「マクガフィン」という概念について

「マクガフィン」という言葉があります。小説や映画などの作劇上の用語です。元々は映画監督のヒッチコックが唱えた概念だそうです。

この言葉について、Wikipediaでは以下のように説明しています。

マクガフィン(MacGuffin, McGuffin)とは、何かしらの物語を構成する上で、登場人物への動機付けや話を進めるために用いられる、仕掛けのひとつである。登場人物たちの視点あるいは読者・観客などからは重要なものだが、作品の構造から言えば他のものに置き換えが可能な物であり、泥棒が狙う宝石や、スパイが狙う重要書類など、そのジャンルでは陳腐なものである。

この説明は正しいとは思いますが、よく分からない説明でもあります。「作品の構造から言えば他のものに置き換えが可能」とはどういうことか、具体的によく分からないからです。

今回の記事では、私なりに「マクガフィン」という概念について説明します。

この記事の要旨

  • マクガフィンは「作中の必然性」と「作者の必然性」で3通りに分類することができる

カフカ『変身』を元に「マクガフィン」を考える

「マクガフィン」を考えるにあたって、ある小説を考えてみます。フランツ・カフカの『変身』です。有名なのでご存じの方も多いでしょうが、簡単に粗筋を述べます。

『変身』は、グレーゴル・ザムザという男がある日、夢から覚めると巨大な虫に変身しており、彼の家族との奇妙な生活が始まるという小説です。

『変身』を読んだことのある方はお分かりかと思いますが、『変身』の中では、グレーゴルがなぜ虫に変身したのかという説明が全く出てきません。もしかすると、説明されていない何か重大な理由があるのかもしれませんが、作中で説明されていない以上は読者には分かりません。

率直にいえば、グレーゴルが虫になる必然性は全くないのです。『変身』は、「主人公がある日突然奇怪なものに変身してしまい、生活が一変してしまった」ことを描いた作品ですから、蛇とか鳥とか鰐とか、何なら人造人間でも構わない。要は、何かに「変身」すればよい。

ここで「マクガフィン」に戻ります。「マクガフィン」とは、『変身』における虫のような存在のことを指すのです。物語を動かすために重要ではあるが、それがそうであるという理由・必然性が存在しないもののことです。

例えば、「グレーゴルは元々昆虫少年で、昔から虫になりたいと思っていたので、神様の力でその夢が叶って虫になったのである」とかいう理由説明があるならば、「虫」は「マクガフィン」にはなりません。グレーゴルが「虫」になる理由があるからです。

「いや、作者のカフカにとっては虫である理由があったかもしれないではないか」という意見があろうかと思いますので、これから説明します。

マクガフィンは「作中の必然性」と「作者の必然性」で分類される

「マクガフィン」を考える上で重要なのは、作中の必然性と、作者がそれを採用しようと考えた必然性を区別することです。

もう一つマクガフィンの例を考えるために、Wikipediaに挙がっているヒッチコックの映画「汚名」を考えてみましょう。大まかに粗筋を説明します。

主人公のアリシアはFBI捜査官と協力してナチ残党を追跡するのですが、ナチ残党のセバスチャンの組織を探る中で、組織が原子爆弾の材料であるウラニウムを隠していたことが発覚します。最終的にはその秘密が発覚してナチ残党は捕まり、事件は解決します。

「マクガフィン」に話を戻すと、「汚名」におけるウラニウムこそが「マクガフィン」だとWikipediaでは説明されています。というのも、ヒッチコックはウラニウム自体ではなく、それを元にした物語の展開に主眼を置いていたので、ウラニウムは「他のものに置き換えが可能」だからだと。

しかし、これは作中の理由と作者の意図をごちゃごちゃにしている感があります。確かに作者のヒッチコックにとってはそうですが、作中のナチ残党にとってはそうではありません。彼らには「ウラニウムで原子爆弾を作る」という理由があるからです。もしウラニウムを別のものに置き換えたら、その理由が成立しなくなります。

ヒッチコックは「ウラニウムがいやなら、ダイヤモンドにしましょう」といったそうですが、仮に「ダイヤモンド」に置き換えても同じ問題が発生します。ナチ残党には「ダイヤモンドを使って金儲けをする」といった何らかの理由があってダイヤモンドを隠すわけですから。

