ドヤ街住人としての矢吹丈について──「あしたのジョー」論その三

「あしたのジョー」論第三回です。今回は、ドヤ街に住むジョーについて説明します。

※「あしたのジョー」論は全十三回です。全記事一覧をご覧になりたい方は、タグ「あしたのジョー」か、記事「『あしたのジョー』論」をご覧ください。

この記事の要旨

  • ジョーにとってドヤ街とは単なる居住地ではなく、自分を愛してくれる地域であった。それは「夢の大計画書」を作成し、ドヤ街の人々の暮らしを豊かにしようと考えていたことからも分かる。
  • ドヤ街にとってのジョーとは、厄介者から「ドヤ街の希望の星」へと変化した。力石徹の因縁を抜きにして、純粋にジョーを応援する数少ない存在であった。
  • カーロス戦後、ドヤ街住人がジョーの試合を観戦する場面が激減する。これは、カーロス戦後にジョーがドヤ街住人と疎遠になったことが大きいと思われる、

目次

ジョーのドヤ街観

矢吹丈(ジョー)について語るとき、力石徹とかカーロス・リベラとかホセ・メンドーサとか、ボクシングに絞って語られることが多いでしょう。しかし、ジョーにとって、ドヤ街という地域は単なる居住地ではなく、かなりの思い入れのある場所でした。それを説明してゆきましょう。

ドヤ街のための「夢の大計画書」

「あしたのジョー」の冒頭でドヤ街につくなり、ジョーは段平や鬼姫会との喧嘩をするのですが、その夜、どこも自分を泊めてくれないことに憤慨し、こんなことをいいます。

ドヤ街住人の冷たさに憤慨する矢吹丈

ドヤ街住人の冷たさに憤慨する矢吹丈

このドヤに住む人間はもっと あったかいと聞いていたが……
冗談じゃねえ これじゃ 鬼にも劣るじゃねえかっ

また、自分の身体を心配してくれる段平に対し、「ずいぶんご親切な口利くじゃねえか」「なんだって命を張ってまで他人のおれをかばおうとするんだい」と疑問を抱いています。

この頃のジョーは、人の優しさや親切さにとても敏感です。後に分かることですが、ジョーは天涯孤独で、誰からも愛されたことがありませんでした。ドヤ街に流れてきたのは、人の優しさや親切さを求めていたからでしょう。

この後、小遣いを貰って段平のボクシング教育を受けるという条件を呑んで、ジョーはドヤ街に残ることになります。

この言葉の通り、ジョーは「固定収入を得るため」にボクシング教育を受けていました。

それでは、ジョーがドヤ街に残ることを選んだのは、「固定収入」が得られて落ち着くことができるからなのでしょうか。そういった金銭的な理由でないことは、ジョーの行動を見れば分かります。

ジョーはボクシング教育を受ける一方で、チビ連をつれて色々と悪事を働きます。その悪事を説明する警察官の台詞を引用します。

一方通行があるとその出口ん所にロープさ張っちまってな
金持ってそうな高級車が通ると
通行料金とかなんとかぬかして
金を巻き上げたりするそうじゃがなモシ

その ズルしてせしめた金魚は
そのベソかいてる金魚屋のとなりで
大安売りで売りさばくわ……

パチンコ屋へくり込んでさ
まあまあ出るの出ないのって
ビヤだる一杯ほどの球を出しちまってな
(中略)
ジョーがやった台はガラスがはずしてあっただと

この後、パチンコ屋で手に入れた景品を街中で格安で売りさばいたり、嘘の美談を新聞記者に話して全国から寄付金を騙し取ったりもしています。こうしたジョーの行動はとても擁護できるものではありませんが、一つ注目したいことがあります。

確かにジョーの行動は悪質ですが、彼は私腹を肥やすために行動しているわけではありません。

ジョーが悪事の標的にしているのは、「高級車」を持っている通行人とかパチンコ屋とか、金持ちに限られています。「金魚屋」が金持ちかどうかは微妙ですが、貧乏人よりは金持ちでしょう。

金持ちから金や商品を奪った後、ジョーはそれを高値で売ろうとはせず、廉価で転売しています。パチンコ屋の景品を売るときなど、「デパート」並の商品を「デパートの半額以下」で売っています。金儲けが目的なら、高値でパチンコ屋に買戻しさせればよいのに、彼はドヤ街住人に安値で商品を売るのです。

