「佐藤優を斬る」への反響とコメントについて

「はてなブックマーク」「Twitter」での反響とコメント

3月19日に佐藤優を斬る──なぜ佐藤優はデタラメな議論をしているのに評価が高いのかという記事を書きました。

今日の朝まではちらほらとアクセスがある程度でしたが、昼起きると、大量のアクセスがありました。調べると、「はてなブックマーク」からの流入でした(これを「はてブ砲」と呼ぶそうです)。その影響か、Twitterからも色々とアクセスやコメントを頂きました(「Twitter砲」)。

Twitter上の反響をまとめてくださった方もいらっしゃいます

私が驚いたのは、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』の岩崎夏海氏がツイートしてくださったことでした(私は『もしドラ』ファンではないのですが)。

佐藤優の誤りは一部分だけか

多くのコメントを興味深く読ませていただきましたが、一部気になるコメントを発見しました。

あと、こんなコメントも頂きました。私は「面白さが哲学の部分にある」とも「自分はよくわかりませんけど」とも書いた覚えがないので、誤読ではないかと思うのですが……。

先のお二方のご意見を要約すると、

  1. 完璧な人間など存在しないのだから、一部分だけをあげつらって全否定するのは誤りではないか
  2. 佐藤優には誤りもあるが、「専門知識」を駆使して「有効な策」を提案することのできる稀有な人物である。一部分だけをあげつらって、佐藤という人材の稀少性を貶めるのは不当ではないか。

という感じでしょうか。りょな氏のご意見も1番に含めてよいでしょう。

この二つの意見は、佐藤を擁護する上でありがちなものではないかと思います。そして、こういう意見こそが、私が佐藤優を斬るで論破したかった誤解なのです。

〔2014年6月1日追記〕上記の二つに似た意見は、その後もいくつか頂きました。例えば、佐藤優を斬るのコメント欄に投稿してくださった通りすがりの貴族様などです。そして、彼の意見は、私が論破したかった誤解の域を全く出ていません。

あと、名前が記載されていなかったのですが、「佐藤優氏の思考や論理の飛躍に文句つけるくらいなら、あっさり見限ればいいのに、なんでできないんだろう」という趣旨のメールを頂きました。よくある「嫌なら見るな」という批判ですが、この手の批判が的外れであることは「嫌なら見るな」という人には「嫌なら公開するな」というべきで指摘済みです。

〔2015年2月4日追記〕neralt@neraltという方から「物理学や数学の専門書以外で、概念を援用する際にはこんなもんしか書けんだろうが」「デタラメなこと書いてない人なんていないから」という批判的ツイートを頂きました。佐藤の知識の誤りを批判しているわけではないと強調しているのに誤解をされているあたり、文章をまともに読まれていないのでしょう。

佐藤優の誤りは一部の知識・教養だけではない

まずはっきりさせておきたいのですが、私は単に佐藤の知識や教養の誤りを指摘したかったわけではありません。それも指摘しましたが、それよりも、雑なアナロジーや曲解を駆使して誤った主張を展開するという手法の誤りを指摘したのです。それに加えて、アナロジーの元となる知識が間違っているのですから、これはもう救いようがない。

確かに、「一人の人間でこれだけのものを持ち」「書かれてる批判」「クリアできる器を持った人間」はごくわずかでしょう(「有史以来いない」とまでは思いませんが)。あと、私は佐藤を全否定しているわけでもないので、「一つダメだと全否定とかはものの見方を狭くする」というのもおっしゃる通りです。

しかし、それは「一つダメ」な場合の話です。佐藤の場合、誤ったアナロジーと、自説補強のための恣意的な曲解が至るところに発見できます。議論のほとんどを支えているアナロジーと曲解を否定したら、佐藤の議論はほとんど何も残りません。

佐藤の議論が「下品ではあっても一応有効な策」というのも誤解です。間違った知識を元に、間違ったアナロジーで結論を導いているのですから、そこから「一応有効な策」なんてものが出てくるはずがありません。

私の主観にすぎませんが、佐藤は、専門のインテリジェンス分野については信用に足る人物だと思っています。著書を読む限り、彼は上から指示された命令を忠実に完璧にこなす官僚的(悪い意味ではありません)な人のようですし、外交官時代はたぶん優秀であったのではないか。複数の専門知識を繋げて国家戦略を練ったり思想を作るのには向かないタイプでしょうが(『獄中記』で本人がそうおっしゃっています)、自分の専門分野では見事な業績をあげるタイプでしょう。

