「あしたのジョー」本・サイト・ブログ比較──「あしたのジョー」論その十二

「あしたのジョー」論第十二回です。今回は、「あしたのジョー」にまつわる書籍・サイト・ブログを比較考察します。

※「あしたのジョー」論は全十三回です。全記事一覧をご覧になりたい方は、タグ「あしたのジョー」か、記事「『あしたのジョー』論」をご覧ください。

目次

原作者の本

ちばてつや・豊福きこう『ちばてつやとジョーの闘いと青春の1954日』

後述の『矢吹丈25戦19勝(19KO)5敗1分』を書いた豊福きこうが、「あしたのジョー」に関するちばてつやの発言や文章をまとめたものです。巻末に豊福とちばの対談はありますが、実質的にはちばてつやの文章だけで構成された本です。

ちばてつやが「あしたのジョー」について述べたものは、書籍・雑誌・パンフレット・インタビューと多岐に渡ります。膨大な数のちばの文章を集め、時系列順に整理した労力は大変なものですし、史料的にも極めて価値の高いものです。

特に貴重なのは、「週刊少年マガジン」に掲載されていた扉絵が載っていること。現在出回っている「あしたのジョー」単行本では扉絵はカットされているので、古い単行本を集めない限りは扉絵を見る機会がありません。「マガジン」で公募していた「あしたのジョーの詩」や「写真募集」の記事、ちばてつや病状報告の記事や、「ジョーが死ぬって!?」の記事なども載っています。

評伝

斎藤貴男『梶原一騎伝 夕やけを見ていた男』

ジャーナリストの斎藤貴男が梶原一騎の生涯を綿密に取材した本です。それだけでも十分おもしろいのですが、「あしたのジョー」の有名な裏話のほとんどがここに書かれています。他の「あしたのジョー」考察本のほとんどは、これを典拠に書かれています。

  • ちばてつやが第一回の原作案を改変して描いたため、高森朝雄と口論になった
  • 高森朝雄とちばてつやが力石徹を殺すかどうかで口論になった
  • ちばてつやが高森朝雄の最終回案を改変し、「まっ白に燃えつきる」最後ができあがった

などなど、「あしたのジョー」読者の多くがご存じの裏話が満載です。ちばてつやへのインタビューなども掲載されており、「あしたのジョー」ファンにとって必読の書です。

ただ、本のテーマが梶原一騎なので仕方がないのですが、「あしたのジョー」と関係のない話もたくさんあります。

ムック

『ちばてつや 漫画家生活55周年記念号』

表紙が矢吹丈の絵ですが、「あしたのジョー」本ではありません。ちばてつやという漫画家を特集したムックです。

巻頭のちばてつやのカラーイラスト、三万字のちばてつやへのロングインタビューと、これだけでも相当な価値があります(ちなみに、このムックは2011年刊行なので『ちばてつやとジョーの闘いと青春の1954日』に含まれていません)。

漫画家たちから寄稿されたイラストとインタビューがあるのですが、この顔ぶれが凄い。藤子不二雄A・さいとう・たかを・水島新司・荒木飛呂彦・高橋留美子・あだち充・井上雄彦etc.、インタビューでは大友克洋に福本伸行と、有名漫画家が勢揃いです。

また、ちばてつや関係者へのインタビューがおもしろい。弟のちばあきお、息子の千葉修平、妻の千葉幸子、原作者・高森朝雄の妻の高森篤子など、ちばてつやの人となりを知りたい方には必読です。

ちばてつやの戦争の思い出を描いた漫画「家路」に、「あしたのジョー」のパロディを描いた漫画を集めた特集など、とにかく内容が盛り沢山です。

夏目房之介『マンガの深読み、大人読み』

漫画評論家・夏目房之介の書いた本です。「BSマンガ夜話」にも出演されていたので、本を読んだことはなくても、名前をご存じという方はいらっしゃるかもしれません。

「あしたのジョー」という作品の人気の秘密を、「ジョーと力石の青年化」という観点から分析されています。ジョーの表情の変遷に着目したり、ホセ戦ではチビ連や紀子が観戦に来ていないこと、「あしたのジョー」の最後でリングのロープが左に向かって伸びていることなど、おもしろい指摘がたくさんあります。ちばてつやとの対談や、「週刊少年マガジン」副編集長であった宮原照夫との対談も読み応えがあります。