パチンコ屋で手に入れた景品を売る矢吹丈

パチンコ屋で手に入れた景品を売る矢吹丈

つまり、ジョーは単に金儲けのために行動していたわけではなく、ドヤ街の貧乏な人たちのために行動していたのです。

それがはっきり分かるのが、ジョーの「夢の大計画書」です。この「夢の大計画書」によると、ジョーが立てようとしていたものは以下の通りです。

  • 遊園地
  • 総合病院
  • 養老院
  • 保育園
  • アパート
  • 大マーケット
  • 工場

カジノや高級レストランなどの富裕層のための施設は全くなく、どれもドヤ街の貧困層が豊かに暮らせるためのものです。ドヤ街に流れてきたばかりのジョーが、ドヤ街のことを考えて行動していたことが分かります。

「夢の大計画書」を子供たちに見せようとする矢吹丈

「夢の大計画書」を子供たちに見せようとする矢吹丈

なぜ新参者のジョーが、そこまでドヤ街のことを考えるようになったのか? 作中では描かれていませんが、私なりの推測を述べてみましょう。

ドヤ街初日の夜のジョーの言葉を思い出してください。

このドヤに住む人間はもっと あったかいと聞いていたが……
冗談じゃねえ
これじゃ 鬼にも劣るじゃねえかっ

ジョーは元々「あったか」さを求めてドヤ街に来たのでした。少年院を出てからの出所歓迎パーティーで判明しますが、ジョーは人に愛されたことがほとんどない孤児ですから、「あったか」さへの憧れがあります。

ところが、自分は金を持っていないものだから、ドヤ街の誰もが自分を泊めてくれない。いいかえれば、ドヤ街の人たちに温かく迎えてもらうには金が必要ということです。

が、ジョーはここで「金持ち」になろうとはしません。後に白木葉子とのやりとりで分かることですが、ジョーは「金持ち」への嫌悪感を人一倍持っていますから、「金持ち」になりたくないのです。

ですから、「金持ち」になる道をとらずに、ドヤ街の人たちに商品や施設を提供するという遠回りな道をとります。これならドヤ街住人が喜んでくれますし、ジョー自身は金持ちにならずに済むからです。

自分を愛してくれる「ドヤ街」

ドヤ街都市計画を企てていたジョーでしたが、東光特等少年院に送られ、計画は水の泡となってしまいます。

少年院では力石徹という宿命のライバルに出会い、彼と戦うことを「生き甲斐」とさえ思うようになります。

白木ボクシングクラブの招聘を断る矢吹丈

白木ボクシングクラブの招聘を断る矢吹丈

ですが、力石に「生き甲斐」を見出した後も、ジョーはドヤ街を忘れたわけではありませんでした。少年院を出た後、ドヤ街はジョーにとって「再建する対象」から「自分を愛してくれる存在」に変わるのです。

退院祝いと丹下拳闘クラブ発会式に参加する矢吹丈

退院祝いと丹下拳闘クラブ発会式に参加する矢吹丈

少年院を出た後、出所歓迎パーティーが行われるのですが、この後、ジョーは布団の中で涙を流します。

少年院では、力石に脱走を妨害されたとき、松木戦の最中、青山の練習のため段平に見捨てられたときなど、悔し涙を流したことは何度かありました。が、人の優しさにジョーが涙したのはこれが初めてのことです。

これ以降、ジョーがドヤ街の優しさに感動することはありませんが、ドヤ街は彼にとって非常に重要な存在になっていたと考えられます。それについては後で詳しく説明しましょう。

なお、アニメ「あしたのジョー2」の第46話「凄絶…果てしなき死闘」では、ジョーと紀子が会話するというアニメオリジナルエピソードがあります。ここでジョーは、ドヤ街への思いを口にします。その箇所を引用しましょう(当該箇所を「あしたのジョー2」名場面集part10(ニコニコ動画)の4:56から視聴できます)。

この泪橋にはおっちゃんがいて
西がいて
サチやキノコやトン吉たちがいて
そして紀ちゃんがいる
この泪橋は……
この泪橋は……
上手くいえねえが……
おれん中にこうどっしりと
もう腰を下ろしちまってる

原作やアニメ「あしたのジョー」ではドヤ街への思いを口にしなかったジョーですが、「あしたのジョー2」ではそれを表現しています。「あしたのジョー2」が高く評価されるのは、こういったジョーの思いを補完したオリジナルエピソードがあるからですね。

ドヤ街住人のジョー観

厄介者からドヤ街の仲間へ

当初のジョーは、ドヤ街住人にとっては「子供たちを誑かして悪事を働かせる厄介者」にすぎませんでした。ドヤ街でジョーを必要としていたのは、彼にボクシング教育をする段平と、彼につき従うチビ連だけです。ジョーが少年院に行く前も行った後も、ジョーは厄介者扱いでした。