ところが、今の佐藤の仕事は、「複数の専門知識を繋げて国家戦略を練ったり思想を作る」ほうに偏っています。そして、その「国家戦略」や「思想」がデタラメに近いのですから、「一つダメだと全否定とかはものの見方を狭くする」と擁護することはできないのです。

佐藤優は知識・教養すらもデタラメ

佐藤の知識や教養の誤りが問題ではないといいつつ、前回、佐藤の「不完全性定理」理解や『論理哲学論考』理解が間違っているという話をしました。この話は別にしなくてもよかったのですが、あえて書くことにしました。知識・教養は正しくてアナロジーだけが誤りならともかく(それでも問題ですが)、土台となる知識・教養すらデタラメなのだから擁護のしようがないことを示したかったからです。

誤解なきように補足しますが、佐藤が間違っているからそれをあげつらっているわけではありません。私とて「不完全性定理」や『論理哲学論考』を完全に理解しているとは思いませんし、間違いを犯すこともある。学問は間違いとともに進歩しますから、それ自体は別に構わない。

問題なのは、佐藤が読んでもいない本を読んだふりをして、推薦文まで書いていることです。まして、読んだふりをして本の内容を曲解して紹介したり、曲解を元に自分の主張をするなんてのは詐欺に近いでしょう。

ちなみに、間違いだらけと評判の『ふしぎなキリスト教』を擁護するにあたって、佐藤はこんなことをいっていました(佐藤優の講演会でより孫引き)。

『ふしぎなキリスト教』に関する、キリスト教側の人の批判は、本当に瑣末な重箱の隅を突いた細かい事実誤認の指摘で、ポッパーの反証主義の手続きからすると、それで橋爪さんや大澤さんの言ってることが崩れるわけではないのです。あとは高踏的な批判――信仰や聖書学が分かってないとか、ギリシャ語を知らないとか、これは意味がない。

橋爪・大澤はキリスト教という現象にまじめに取り組もうとしている。日本人はキリスト教を知らないし、人権とか国家主権の発想はキリスト教の中から出てきている、そういう大づかみのものの見方としては正しいですよ。

たとえばマックス・ウェーバーの『古代ユダヤ教』は、ユダヤ教の律法学者から見れば、間違いだらけじゃないかという話になります。しかしだからといって、この社会学的アプローチが意味を持たないということではないですね。

これを「佐藤」「流星群」に置き換えるとどうなるでしょうか。

「佐藤優を斬る」に関する、流星群の批判は、本当に瑣末な重箱の隅を突いた細かい事実誤認の指摘で、ポッパーの反証主義の手続きからすると、それで私の言ってることが崩れるわけではないのです。あとは高踏的な批判――マルコフ連鎖や不完全性定理が分かってないとか、ウィトゲンシュタインを知らないとか、これは意味がない。

私はキリスト教という現象にまじめに取り組もうとしている。日本人はキリスト教を知らないし、人権とか国家主権の発想はキリスト教の中から出てきている、そういう大づかみのものの見方としては正しいですよ。

たとえば私の『はじめての宗教論』は、キリスト教の聖職者から見れば、間違いだらけじゃないかという話になります。しかしだからといって、この社会学的アプローチが意味を持たないということではないですね。

佐藤は私のブログを読んでいないと思いますが、読んだとすれば、こう反論してくるのではないでしょうか。そして、この反論が先のお二方のご意見と酷似しているのもお分かりかと思います。

『ふしぎなキリスト教』にも佐藤の言説にも共通するのは、「事実誤認」どころか「アプローチ」自体が間違っていることです。「アプローチ」の誤りの指摘を「事実誤認」にすり替えた上で、ポパーの「反証主義」を持ち出すのは自己正当化がすぎるでしょう。

確かに、「反証主義」的にいえば間違えること自体は悪くありません(私もそれは否定しない)。しかし、佐藤の問題点は、間違った知識と議論手法を元に、間違った結論を導いていることにあります。間違えるべくして間違えているのですから、これは学問の進歩の礎となる間違いとはまるで別物です。ポパーとて、間違った前提から間違った結論を導くようなことを肯定してはいません。

