なぜ赤木しげるはアルツハイマー病になったのか

福本伸行の漫画『天』に登場する赤木しげるは、晩年アルツハイマー病を発症したため、マーシトロンという自殺幇助装置を使って1999年9月26日に自殺しました。『天』を読まれたことのある方ならよくご存じでしょう。

しかし、赤木がなぜアルツハイマー病になったのかは、作中では全く描かれていません。赤木が東西戦で敗退するのが第88話「訣別」、9年後の「通夜編」で再登場するのが第138話「予感」ですが、この9年間に何があったのかは不明です。東西戦のときにはアルツハイマーの兆候などなかった赤木が、9年間でどのように変化していったのでしょうか。

今回はアルツハイマー病という病気について確認した上で、赤木のアルツハイマーを考えます。

この記事の要旨

  • アルツハイマー病は前駆症状・第一期・第二期・第三期に分類される。赤木しげるは第一期に該当すると考えられる。
  • 50・60代でアルツハイマー病を発症する人間が極めて少ないことから、53歳以下で発症した赤木しげるはかなり特殊である。家族性アルツハイマー病は50代で発症する人が多いことから、赤木は家族性アルツハイマー病であった可能性がある。
  • 赤木しげるの全盛期が過ぎた頃からアルツハイマー病が発症したため、赤木の衰えの原因はアルツハイマー病にあったと考えられる。

アルツハイマー病に関する基礎的な知識

そもそもアルツハイマー病とは何でしょうか。赤木しげるの話に入る前に、まずアルツハイマー病に関する知識を学んでおきましょう。

アルツハイマー病とは、ドイツの医者アロイス・アルツハイマーが報告した認知症の病気で、認知症の中でも特に多い病気です。先日紹介したNHKスペシャル「アルツハイマー病をくい止めろ!」によれば、認知症の七割はアルツハイマー病が占めるそうです(2:43)。

アルツハイマー病には家族性アルツハイマーとアルツハイマー型認知症とがありますが、大多数は後者です。前者は遺伝性のもので、わずか5%に満たないともいわれます(家族性アルツハイマー病 <痴呆症の原因・予防NAVI>)。

アルツハイマー病は四つの段階に分かれて進行しますアルツハイマーの症状の段階を知ることが重要です。)。

  1. 前駆症状(軽度認知障害、MCI)
  2. 第一期(健忘期)
  3. 第二期(混乱期)
  4. 第三期(臥床期)

前駆症状とは、アルツハイマー病の徴候が見え始める時期です。物忘れや人格変化などが起こりますが、日常生活に支障を来すレベルではないので気づきにくいようです。

第一期(健忘期)とは、前駆症状が悪化する時期です。健忘症状や空間的見当識障害、記憶障害が起こります。この時期になると、周囲がアルツハイマー病に気づき始めます。

第二期(混乱期)とは、知的障害や失語を来し始める時期です。

第三期(臥床期)はアルツハイマー病の末期症状です。失禁や拒食も起こり、介護なしでは生活できなくなってきます。

なお、アルツハイマー病はアミロイドβとタウという蛋白質の蓄積によって起こるといわれますが、これは前駆症状に突然蓄積されるわけではなく、長い年月をかけて蓄積されます。ワシントン大学のDIAN研究によれば、発症から25年前に蓄積が始まるそうです。

ですから、アルツハイマー病には四段階だけでなく、蓄積の行われる前段階があります。ただ、この段階では全く症状が現れないので、気づくことが難しいのです。アルツハイマー病が手遅れになりやすいのは、年月の長さによる徴候の気づきにくさにあります。

どの段階がどれぐらいの期間続くかは人によって違うのですが、

  • アミロイドβとタウの蓄積開始~前駆症状で20年(症状なし)
  • 前駆症状~第一期(発症)で5年
  • 第一期~第二期・第二期~第三期で2~3年

ぐらいが目安です(詳しくは「アルツハイマー病をくい止めろ!」の11:48以降参照)。ただ、第一期で長く留まる人もいれば、発症してから4~5年かけて移行する人もいるので、一概にはいえません。

なお、アメリカの認知症ケア動向Ⅴによると、アルツハイマー病患者の年齢別発症率は、

  • 65~74歳が1.6%
  • 75~84歳が19.4%
  • 85歳以上が42.5%

だそうです。これはアメリカのデータですが、日本でも似たようなものだと考えると、アルツハイマー病を発症する年齢は75歳以上が多いようです。

ただ、家族性(若年性・早発性ともいいます)アルツハイマー病は発症年齢が低く、65歳以下で発症する人もいます。「アルツハイマー病をくい止めろ!」の6:35では、平均年齢50歳で発症する一族の例が報告されています。

赤木しげるのアルツハイマー病症状を分析する

アルツハイマー病の話はここまでにして、赤木しげるの話に戻りましょう。

まず、作中の赤木の症状をまとめます。

話数 症状
第138話「予感」
  • 視力障害(左目の視界1/3が見えない)
第139話「理由」
  • 進行の早い早発性
  • 症状は初期から中期
  • MRI(磁気共鳴映像)でも確認できるほど脳に損壊が見られる
  • 3年ほどで廃人か死に至る
  • この状態で赤木が破綻をきたしていないのは奇跡的
第140話「決心」
  • 今日の年月日が分からない
  • 自分の年齢が分かっているかどうか怪しい
  • 計算は簡単なものでも無理
  • 記憶も失われている
第141話「引き際」
  • 東西戦の十順交代制麻雀は覚えている
第148話「天外者」
  • 麻雀牌の絵柄の認識はできる
  • 麻雀・ナインのルールを忘れている
第152話「濃度」
  • チキンラン・倉田組での丁半博打・浦部戦・鷲巣戦は覚えている
第155話「悪癖」
  • 将棋や麻雀牌の名称は覚えている
第156話「傷つき」
  • レオナルド・ダ・ヴィンチ、アインシュタイン、ベートーヴェンの顔は覚えている
第160話「生涯」
  • 「少し前に取り沙汰された話」(DNA)を覚えている
  • 自分が50年以上生きたことは覚えている