つまり、「汚名」におけるウラニウムとは、作中の登場人物にとっては必然性がある(置き換え不可能)が、作者にとってはそうではない(置き換え可能)わけです。

「必然性の主体となる人物」「置き換えの可否」という二つの軸で考えると、四つのパターンに分けることができます。

  1. 作中の登場人物にとっても作者にとっても置き換え可能である
  2. 作中の登場人物にとっては置き換え可能だが、作者にとっては置き換え不可能である
  3. 作中の登場人物にとっては置き換え不可能だが、作者にとっては置き換え可能である
  4. 作中の登場人物にとっても作者にとっても置き換え不可能である

4番は置き換えられる要素がないので「マクガフィン」から除外すると、1~3番のいずれかが「マクガフィン」に該当します。

3通りのマクガフィンを『変身』『城』「機動戦士ガンダム」から考える

上のリストでいうと、ヒッチコック「汚名」のウラニウムは3番に該当しますね。カフカ『変身』の虫は、1番か2番です。3番については既に説明したので、1・2番について『変身』を例に説明しましょう。

まず1番。例えば、カフカが「虫でも何でもいいから、とりあえずグレーゴルを何かに変身させよう」と思っていたとしましょう。この場合、虫は虫以外の存在に置き換え可能です。

次に2番。私はカフカの生涯を詳しく知りませんが、例えば、彼が虫を題材にした小説が好きで、「主人公が虫に変身する小説を描きたい」と思っていたとしましょう。この場合、グレーゴルにとっては虫に変身する必然性がありませんが、作者のカフカにとっては存在します。カフカにとっては、虫を別物に置き換えたら小説が成立しませんから、2番に該当します。

ちなみに、カフカに『城』という小説がありますが、この作品に登場するのは3番のマクガフィンです。

簡単に説明すると、Kという測量師が伯爵家の「城」に呼ばれるのですが、城の近くにある村に泊まったきり、「城」からは何の連絡も来ない。村で待機するKはごたごたやトラブルに巻きこまれ、いつまでも「城」に辿り着けない……という話です。

Kが「城」へ行きたがるのは、「城の伯爵家が測量の仕事をKに依頼した」という理由があるからであり、それが作中で示されています。『変身』の「虫」と違って、何の理由もなく突然「城」に行きたくなったわけではないのです。

一方、カフカにとっては、「城を目指す主人公の話が書きたい」という必然性があったわけではないでしょう。伯爵家の住む城は、Kが目指すべき場所にすぎませんから、館でも家でも島でも構わない。ですから、作者にとっては置き換えが可能です。

カフカやヒッチコックだけでは分かりづらいかもしれないので、別の例も挙げます。ニコニコ大百科で例に挙がっているガンダムで考えてみます。

アニメ「機動戦士ガンダム」の主人公アムロ・レイは元々戦争被災者でしたが、偶然手に入れたマニュアルを見ながら試作モビルスーツ「ガンダム」に乗り、ザクII二機を破壊します。これがきっかけで彼はガンダムのパイロットとして活動します。

このとき、アムロにとってはガンダムは置き換え不可能です。「地球連邦軍がモビルスーツを試作していた」「アムロがモビルスーツのマニュアルを発見した」という設定を受けてアムロがガンダムに乗るわけですから、ガンダムを別のものに置き換えたら話が成立しません。

一方、監督の富野由悠季にとっては、ガンダムである必然性はなかったようです。月刊アニメージュTV37のインタビューで、「機動戦士ガンダム」の成立の経緯について語っています(6:25~)。ロボットを登場させることは決まっていたが、モビルスーツを兵器にする予定はなかったと語っています。要するに、何らかのロボットであればよかったわけです。パクリになってしまいますが、試作された「マジンガーZ」という設定でもよかったのかもしれません。

「マクガフィン」には置き換え範囲が存在する

ただ、富野監督はロボットを登場させるアニメを作りたいのですから、モビルスーツ以外のロボットに置き換えることは可能としても、虫やウラニウムに置き換えることはできません。アムロ・レイが虫型の人造人間になって戦うアニメはおもしろいかもしれませんが、富野監督の「ロボットアニメを作りたい」という必然性から外れてしまいます。

カフカ『変身』にしても、グレーゴルが女や子供に「変身」したぐらいでは、彼の家族は驚くでしょうが、彼を遠ざけはしなかったでしょう。彼が、虫という家族にとって恐れ卑しむべき存在になったからこそ、『変身』のストーリーは成立しているのです。

このように、置き換え可能といっても、どの程度まで置き換え可能かという問題が発生します。全く別のものに置き換えると話が成立しないケースが多いので、置き換えの可能な範囲を考えることが重要になります。

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「マクガフィン」という概念について」への2件のフィードバック

  1. ピンバック: 「マクガフィン」について考える·

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