他にも書きたいことは少しありますが、この程度にしておきます。佐藤優を斬るの文字数が多すぎる(数えたら約14000字ありました)というコメントを頂いたからです。

私は記事の文字数が多いときと少ないときの差が激しいので、今後はバランスをとるようにします。ちなみに、この記事は約3300字約4800字です。

補足1: 他に頂いたコメント

本稿では紹介しませんでしたが、他にもいくつか頂いたコメントを紹介します。


最初のツイートでは「ドグマの解釈」といっているのに、次のツイートでは「聖書の解釈」にすり替わっています。この人は「ドグマの解釈」=「聖書の解釈」と思っているのでしょうか。「聖書の解釈」にも教理に関わるものから教義(ドグマ)に関わるものまであるので、「ドグマの解釈が自由化」などと軽々しく口にはできないと思うのですが……。

あと、佐藤は「知識人」ではなく「元外交官」だという見当違いなコメントを頂きました。「元外交官」だから専門外の誤りは見逃せとでもおっしゃるのでしょうか。バカバカしい反論です。

補足2: 佐藤優と橋爪大三郎と小保方晴子の共通点

〔2014年4月12日追記〕小保方晴子氏のSTAP細胞問題は2014年3月から世間を賑わせ、2014年4月9日には大阪市内ホテルでの会見も行われました。

小保方晴子は科学者、橋爪大三郎は社会学者、佐藤優は外交官にクリスチャンと、まるで関係のない三人に見えます。しかし、実は三人に対する批判と擁護は全く同じ構造をとっているのです。これは大変に興味深い事例ですので、この記事で取り上げます。

意見/対象 佐藤優 橋爪大三郎 小保方晴子
批判 佐藤優のアナロジーに基づく議論手法は誤りである 橋爪大三郎の誤った知識と偏見に基づく議論手法は誤りである 小保方晴子の論文盗用は誤りである
擁護 佐藤優の知識やキリスト教理解に対する批判は揚げ足取りにすぎない 橋爪大三郎の宗教理解に対する批判は揚げ足取りにすぎない 小保方晴子の論文に対する批判は揚げ足取りにすぎない
三人に対する批判と擁護を見ると、ある共通点があります。批判については、誤解や誤りも指摘されていますが、それ以上に議論の手法に対する批判が多い。一方、擁護では、批判を細かい誤りは問題にならないという擁護が多い。

本当に「細かい誤り」だけなのか、「細かい誤り」は無視してよいのかは疑問がありますが、まあそれは措きましょう。私が問題にしたいのは、擁護派が議論の手法に対する批判を、細かい誤りに対する批判と矮小化していることです。

確かに、科学や学問とは間違いや誤りの指摘によって進歩してゆくものです。ある実験や議論が誤りであったことが分かったとしても、「誤りであった」ことが分かったことは大きな進歩です。ですから、間違っているというだけで佐藤や橋爪や小保方が悪いわけではない。

しかし、三人が犯したのは単なる「間違い」ではありません。佐藤は明らかに間違ったアナロジーによる議論、橋爪は誤解と偏見に基づく決めつめの議論、小保方は盗用による論文執筆です。これは、科学や学問が進歩するための「間違い」とは全く別の「悪質な行為」です。こうした行為は断固糾弾されなくてはなりません。

昔、藤村新一が「ゴッドハンド(神の手)」と称して旧石器の発掘捏造をしたことがありますが、あの問題を考えてみれば分かりやすい。藤村が批判されたのは、捏造という間違った手法によって間違った発掘結果を導いていたことにあります。学問が間違いによって進歩するからといって、議論の手法の間違いまで擁護されるわけではありません。「間違いは誰にでもある」と藤村を擁護することはできません。

私が見る限り、佐藤・橋爪・小保方の三人を擁護する人たちは、この点を根本的に勘違いしています。議論手法の誤りという悪質な間違いを、些細な(あるいは学問の進歩に不可欠な)間違いだと矮小化することによって擁護しているのです。この三人を擁護する人たちは、藤村新一についても擁護するのかどうか伺ってみたいものです。

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「佐藤優を斬る」への反響とコメントについて」への7件のフィードバック

