「あしたのジョー」の差別・放送禁止用語について──「あしたのジョー」論その九

「あしたのジョー」論第九回です。今回は、「あしたのジョー」に登場する差別・放送禁止用語について説明します。

※「あしたのジョー」論は全十三回です。全記事一覧をご覧になりたい方は、タグ「あしたのジョー」か、記事「『あしたのジョー』論」をご覧ください。

目次

差別・放送禁止用語について

「あしたのジョー」に限らず、昔の作品には「差別用語」「放送禁止用語」と見做される表現が多数出てきます。時代が下るにつれて、そうした表現を修正したり「ピー」音を入れる動きが盛んになってきましたが、「あしたのジョー」もその煽りを受けています。

私自身は差別を助長する意図は全くありませんが、「差別用語」「放送禁止用語」を修正すれば差別撤廃に繋がるとは思いませんし、時代ごとの背景や言語感覚を残す意味でも、表現は極力原文のままにしておくのがよいと考えています。

また、表現の修正は台詞の意味や雰囲気まで変えてしまうことがあります。「差別用語でも、同じ意味の言葉に置き換えれば問題ないだろう」という単純な話ではないのです。「あしたのジョー」にはそういう例は少ないのですが、ないわけではありません(詳しくは廃人の項参照)。

「あしたのジョー」論で説明したように、「あしたのジョー」は多数の単行本がありますが、現在入手しやすいのはごく一部です。手に入れやすい講談社漫画文庫(全12巻)と講談社プラチナコミックス(全13巻)は表現の修正が進んでおり、原文を確認することは難しくなっています。

今回は「あしたのジョー」に登場する差別・放送禁止用語を可能な限り網羅し、「あしたのジョー」の原文を伝えることを目指しています。

なお、私の所有している最新の「あしたのジョー」単行本が2006年刊行の講談社プラチナコミックスなので、これを参考に修正されているか否かを判断しています。

あんまさん(按摩さん)

按摩とは江戸時代から続くマッサージ技術のことですが、按摩を職にしていたのが主に盲人であったことから、視覚障害者を指す言葉としても使われました。Wikipediaの「按摩」によると、「戦中までの文学作品には、杖・黒めがね・あんま笛の三点セットを身につけて街を流して歩く視覚障害者である盲人のあんまさんの姿がよく見られる」のだそうです。

この言葉は原作にはなく、アニメ「あしたのジョー」の第32話「輝くリングへの道」にのみ登場します。ジョーが試合控室で黒めがねをかけた男性に「按摩さん」というのですが、この男性は視覚障害者ではないと思われるので、「黒めがねをかけている人」という意味で使ったのでしょう。

かたわ(片端)

「身体の不完全な人」という意味の言葉で、身体の一部が欠落している人とか欠陥のある人を指します。

話者 修正前の台詞 修正後の台詞
力石徹 この脳タリンをねむらせるばかりじゃねえ かたわにするまでの所要時間だ! この脳タリンをねむらせるばかりじゃねえ 二度とリングに立てねえようにするまでの所要時間だ!
丹下段平 やつはかたわ やつはボクサーとして欠陥品

アニメ「あしたのジョー」では力石の台詞が「その脳タリンを眠らせるのは」になっていました(第12話 「燃える太陽に叫べ!」)。これは差別用語だから修正されたわけではなく、脚本家が台詞を改変したのでしょう。「あしたのジョー2」の第9話「そして… 野獣は甦った」の回想シーンでは修正後の台詞でした。

修正後の台詞でも意味は大体同じですが、ニュアンスの違いがあります。この時点ではジョーはプロボクサーではありませんし、リングに立ったことすらありません。それを承知の力石はジョーのことを格下に見ており、「ボクシング」ではなく「けんか」感覚で試合をしています。そんな力石が「二度とリングに立てねえようにする」とボクシングを強調するのは、どうしても不自然に見える。「二度とリングに立てねえようにする」ではなく、「再帰不能にする」とかでよかったと思うのですが。

段平の台詞は、「あしたのジョー」では「やろうはかたわだ」になっていました(第57話「傷ついた野獣」)。「あしたのジョー2」でも同じ場面はありましたが、「かたわ」発言はカットされていました。

きちがい(気違い)