矢吹丈が少年院に行った後、チビ連のいたずらに困る親たち

矢吹丈が少年院に行った後、チビ連のいたずらに困る親たち

が、ジョーが少年院から出てくると、住人は彼を家族のように温かく迎え入れるようになっています。

少年院から退院した矢吹丈を出迎えるドヤ街住人達

少年院から退院した矢吹丈を出迎えるドヤ街住人達

この心境の変化がなぜ生じたのかは分かりません。定期的に少年院に通っていた段平はともかく、少年院時代はジョーと全く接触していない住人たちが、なぜジョーをよく思うようになったのか。

少年院の教官のいうように、「いりゃあいたでやっかいだし……いなくなるとヘンに寂しくなる」からでしょうか。しかし、ジョーがいなくなった後もドヤ街住人はジョーを厄介者扱いしていたのですし、一年以上つきあっていた少年院収容生や教官と違って、ジョーとドヤ街住人はほとんどつきあいがありません。

私の考えでは、チビ連の存在がジョーに対する印象を変えたのだと思っています。

日々をつまらなさそうに過ごしていたチビ連は、ジョーがドヤ街に来てからは楽しそうでした。一方、ジョーが少年院に行ってからは、元通り退屈に過ごすようになります。

ドヤ街のような小さなコミュニティでは、子供たちに活気があるか否かは、街の雰囲気に大きな影響を及ぼします。ジョーをよく思っていなかったドヤ街住人も、(悪行も働きましたが)子供たちを楽しませていたジョーの存在の大きさに気づき、彼を温かく迎えるようになったのではないでしょうか。

ドヤ街の「希望の星」

ジョーがプロ・テストに合格したとき、ドヤ街住人が合格祝いをします。退院祝いのときと同じなのですが、今度は、ジョーが「ドヤ街の仲間」だけでなく、「ドヤ街の希望の星」でもあることが強調されます。

プロ・テストに合格した矢吹丈を祝う林紀子の父

プロ・テストに合格した矢吹丈を祝う林紀子の父

もちろん、ジョーは世界チャンピオンになるために戦っていたわけではなく、ドヤ街の人たちに夢と希望を与えるためにプロになったわけでもありません(ジョーが戦う目的は前回参照)。が、それは重要ではありません。ジョーの目的がどうあれ、ドヤ街の住人はジョーをドヤ街から羽ばたき、プロのリングで華々しく活躍する「希望の星」と見做していました。

プロデビュー以来、ドヤ街住人は常にジョーを応援し続けるようになります。プロデビュー初戦の村瀬戦に始まり、力石の死後ジョーが自暴自棄になっていたときも、原島龍との試合で嘔吐してドヤ街に帰ってきた後も、いつもドヤ街住人はジョーを励まし続けていたのです。

特に力石の死後、ドヤ街の人たちの声援はジョーにとって大きな励みになっていたと思います。というのも、ドヤ街の人たちは唯一、力石徹との因縁を抜きにして、ジョーを応援してくれる存在だからです。

力石の死をムダにしたらあかん……
そやろ
力石のためにもここで一つ立派に立ち上がらなあ

あなたはいま
リングを捨てるつもりらしいけど……
そうはさせないわ!
おそらく力石くんもウルフさんも
許しはしないでしょう
わたしも断じて許しません!

どちらも、ジョーのプロ復帰を促す台詞です(上は西の台詞、下は葉子の台詞です)。西に対しては「西の口からそういうセリフが飛び出すとは思いもよらなかったよ」、葉子には「おめえにそんな御託を並べられるいわれはねえ」とジョーは反論しています。

ここでジョーの気持ちを考えてみましょう。

力石の死をむだにしてはならないということは、ジョー自身がよく分かっています(「お前がいうな」と、発言の内容自体は否定していないのがその証拠です)。しかし、よく分かっているのに立ち直れないわけであって、そんなところに「力石のために復帰しろ」とわれたら、「分かっているから、いちいちいうな」と思わないでしょうか。結局、ジョーはこの二人の言葉では立ち直れませんでした。

ジョーが立ち直ったのは、やくざの用心棒に成り下がったウルフ金串と、彼を倒したゴロマキ権藤に会ったこと、そしてドヤ街の住人に励まされたことが原因でした。

ジョーが立ち直れたのは、ゴロマキ権藤もドヤ街住人も、「力石のために戦え」などといわなかったからでしょう。権藤は「ボクサーのパンチってやつあ こうでなくっちゃ……いけねえ……」、ドヤ街の住人は「ジョーの試合が見たい」といっただけです。西や葉子のいう「正論」よりも、権藤やドヤ街住人のストレートな思いがジョーの心を打ったといえましょう。