  1. 村上隆が岩崎夏海のツイートをリツイートしたおかげで本稿に出会えました。
    国家の罠から入って、少し佐藤優の本を読んでいますが、ブログ主さんは佐藤の「思考回路」「切り口」をよく分析されていると感じます。とても興味深かったです。確かに、佐藤の著書は自分の主張を「教養」「知識」といったハイカルチャーぶりで裏付けようとする癖がありますね。すごくシンプルなやり方なのに気づきませんでした。私も表面的な知識欲を満たされて喜んでいる部類だったみたいです笑。 しかし、その他読者のコメントにもあるように、佐藤の実行力は本物です。実際、彼の残した功績は大きいと思います。 「何を言うか」より「誰が言うか」が大事になる部分と、読者が喜ぶ教養主義をうまく使っているとは思いますね。 ビジネスパーソンとして優秀と言えるのではないでしょうか。  それはさておき、これからは佐藤の本をブログ主さんが与えてくれた観点も取り入れて読み進めてみようと思います。 よいブログをありがとうございました。 

    • > 上岡 昌延様
      初めまして。コメントありがとうございます。
      村上隆氏がリツイートされていたんですね。存じませんでした。

      おっしゃる通り、彼の議論手法は実はとても気がつきやすいものなのですが、難解に見える概念で権威づけしているために、多くの人は気がつくことができないのですね。

      彼がビジネスパーソンで、酒の席で教養をひけらかしているぐらいの人なら笑って済ませられるのですが、そうではなく、「知の怪物」扱いの方ですからね。
      元外交官ということで国家やインテリジェンスについても積極的に発言されていますし、笑って済ませられる誤りではないと思います。

  2. 興味深く拝読させていただきました。
    批判側の意見にうなずけるところもありますが、議論の有益のために擁護論を展開させていただきたいと思います。

    《佐藤氏の価値は新たな視点の提示にあるのではないか》
    佐藤氏の基礎知識の欠如についてのご批判は受け入れたとして、それでも彼の価値は未だに人々が触れたことのないアイデアを次々と提示してくれることではないかと思っています。社会問題に対し、新たな観点を提示してくれる言論人は意外に少ないです。特に、政治問題などは保守系・リベラル系にわかれた人々が聞いたような意見を言い合う姿が見られるばかりです。しかし佐藤氏はあまりステレオタイプな物言いをせず、新たな観点を提示する貴重な言論人であると思います。また、保守系を自認しながらも左翼雑誌にも多く登場する佐藤氏は両ウイングに聞く耳を持ってもらえるという貴重さもあると思います。
    そこにおいて、強引なアナロジーや破綻した論理があっても、それは彼の外交官としての経験・感覚などによって導かれた意見を世に出す為の一種のエクスキューズであると好意的に捉えることもできますし、講演等に学術論文のような緻密な論理構成を要求するのは土台無理な話ではないかと思います。
    ご指摘の様な佐藤氏の意見に論理的な繋がりがない事は多くの受けても気付いていてなお、その意見に耳を傾けるのはこういった基礎があってのことだと思います。
    あとは自由な言論市場に任せるのみですし、佐藤氏は知の巨人だから…といって全て真理と誤認する人がいればそれは専ら受け取る側の責任だと思います。

    以前、ラジオで森元首相の「真央ちゃん肝心なときによく転ぶ」発言について、「あれは森氏から安部首相に対する政権運営も肝心なときに転ばないようにしろよ、というメッセージだ」(要約)と分析されていて、流石にそれはないだろ(笑)と思いましたがそういう観点での分析は巷では聞かれてなかったので有体のコメントで時間を浪費する言論人よりは経験に基づき、新たな観点を提示してくれるので良いかな、と感じた次第です。

    あと、専門の国際情勢分析に対してはご指摘のような強引なアナロジー、基礎知識の誤用はほとんど見られず、さすがと思います。

    突然の長文コメント失礼しました。

    • > さんたろう様
      初めまして。コメントありがとうございます。

      佐藤氏の基礎知識の欠如についてのご批判は受け入れたとして

      さんたろう様はお分かりかと思うので蛇足の反論になりそうですが、私は、佐藤の知識の間違い自体は批判していません(それはそれで良くないと思いますが、間違いは誰にでもあります)。
      それよりも、彼の間違ったアナロジー思考のほうに重点を置いて批判しています。
      私の記事を批判する方のほとんどがここを誤解されており、私の批判は「揚げ足取り」にすぎないと誤解されているのです。