「気が違っている人」という意味の言葉で、狂人やおかしくなった人を指す言葉です。

「きちがい」も結構登場しますが、すべて修正が加わっています。ちなみに少し表現が違いますが、「拳キチ」「気が狂ったのか」とかは修正されていません。

話者 修正前の台詞 修正後の台詞
白木葉子 しかも他人には気ちがいあつかいをされる今日という日があってこそ…あしたは…ほ…ほんとうのあしたは…! しかも他人には変人あつかいをされる今日という日があってこそ…あしたは…ほ…ほんとうのあしたは…!
新聞記者 おれはこの近代設備の粋を誇る白木ジムがきちがい病院に思えてきたよ おれはこの近代設備の粋を誇る白木ジムが精神病院に思えてきたよ

この二つの台詞は、アニメ「あしたのジョー」ではそのままです(葉子の台詞は第12話 「燃える太陽に叫べ!」、新聞記者の台詞は第46話 「死を賭けた男」)。

あと、アニメの第12話 「燃える太陽に叫べ!」では、慰問劇団の学生が「きちがいですよ」といいます。原作では「とんだやつらにかかわり合ったようですよ」となっていますが、原作でも元々は「きちがい」であったのかもしれません。

クロンボ(黒ん坊)

黒人のことを指す言葉です。英語だと「ニガー(nigger)」に該当するでしょうか。ニガーほど差別的な意味はないでしょうが、いい意味では使われない言葉です。

原作にのみ登場します。ジョーとハリマオの試合直前、歩道橋の階段に座るカーロス・リベラを、通りすがりの子供がクロンボのルンペン野郎」といいます。最新版の単行本では削除され、「ルンペン野郎」だけになっています。

拳キチ

「拳闘キチガイ」の略称で、拳闘にばかりうつつを抜かしている人間のことです。ジョーやチビ連が段平を呼ぶときにこう呼んでいましたが、途中から「おっちゃん」と呼び始めたために使われなくなりました。ちなみにアニメ「あしたのジョー2」では、段平がジムの看板を下ろしたり(第8話「あいつが…燃える男カーロス」)、ジムの体重計量機に細工をしたときに(第23話「燃える野獣と…氷」)、ジョーが怒って「拳キチ」と呼ぶことがあります。

「キチガイ」という言葉は「あしたのジョー」からは削除されているので、「拳キチ」も削除対象になりそうなものですが、段平のことを指す重要な言葉であるためか、削除されずに残っています。

こじき(乞食)

物乞いをする人を指す言葉です。

原作にのみ登場します。ジョーとハリマオの試合後、観客がカーロスを見て「何者だいこのオンボロこじきは」というのですが、「何者だいこのオンボロ野郎は」に修正されました。

アニメ「あしたのジョー2」のみですが、第39話「ジャングルに…野獣が二匹」では「お貰いさん」という言葉が出てきました。これも「乞食」と似た意味の言葉です。

サンピン

元々江戸時代の武士を侮蔑して呼ぶ言葉であったそうですが、現在では格下の者を侮蔑して「ドサンピン」などというそうです。

ジョーがカーロスの公式戦10回戦の3ラウンドで「あんまり調子に……乗るんじゃないぜサンピンッ」といいます。ジョーが怒って吐いた暴言なので修正すると真意が伝わらないためか、修正されずに残されています。

ジャップ

日本人(Japanese)のことを侮蔑的に呼ぶときの言葉です。

カーロスが原島龍との試合中に発した言葉です。前述の「サンピン」同様、試合中のカーロスの暴言なのでそのまま残されています。

でばかめ(出歯亀)

覗きや窃視を好む人を指す言葉です。明治時代の強姦殺人犯・池田亀太郎に由来する言葉で、池田が出っ歯であることから「出歯亀」と呼ばれ、池田の殺した女性が銭湯帰りであることから、銭湯を覗くことを「出歯亀」と呼ぶようになったそうです。

アニメ「あしたのジョー」の第32話「輝くリングへの道」に出てきます(前述の「あんまさん」が出てきたのと同じ回)。ジョーが少年院収容生のガイコツについて「風呂屋の息子の癖に出歯亀やって少年院へぶちこまれた」といっています。ガイコツが風呂屋の息子という設定は原作にもありましたが、「出歯亀」の設定はアニメオリジナルです。

ドヤ街

「ドヤ」とは「宿」の倒語で、簡易旅館を意味する隠語です。「ドヤ街」というのは簡易旅館が集積した地域という意味ですが、「あしたのジョー」では下町・スラム的なニュアンスで使われます。