ただ、この本の考察は歴史的・時代的・作家論的な読み方に重きを置いています。「梶原一騎とちばてつやという個性の融合はいかに行われたか」とか「『あしたのジョー』はなぜ1970年代に爆発的な支持を得たか」とかいった具合です。ですので、「なぜジョーとカーロスの試合はけんかになったか」とか「葉子はいつ頃からジョーを好きになったか」とかいった具体的な疑問はほとんど取り上げられていません。

なお、この本は「巨人の星」と「あしたのジョー」分析に多くの紙幅を割いていますが、それ以外の漫画に関する考察もあります。

島本和彦・ササキバラ・ゴウ『あしたのジョーの方程式』

漫画家の島本和彦と編集者のササキバラ・ゴウが「あしたのジョー」について語った本です。といっても、ササキバラが島本にインタビューする形式をとっているので、実質的には島本の考察本です。

矢吹丈の人生とは「あした」を求め、それと戦う人生であったと捉え、力石・カーロスと「あした」が変わってゆくのだと説明しています。ジョーと葉子の関係も「あした」で捉えられるといいます。

夏目房之介『マンガの深読み、大人読み』に比べると、歴史的・時代的・作家論的な読み方を排し、作品の構造やキャラクターの関係から読み解こうとする点が異なります。私はこの本の意見にあまり賛成しませんが、「あしたのジョー」本の中では群を抜いて分析の完成度が高いといえます(ちなみに、夏目は島本から「あしたのジョー」論を聞かされたそうです。詳しくは島本和彦に『あしたのジョー』論を吹き込まれる参照)。

私がこの本に異論を持つのは、ジョーの「あした」に対する考え方です。この本ではジョーの「あした」=力石だといっていますが、第六回で説明した通り、私はジョーにとっての「あした」というものは存在しないと考えています。また、ホセの「あした」とジョーの「あした」が対立しており、ジョーがホセの「あした」を叩き潰そうとしたというのは、解釈としてはおもしろいかもしれませんが、あまり説得力がないと感じます。

ただ、「あした」に関する考えはさておき、「あしたのジョー」考察本としては大変優れたものです。「あしたのジョー」読者の方は一度お読みになって、島本の意見を検討してみるとよろしいと思います。

ちなみに、ラジオ「島本和彦のマンガチックにいこう!」で、島本が複数回に渡って「あしたのジョー」の話をしています(第258回260回261回268回)。ご興味のある方はそちらもどうぞ。

高取英『あしたのジョーの大秘密』

「あしたのジョー」に関する疑問を大量に集めて、それに5~6ページほどで答えてゆくという本です。

ありがちな疑問から、かなりマニアックな疑問にまで答えているのが特徴です。「矢吹丈は、何年生まれか?」「白木葉子が上演する『ノートルダムのせむし男』は、いったいどういう意味をもつか?」といった作品の疑問から、「力石の葬儀の構成演出をしたのは誰か」「『あしたのジョー』の原形となった漫画は何か」といった裏話的疑問、果ては「ゲーム『あしたのジョー』で、矢吹丈がホセに勝つとどうなるか?」といった雑学的疑問まであります。

一つの質問ごとに割かれた紙幅が多くないので少し説明不足な感はありますが、「あしたのジョー」を読んでいて抱く細かい疑問にも逐一答えているのは素晴らしいと思います。私が知る限り、少年院慰問劇の「ノートルダムのせむし男」の意味や「なぜジョーはホセ戦で反則をしないのか」、「葉子がジョーを好きになる理由」にきちんと答えている書籍やサイトはこれぐらいしかありません。

豊福きこう『矢吹丈25戦19勝(19KO)5敗1分』

『ちばてつやとジョーの闘いと青春の1954日』を編纂した豊福きこうの本です。「マンガ・データ主義」の立場をとり、ジョーが試合で出したパンチ数・受けたパンチ数・ダウンした階数などを計算し、そのデータを元にジョーの試合を分析しています。自分でジョーの動きを再現してパンチ数を計算した部分もあるそうなので、信憑性に不安はありますが……。

データによって客観性を担保する姿勢は素晴らしいのですが、著者が「あしたのジョー」をリアルタイムで読んでいた世代のためか、叙述にかなり感傷的な部分があります。ジョーに感情移入しすぎているので、データの客観性はあっても、著者の記述に客観性がないのです。

あと、この本は後半の1/3ぐらいは「タイガーマスク」分析が占めています。これはジョーと伊達直人を比較するためのもので、そのアイデア自体はよいのですが、肝心の比較論が少なすぎるために、「あしたのジョー」論と「タイガーマスク」論が合本になっただけという感が否めません。

