかったからです。ジョーがボクシングを選んだのは力石と戦えるからであって、ボクシング自体にこだわりはありません。力石を倒せるなら不意打ちをしようが、グラブの中に石を入れようが構わないというのがジョーの考えでした。

しかし、少年院の草拳闘ならともかく、リング上のプロボクシングでは、反則など許されません。少年院の収容生やプロ・テストの対戦相手を蹴散らすぐらいなら「けんか」をしても構わないが、力石との試合で「けんか」をすることはできない。すると、プロデビュー後はきたる力石との試合のため、「けんか」戦術は封印しなくてはなりません。

しかし、ボクシング暦では明らかに力石に劣るジョーですから、「けんか」の強さ以外によりどころがないのも事実。そこで、自分の「けんか」強さを、「スウェー」「両手ぶらり」「クロスカウンター」という(反則でない)実戦的な戦術に磨き上げることによって、力石に対抗しようと考えたわけです。これが、2番の答えです。

2. 力石徹の「亡霊」を倒すため

力石を試合で殺してしまった後、ジョーは目的を失って、一時はボクシングをやめることも考えました(おでん屋でのエピソード)。そんなジョーですが、ウルフ金串やゴロマキ権藤、励ましてくれるドヤ街の人たちの声援を得て、再びプロに復帰します。

先ほども見たように、力石が死んでプロに復帰した後、ジョーは反則や乱闘が増えます。この時期は不調であったからというのもありますが、最大の原因は、力石が死んでしまったからです。

力石が生きていた頃は、力石と試合をするために「けんか」戦法を封印していたわけです。ところが、力石の「亡霊」との戦いはリング上での戦いではないので、別にルールに拘る必要がない。試合で「けんか」をして反則負けになっても、力石の「亡霊」を倒すことができればO.K.なのです。

なぜプロデビュー以来反則をしなかったジョーが、プロ復帰後に反則をするのか? それは、力石の「亡霊」との勝負においては手段を選ぶ必要がなくなったからです。

こう考えると、なぜジョーがカーロスに「底知れぬスケール」を感じたのかが分かります。リング上でパフォーマンスをしたり反則技を使ったりと、カーロスは力石とは真逆のタイプのボクサーです。前回の図でも、カーロスは「野獣」寄り、力石は「精密機械」寄りになっていました。

力石の「亡霊」を倒すためには、カーロスという「野獣」型のボクサーと戦い、ジョー自身も「野獣」に戻ることによって、力石という「精密機械」の「亡霊」を倒すしかなかったのです。

3. 戦うため

今まで力石を倒すためにボクシングをしてきたジョーでしたが、カーロスとのエキジビジョンマッチ以降、ボクシングの目的が変わってきます。力石との因縁が消滅するからです。

カーロスとのスパーリングでテンプルを打てるようになり、エキジビジョンマッチでは完全に力石の「亡霊」から解放されるのですが、注目したいのはエキジビジョンマッチで失格になったときのジョーの言動です。

タイガー尾崎戦でタオルを投げられたり、金竜飛戦では計量機を細工されたりと、金竜飛戦やホセ戦でタオルを投げられそうになったりと、ジョーは段平がじゃまするたびにそれに怒っています。が、このエキジビジョンマッチは段平の過失で終わったにも関わらず、ジョーは段平を責めるどころか、観客から守っているのです。

それは、ジョーにとってはカーロスとの試合の決着をつけることが重要なのではなく、力石の「亡霊」に勝つことが重要であったからです。それが果たされた以上、エキジビジョンマッチの結果はどうでもいいわけです。