「ドヤ街」も「拳キチ」同様に重要な言葉ですので、修正されずに残されています。

脳タリン

「脳が足りない人」という意味で、頭が悪いことを罵倒していう言葉です。

少年院で力石徹が「この脳タリンをねむらせるばかりじゃねえ かたわにするまでの所要時間だ!」といっていました。「かたわ」のほうは修正されましたが、「脳タリン」はそのままです。アニメ「あしたのジョー」でも「脳タリン」はそのままでした(第12話 「燃える太陽に叫べ!」)。

廃人

病気や障害などで普通の生活を送れなくなった者を指す言葉です。「あしたのジョー」では、怪我やパンチドランカー症候群などのせいでぼろぼろになった元ボクサーの人間を指すときに使われます。

「廃人」は「気ちがい」同様に登場回数が多いのですが、そのほとんどが修正されています。

話者 修正前の台詞 修正後の台詞
林紀子 お願いします このまま続けると矢吹くん ダメになってしまう 廃人になってしまう お願いします このまま続けると矢吹くん ダメになってしまう おかしくなってしまう
矢吹丈 死んだ力石に対しても……アゴの骨をくだいて再起不能にさせたウルフ金串に対しても──それとこんどの廃人になっちまったというカーロス・リベラに対しても……さ 死んだ力石に対しても……アゴの骨をくだいて再起不能にさせたウルフ金串に対しても──それと今度のカーロス・リベラに対しても……さ
白木葉子 廃人になる運命を覚悟の上でリングに上がるというのではないでしょうね……!? そんな運命を覚悟の上でリングに上がるというのではないでしょうね……!?
白木葉子 この世でいちばん愛する人を……廃人となる運命の待つリングへ上げることは絶対にできない!! この世でいちばん愛する人を……危険な運命の待つリングへ上げることは絶対にできない!!

ただ、葉子の台詞で「あなたは一生を廃人として送ることになるんですよ」だけは「廃人」が修正されていません。

葉子の「廃人」発言が「危険」などに修正されているのですが、これだと何が「危険」なのかよく分からないので、葉子の切羽詰まった心情が伝わってきません。こうした問題点が天国の道化師という方のAmazonレビューで指摘されています。

めくら(盲)

目が見えない人のことです。

原作・アニメ本編には出てきませんが、アニメの後期エンディングテーマ「力石徹のテーマ」の3番の歌詞「どこかで燃えている めくらの星一つ」というのがあります。

めっかち

片目が見えない人のことです。

少年院でのジョーと青山の試合直前、力石徹が段平のことを「あのめっかちのおやじさん」と呼ぶ場面があります(アニメの第19話 「恐怖のレバーブロー」)。原作では「めっかち」が削除されて「あのおやじさん」に修正されています。

ルンペン

下級労働者や浮浪者を侮蔑的に呼ぶ言葉です。由来は布切れやボロ服を意味するドイツ語「ルンペン(Lumpen)」だそうです。

原作にのみ登場します。ジョーとハリマオの試合直前、歩道橋の階段に座るカーロス・リベラを、通りすがりの子供が「クロンボのルンペン野郎」といいます。では「クロンボ」は削除されましたが、「ルンペン野郎」は残っています。

今回は「あしたのジョー」の差別・放送禁止用語について説明しました。次回は梶原一騎作品におけるジョーについて説明します。

補足1: 佐橋大輔氏の「細かすぎて伝わらないモノマネ」について

「細かすぎて伝わらないモノマネ選手権」というお笑い番組があるのですが、その13回目の回(2008年)に、「ガンリキ」というお笑いコンビの一人・佐橋大輔氏が「あしたのジョー」にまつわる「モノマネ」をされていました。「現在ではありえない表現を使っているためピー音を入れている、アニメ『あしたのジョー』の丹下段平、ハリマオ編」だそうです。

アニメ「あしたのジョー」はカーロス戦までで終わっているので、ここでいう「アニメ」とは「あしたのジョー2」のことでしょう。しかし、「あしたのジョー2」には放送禁止用語はほとんど出てこないので、「ありえない表現を使っている」のは「あしたのジョー」のほうなのですが……。