Super Stringsサーフライダー21『あしたのジョー心理学概論』

12人の学者が集まって「あしたのジョー」について分析した本です。Super Stringsサーフライダー21という団体は漫画の分析本を多く書いているらしく、『ウルトラマン研究序説』という本も書いています。

集まった学者の肩書を見ると、小児科医・精神科医・臨床心理学・社会心理学・消費者心理学・教育工学・教育学・弁護士と豪華絢爛です。どんな緻密な分析がされているかと思えば、「境界例人格」や「闘争本能」、「父親殺し」「帰属的理論」「ペルソナ」といった実に学術的定義の怪しい単語を並べて分析しているだけの本です。

特にひどいのが、冒頭の伊藤雅彦(小児科医師)と井上泰弘(精神科医師)の分析です。「ジョーのさまざまが行動が、精神医学的、あるいは心理学的ないくつかの症例に当てはまることは、疑いようがない」「著しく反社会的で自己破壊的な行動を起こす人間が、通常の精神構造の持ち主でないことは明らかであろう」などと書き飛ばしています。確かにジョーは「通常の精神構造」ではないでしょうが、そうでない普通の一面もあることはドヤ街住人との交流から分かります。ジョーのボクシングを無理やり精神病に結びつけているだけです。

挙句の果てに、ホセ戦で「まっ白に燃えつきた」ジョーを「自己破壊衝動」の帰結だといい、「その人生は、はたして幸せなものだったのだろうか」などと書いています。この二人は本当に「あしたのジョー」を読んだのでしょうか。

栗原修一郎という弁護士が、ジョーが入った鑑別所での心理学者の言葉に注目してこんなことを書いているのですが、この言葉がそのまま著者たちに当てはまってしまいます。皮肉なものです。

臨床心理学や精神医学の判定は、科学の衣をまとった社会的弱者への単なる中傷に陥ってしまうことがしばしば指摘されるが、ジョーも場合もそういえるだろう。

この分別をわきまえたと自負する中年男は、ジョーに対して嫌悪感といら立ちをあからさまに表現しているだけである。

この本でそれなりにおもしろいのは、段平のボクシング教育を教育学的観点から捉えた文章ぐらいです。段平のボクシング教育を「構成主義」的だと捉え、その教育がジョーのボクシングや性格にどれぐらい影響を与えたかを考察しています。「巨人の星」の星一徹と比較するとおもしろいかもしれません。

サイト

Nostalgic Sonoshee World

だいぶ前になくなったサイトなのですが、昔のアニメや特撮について考察されていたサイトです。

「あしたのジョー」の考察もあったのですが、おもしろいのが当時のボクシング業界について書いたページ。プロボクシングのクラスの変遷や、ホセ・メンドーサと力石徹とカーロス・リベラのモデルとなったボクサーの考察をされています。

ブログ

あしたのジョーWORKS

「あしたのジョー」ファンサイトです。あしたのジョーの情報録倉庫には、過去の掲示板のやりとりがまとめられています。

あしたのジョーQ&A

「あしたのジョー」に関する疑問を募集し、それについてブログ筆者が回答を述べ、コメント欄で皆が意見を述べるブログです。

最近は更新されていませんが、私も様々な示唆を受けました。特に結局「あした」は何なのかという記事からは、ジョーの「あした」について考えるヒントを頂きました。

玖足手帖

「あしたのジョー」ブログではなく富野由悠季監督のアニメに関するブログなのですが、アニメ「あしたのジョー」に関する考察を書かれています。映像や演出的な観点からの考察が多いですね。

総評

以上で比較考察を終えます。これ以外に『あしたのジョー大解剖』というおもしろそうな本があったのですが、私が読んでいないので評価できませんでした。

書籍では、

あたりは必読です。『ちばてつや 漫画家生活55周年記念号』は、ちばてつやファンなら必読ですが、「あしたのジョー」しか読んでいない人なら読まなくても可。

考察本だと、

がお薦めです。高取英『あしたのジョーの大秘密』はそこそこおもしろいのですが、雑学的知識も多いので、一読する価値があるかは微妙です。

あと、2ちゃんねるの懐かし漫画には「あしたのジョーを懐古するスレ」というスレッドがあります。全部を読むのは大変ですが、興味がある方は覗いてみるとよいでしょう。

今回は「あしたのジョー」本・サイト・ブログについて説明しました。次回は、「あしたのジョー」の現代的意味について説明します。

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