この後、葉子の策でカーロスとの公式戦10回戦が企画されます。が、ここでは力石との因縁は既になく、ジョーとカーロスはただ戦いたいがために殴りあいます。

ここで、なぜカーロス戦はルール無用の「けんか」試合になったのかという疑問に答えます。

前述の通り、ジョーがボクシングをしていたのは、力石と戦うためです。が、このカーロス戦ではもはや力石の「亡霊」は存在しないのですから、ボクシングをする必要はない。ジョーからボクシングをとったら、残るのは「けんか」しかありません。そして、カーロスも「けんか」に飢えていた「野獣」ですから、両者の利害が一致し、この公式戦10回戦は「野獣」同士の「けんか」に変わったのです。

ジョーがボクシングをする動機であった力石との因縁が消滅したため、ボクシング試合をする必然性がなくなり、「けんか」になった。これが答えです。

4. ホセ・メンドーサと戦うため

力石との戦いにけりをつけ、「野獣」カーロスとも十分に殴りあった。もはや、ジョーがボクシングをする理由はなくなったといえます。

実は、カーロス戦の直後、ジョーが「引退」をほのめかす場面があります。もちろん、引退するとはいっていませんが、ジョーが「引退」という言葉を口にするのは、作中でここだけなのです。

カーロス戦後、小切手を白木邸に取りに来た矢吹丈

カーロス戦後、小切手を白木邸に取りに来た矢吹丈

けっ 金になんぞ換えられるかい
あの命ぎりぎり燃やし尽くした勝負がよっ
この虚脱状態のまんま
もし仮に引退したとしても
力石やカーロスとの思い出は
おれの青春の遺産になってくれるぜ

この場面の前、葉子も白木ボクシングクラブ会長の引退をほのめかしています。彼女が会長になったのは、亡き力石のためにジョーをリングに復活させるためです。それが実現された以上、彼女が会長の座にとどまる理由はないわけです。

このまま穏便に話が進めば、ジョーも葉子もボクシングから身を退いていたかもしれません。アニメ第一作「あしたのジョー」の最終話(79話「燃えろ 遠く輝ける明日よ!!」)は、カーロス戦後にジョーが旅に出るというアニメオリジナルストーリーになっていますが、原作でもそうなっていたかもしれない。

が、ジョーと葉子をボクシングにとどまらせることが起きます。ホセとの世界タイトルマッチに敗れたカーロスが、実はジョーによって壊されていたという噂です。

力石を殺したという罪悪感を背負い、その力石の「亡霊」と戦い、それをカーロス戦で振り切った。ところが、再び「亡霊」が現れてしまったのです。新たな「亡霊」が生まれた以上、ジョーはボクシングを引退することはできません。

この後、ジョーはホセ・メンドーサを標的に据えるようになります。それがカーロスの敵討ちなのか(アニメ「あしたのジョー2」の第16話ではそういう設定でした)、世界チャンピオンにならなくては力石やカーロスに申し訳ないという責任感なのかは作中では描かれていません。

5. 「魂の語らい」をするため

カーロスの世界タイトルマッチ敗北の後に林紀子とのデートがあり、あの有名な「真っ白に燃え尽きる」という台詞が登場します。

紀子とのデートで、ボクシングをする理由を話す矢吹丈(1)

紀子とのデートで、ボクシングをする理由を話す矢吹丈(1)

だが
相手の流した血に対して──
止まってしまった心臓に対して
ある負い目が残るのも確かだ

紀子とのデートで、ボクシングをする理由を話す矢吹丈(2)

紀子とのデートで、ボクシングをする理由を話す矢吹丈(2)

そこいらの連中みたいに
ブスブスとくすぶりながら
不完全燃焼しているんじゃない
ほんの瞬間にせよ
まぶしいほど真っ赤に
燃え上がるんだ

そして
後には真っ白な灰だけが残る……
燃えかすなんか残りやしない……
真っ白な灰だけだ

有名な台詞ですが、一つ疑問に思わないでしょうか。

ジョーはいつの間に、こんな考えを持つに至ったのか?