それはともかく、佐橋氏が「放送禁止用語を三回も連続でいう丹下段平」の「モノマネ」をしたのですが、これの原文が何なのかが話題になっています。

Yahoo! 知恵袋で回答されている方もいらっしゃいますが、この佐橋氏のいった段平の台詞は創作だと思われます。というのも、原作・アニメを見渡しても、「マレーシアの虎だかハリコの虎だか知らねぇが、ジョーはケンカの天才だぜ」という段平の台詞は存在しないからです。

そもそも、ハリマオ戦の前後で登場した「差別用語」「放送禁止用語」のほとんどはカーロス・リベラに向けられたものです(「クロンボ」「こじき」「ルンペン」など)。ハリマオに向けられた「差別用語」「放送禁止用語」はほとんどなく、ジョーがいった「エテ公」「野蛮人」ぐらいです。

補足2: ひらがなの漢字化について

「あしたのジョー」では、差別・放送禁止用語以外にも表現が修正された箇所があります。その代表が、ひらがなの漢字化です。

例えば、ジョーの有名な言葉「真っ白に燃え尽きた」「真っ白な灰」ですが、これは原文では「まっ白に燃えつきた」「まっ白な灰」なのです。ひらがなの「ま」が、漢字の「真」に改められているわけです。

実際の画像で見たほうが分かりやすいので、修正前と後のコマを引用しましょう。まず、「真っ白な灰のように燃えつきたい・・・2」というブログ記事から修正前のコマを引用させていただきます。

紀子とのデートで、ボクシングをする理由を話す矢吹丈

紀子とのデートで、ボクシングをする理由を話す矢吹丈

そして、私の手元にある講談社プラチナコミックスのコマが以下です。

紀子とのデートで、ボクシングをする理由を話す矢吹丈(講談社プラチナコミックス)

紀子とのデートで、ボクシングをする理由を話す矢吹丈(講談社プラチナコミックス)

「れんじゅう」「しゅんかん」「まっか」「あがる」「まっ白」「のこり」などのひらがなが、軒並み漢字になっています。「あしたのジョー」の台詞の原文はひらがながかなり多いのですが、新しい単行本では漢字に修正されているのです(読みやすさを意図したものでしょうか?)。

「あしたのジョー」の差別・放送禁止用語について──「あしたのジョー」論その九」への5件のフィードバック

  1. はじめまして。
    細やかな言葉の抽出に感心しきりで、思わずコメントさせていただきました。
    こうした具体的な比較がまとまっているのは、
    個人的にも参考になります、ありがとうございます。

    • > akeru様
      初めまして。コメントありがとうございます。
      「あしたのジョー」に放送禁止用語が多いのは周知の事実ですが、それを網羅的に説明しているサイトがほとんどなかったので、これを書きました。
      お役に立てたようで幸いです。

  2. 差別用語を使ってはいけないのは単純に
    差別用語の対象になっている人からすれば
    差別用語とされている言葉はとてつもなく不快な言葉だからです。
    つまり、たとえば精神障碍者の人からすると
    キチガイという言葉は蛆虫だのゴミ屑だのそういう言葉と同じだということです。
    しかもそういう言葉と違って、差別用語というのは自分達とは全く無関係の
    場合でも使用され、そして自分達に何のいわれもないことで
    理不尽に不快な思いをすることになるのです。
    というかそもそそも、日本人であるというだけでも該当する差別用語はあるわけで、そういう差別用語を平気で外国人が使っていたとしたらいったいどういう気持ちになりますか。
    それを精神障碍者などの場合に当てはめて考えればすぐにわかることだと思いますが。
    ところで私は、差別用語をすべてなくせとは思いません。
    思いませんが、差別用語が書かれているならば、せめて注意書きぐらいはあるべきだと思います。
    注意書きがあるならば、その時点で棲み分けが成立しているので、
    差別用語を使っても、まぁ、問題ないのではないでしょうか。

    • > takada様
      初めまして。コメントありがとうございます。

      おっしゃることがよく理解できないのですが、「差別用語が書かれているならば、せめて注意書きぐらいはあるべき」なのに、この記事にはそれがないので問題だ、ということでしょうか?
      「注意書き」でしたら、冒頭の「差別・放送禁止用語について」で、「私自身は差別を助長する意図は全くありません」ということを明記していますが。

      あと、私は「差別用語を使って構わない」とは書いていないので、「差別用語を使ってはいけないのは~」の下りは、誰に対して主張されているのかよく理解できません。

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