金光が「初期から中期」といっている通り、失語や知的障害が見られないので、赤木しげるはまだ第二期(混乱期)に入っていないと思われます。第一期に見られる健忘症状や空間的見当識障害は出ていますが、徘徊などはしていません。

計算や麻雀のルールなど数理的な能力はほとんど失っていますが、昔の自分の戦いや麻雀牌の名称、DNAや自分の人生の長さなどの単純な記憶能力は意外と残っています。言語能力については、発症前とほとんど変わりません。

ただ、麻雀をして生きてきた赤木が、麻雀の能力を失っていることは驚くべきことです。第145話「生き死に」では、「俺にはもう麻雀が… よく分からんのよ…!」というショッキングな言葉をいっていました。

赤木しげるのアルツハイマー病の発症年齢と症状経過

次に、赤木しげるのアルツハイマー病の発症年齢と症状経過を考えます。

赤木が自殺したのが53歳です。発症がいつなのかが分かりませんが、前年の52歳と仮定しても相当に早い発症です。65歳~74歳での発症患者すら5%以下ですから、赤木は特殊な患者だといえます。

赤木の九年間や発症当時の様子が描かれないので分かりませんが、恐らく「通夜」は、発症が判明して間もなく執り行われたのではないでしょうか。早い段階で発症が判明しており、赤木はしばらくリハビリに取り組んでいたものの、治る見込みがないので自殺することにした……とは思えないのです。

ただ厄介なのは、発症が分かることと実際に発症することは別であること。仮に53歳の時点で発症が判明したとしても、実際にはもっと前から発症しています。それがいつ頃なのか特定するのは困難です。

通夜の時点で赤木のアルツハイマー病がかなり進行していたのは、前駆症状の時点で気づけずに放置していたからでしょう。前駆症状は、ふだん一緒に生活している人でもない限り、徴候に気づくのが難しい時期です。しかし、ふだん一人で放浪している赤木にそんな人はいませんから、気づくのが遅れても無理はありません。

赤木しげるは家族性アルツハイマー病の可能性があった

なぜ赤木は発症が早かったのか? 詳しくは分かりません。アルツハイマー病の原因自体はアミロイドβとタウの蓄積であることが分かっていますが、それがどういう原因で起こるのかは研究途上だからです。運動不足とか喫煙とか食生活とか色々な理由が挙げられています。

喫煙がアルツハイマー病を引き起こすという研究もあります。赤木はしょっちゅう喫煙しているのでありそうな話ですが、現在喫煙説は否定されているそうです。

また、ボードゲームやクイズ、芸術活動などを積極的に行う人はアルツハイマー病が発祥しにくいというデータもあります。終生麻雀という知的ゲームに励んできた赤木がアルツハイマー病になったのは皮肉というほかありません。

私の推測では、赤木の発症が早いのは、彼が家族性アルツハイマー病であったからです。赤木がアルツハイマー病になったのは生活習慣ではなく遺伝なのです。

先ほど紹介した「アルツハイマー病をくい止めろ!」の6:35では、50代でアルツハイマー病が発症する一族が紹介されていました。50代というと、ちょうど赤木が発症したと思われる年齢と重なります。

赤木は両親や親族が全く不明ですが、赤木とて人間ですから、親はいたはずです。もしかすると、赤木の一族が家族性アルツハイマー病で、赤木はそれを自覚することなく生きてきたのではないか……と私は想像します。

赤木しげるはアルツハイマー病の進行によって衰えた

赤木の全盛期はいつ頃なのか不明ですが、第37話「東西決戦開始」によれば、3年間ほど「裏の世界」で君臨していたそうです。天貴史と戦った42歳の3年前に引退したそうなので(第16話「有智高才」)、君臨していたのは36~39歳頃でしょうか(アカギ年表参照)。

ここで、アルツハイマー病の原因であるアミノイドβの蓄積が始まるのは発症の25年だという話を思い出してください。仮に52歳で第一期(健忘期)が発症したとすると、蓄積開始は27歳の頃です。15年後の42歳頃までは蓄積が進行しますが、症状はありません。20年後の47歳頃から前駆症状が起こり、52歳頃から第一期(健忘期)が始まったと考えられます。

こう考えると、赤木の勝負強さとアルツハイマー病に関係があるように思われます。『アカギ』で描かれた13~19歳の頃はアルツハイマー病はほとんど進行していないので当然強い。アミノイドβの蓄積が始まってからも、全盛期の36~39歳頃は症状がほとんど出ませんから強いままです。

しかし、天と戦った42歳、東西戦に出た44歳では蓄積から15年以上経過しており、赤木しげるのアルツハイマー病がかなり進行していたと考えられます。運が衰えただけではなく、天戦ではミスを連発して天に逆転されたり(第22話「指運」)、東西戦でも僧我に追っかけリーチをして反撃を食らったり(第75話「贈り物」)、若い頃にはなかった不注意が見られます。こうしたミスは赤木が全盛期を過ぎたためですが、実はその原因はアルツハイマー病の進行にあったのではないでしょうか。

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なぜ赤木しげるはアルツハイマー病になったのか」への1件のフィードバック

  1. 赤木さんを知ったのは2015年になってからととても遅かったのですが、こんなに痺れる人に逢ったのはリアル生活の学生時代以来。愛してます。麻雀はあんまりわからないけど、そしてわかりたくないけど。でも赤木さんの一言一句に陶酔・・・

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