ボクサーたちに「負い目」が残るというのは、以前から伏線がありました。力石が死んでジョーが放浪していた頃、「バロン」というバーで葉子に会ったとき、ウルフ金串や力石たちの「神聖な負債」があるのだから、ジョーはリングの上で死ぬべきだといわれていたからです。

しかし、この「真っ白に燃え尽きる」発言については、全く伏線がありません。これをほのめかす台詞もありませんでした。いつの間にジョーはこんな考えを持つに至ったのでしょうか?

ここで、先ほどの話を思い出してください。カーロス戦を通じて、ジョーは既に力石との因縁を断ち切ったことを。

ジョーは長年力石を倒すためにボクシングをしてきたわけですから、それがなくなり、カーロスも廃人になった今、自分がボクシングをする意味があるのかどうか、考えていたはずです。先ほど述べたように、もう「引退」してもおかしくないわけです。

自分がボクシングをやる目的は、ウルフ金串や力石やカーロスへの「負い目」だけなのか? そうでないことにジョーは気がついたでしょう。前回述べたような「男同士」の「拳の語らい」があったからです。

力石やカーロスは、若い命を散らして、ジョーとの戦いに青春を燃やし尽くし、「真っ白な灰」になった。自分もそのように生きたいと願うに至った。ジョーが「真っ白に燃え尽きる」発言をしたことには、こうした背景があったのではないでしょうか。

ハワイで葉子にいっていたように、これ以降のジョーはホセと戦うことだけが「生き甲斐」となります。カーロス戦を通じて、誰かと戦うことの因縁から解放されたはずなのですが、それに再び捕らわれてしまったのです。

この後のジョーの闘いは、いわばホセ戦に向けての通過点にすぎません。金竜飛戦もハリマオ戦も、ジョーにとってはホセと戦うための準備にすぎなかったわけです。

ここで、

  • なぜカーロス戦後は再び反則がなくなるのか?
  • なぜホセ戦前に、「ハングリー」さを取り戻す必要があったのか?

この二つの疑問にまとめて答えます。

カーロス戦後にジョーの反則が一切なくなるのは、(ハリマオ戦後に葉子のいう通り)、ジョーの敵がホセ・メンドーサだからです。「精密機械」の極致である彼に、反則だらけの「野獣」の闘いなど通じませんし、リング上ではそうした戦い方はできません。これは、プロデビュー後に力石との戦いに備えて、反則技を一切使わなくなったことと同様です。

かといって、技術的にはジョーはホセより遥かに格下ですから、勝利の可能性は「ハングリー」しかない。これも、「けんか」以外に勝ち目のなかった力石戦と同じです。しかし、当時のジョーと違って、ピナン戦後のジョーは「ハングリー」自体が衰えてしまっています。

そこで、ハリマオという「ハングリー」「野獣」の塊と戦い、ゴロマキ権藤たちとの「けんか」スパーリングを通じて、「ハングリー」さを取り戻したのです。そうした「ハングリー」さを活かしつつ、ボクシングの技術を活かしてホセと戦うことになります。カーロス戦以降一切登場しなかった「クロスカウンター」と「トリプルクロスカウンター」がホセ戦で登場するのはそのためです。

こうして見ると、力石戦とホセ戦が同じ構造を持っていることが分かると思います。どちらも

  1. ジョーは自分よりも高い技術を持つ「精密機械」型の敵(力石・ホセ)と戦うことになる
  2. 「精密機械」型の敵に対しては「野獣」型で対抗したいが、リング上では反則技を使えない
  3. そこで、高い「ハングリー」さを持ちつつ、「野獣」らしさを持った技術(クロスカウンター)で戦う

という構造になっているのです。

力石徹とホセとの試合は、ジョーはどちらも負けています。これには理由があるのですが、それは後の機会に書きましょう。

追記: 第四回で力石戦で負けた理由について、第七回でホセ戦で負けた理由について説明しました。

今回は、ジョーというボクサーについて説明しました。次回は、ドヤ街の住人としてのジョーについて説明します。

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