      彼の価値は未だに人々が触れたことのないアイデアを次々と提示してくれることではないかと思っています

      確かに、インテリジェンスやキリスト教神学という人々に馴染みのない学問を紹介したという意味では、佐藤にも功績はあると思います。
      しかし、彼のアナロジーは、「人々が触れたことのない」ものではあっても、決して「価値」のあるものではないと思います。
      トンデモや陰謀論と理解して楽しむ分には「価値」があるかもしれませんが、真面目に取り扱うレベルのものではないでしょう。

      佐藤氏の意見に論理的な繋がりがない事は多くの受けても気付いていてなお、その意見に耳を傾けるのはこういった基礎があってのことだと思います。

      ここはさんたろう様と意見の異なるところでして、「多くの受けて」は「気付いて」などいないと思っています。
      その証拠が、(手前味噌ですが)この私のブログ記事が反響を呼んだことです。
      誰もが「気付いて」いることなら、私は周知の事実を指摘したにすぎないわけで、こんなに反響を呼ぶわけがないんですよね。
      何となく佐藤がうさんくさいと感じる人はいても、「論理的な繋がりがない」ことをきちんと理解し、それを指摘していた人間は、プロ・アマを問わずほとんど見受けられません。

      「あれは森氏から安部首相に対する政権運営も肝心なときに転ばないようにしろよ、というメッセージだ」(要約)

      繰り返しになりますが、こういった意見は、漫談やお笑いのレベルでは十分「価値」があると思いますが、真面目な政治的議論で取り扱うレベルのものではないでしょう。
      佐藤は「政治芸人」としては素晴らしいかもしれませんが、「政治評論家」としては三流です。

      専門の国際情勢分析に対してはご指摘のような強引なアナロジー、基礎知識の誤用はほとんど見られず、さすがと思います。

      それはおっしゃる通りだと思います。佐藤は無暗に知識人ぶらずに、こういう堅実な仕事を続ければよいのにと思います。

  3. チャンネル桜はお嫌いですか。今回沖縄新聞に連載中の佐藤さん記事に、反知性主義のジャンヌダルクと称し揶揄された女性の反論意見がでてきます。視聴の価値ありだと思います。それから主催者代表の水島社長が、佐藤優さんに向け十分時間は与えるから、スタジオに登場されて、思う存分意見を述べてくださいと、要請されています。もし了解されるならば、一回でおわらず、時間無制限のデスマッチになると予想されるのですが。佐藤さん引き受けてほしいですね。保守陣営でも強力な神学研究者論陣もいてるだろうからぜひ聞いてみたいものだ。貴重なブログありがとうございます。鈴木宗雄さんの人物像もまだしっくり腑に落ちているわけではありません。徹底討論を待ち望みます。小生佐藤さんのファンで著書はだいたい持っています。おおきな期待を寄せていただけに、不可解な部分が気になっておりました。貴ブログ時間をかけゆっくり読んでみます。https://www.youtube.com/watch?v=ZOKfxyEpDy4&list=PLubSbhcjV7IBuKd7ojEw6w0eW8MdmryXg&index=2

  4. またネット動画で、「谷内正太郎」というキーパースンについて、青山茂晴さんと佐藤優の人物評価が、ま反対だとわかりました。
    佐藤優「谷内正太郎氏は手放しで褒めるに値する人」 https://www.youtube.com/watch?v=zKuWWaPbK8s
    12/25 首相官邸の裏切り者・谷内正太郎

    ここまでくると佐藤さんへの信頼が傷つきゆらぎます。ぜひ佐藤さんはチャンネル桜スタジオに出席され、言論人として、愛読者への疑問にもお答えいただきたいと思います。我那覇真子さんの質問への回答もお願いします。

  5. ●日本版nsc 問題点を鈴木宗男が谷内正太郎の経歴、正体とともに暴露!

    日本の特定秘密を勝手に破棄していた人物が、だれあろう「 谷内正太郎」だと鈴木さんも発言しています。佐藤さんの人物批評、分析は本当に正確なのですか?人間不信になってしまう話ですね。

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