ちなみに、アニメ「あしたのジョー」の第55話 「さすらいのバラード」では、ドヤ街住人に励まされるエピソードが省略されています。こういったものを省いてしまうのが、アニメ第一作のよくないところです(他にもアニメ第一作は色々省略があるのですが、それは別の機会に書きます)。

カーロス戦後のジョーとドヤ街

上記のように、分かちがたく結びついていたジョーとドヤ街住人ですが、カーロスとの公式戦10回戦以降、ある変化が起きます。それを簡単にまとめると、以下の四点です(ちなみに、この四点は私が発見したものではなく、『マンガの深読み、大人読み』で既に指摘されていたことです)。

  1. ジョーと紀子のデート以降、紀子がジョーから身を退く。
  2. 丹下拳闘クラブに入門生が増えたため、チビ連がジムに遊びに行かなくなる。
  3. サチがジョーを「怖い」といい、チビ連がジョーと距離を置くようになる。
  4. ドヤ街住人がジョーの試合観戦に行かなくなる。

前もって断っておくと、この四点は原作の話です。アニメ「あしたのジョー2」では、2・3・4番の場面は省略されていますし、紀子もチビ連も出番は減りません。

1番は、ジョーの「真っ白に燃え尽きる」発言を受けて、紀子が「わたしついていけそうにない……」という場面です。この後、紀子の出番は金竜飛戦後(このとき紀子はパーマをかけた髪型になっています)と、ジョーがハワイから帰国したとき、ホセ戦前の結婚式の三回だけです。

矢吹丈と林紀子のデートで、ジョーから身を退くことを宣言する紀子

矢吹丈と林紀子のデートで、ジョーから身を退くことを宣言する紀子

2番と3番は、紀子のデート直後のエピソードです。ジョーがホセ・メンドーサを目標にボクシングにのめりこむ様子を見て、チビ連が距離を置くようになります。紀子と同様、チビ連もここから出番が減ります。

矢吹丈や丹下拳闘クラブから距離を置き始めるチビ連

矢吹丈や丹下拳闘クラブから距離を置き始めるチビ連

4番ですが、前述の『マンガの深読み、大人読み』では、最後のホセとの世界タイトルマッチで、(西や紀子やチビ連を含めた)ドヤ街住人が試合会場に来ていないことが指摘されていました(アニメ「あしたのジョー2」では紀子や西やチビ連も来ていましたが)。

が、よく読むと、ホセ戦よりも前、カーロス戦以降から、ドヤ街住人が試合観戦に来ていないことが分かります。

ここで、ドヤ街住人がジョーの試合を観戦していたかどうか(していた場合、どのようにしていたか)をまとめてみましょう。

試合会場で観戦
村瀬戦
ウルフ金串戦
力石徹戦
カーロス戦(公式戦10回戦)
テレビで観戦
タイガー尾崎戦
原島龍戦
南郷戦
ピナン戦
不明
カーロス戦(エキジビジョンマッチ4回戦)
ハリマオ戦
ホセ戦

試合会場で観戦するのは、カーロス戦(公式戦10回戦)を除けば、ほとんどが力石戦の前です。力石戦後はテレビ観戦が増えてきます。

「不明」というのは、ドヤ街住人が試合会場に来ていることが分かるコマがないという意味です。カーロス戦(エキジビジョンマッチ4回戦)については、紀子だけはジョーのセコンドで会場に来ていますが、西は来ていませんし、他のドヤ街住人は来ているかどうか不明です。

もちろん、テレビ観戦が増えたからといって、力石戦後からドヤ街住人はジョーと距離を置いていたのだ、というつもりはありません。試合会場に行きたくてもチケットがとれないことはあるでしょうし、ピナン戦のような海外試合は見に行けないのですから。

第一、カーロスとの公式戦10回戦では、下のコマのような盛大な応援をしています。

カーロス戦(公式戦10回戦)の応援をするドヤ街住人

カーロス戦(公式戦10回戦)の応援をするドヤ街住人

ただ、カーロス戦の後、特に金竜飛戦とホセ戦には大きな特徴があります。ドヤ街住人が試合を見に行くと宣言しているのに、肝心の試合の中では登場しているコマがないのです(ハリマオ戦は、見に行くという宣言すらありません)。

金竜飛戦の応援に行くと宣言するドヤ街住人

金竜飛戦の応援に行くと宣言するドヤ街住人

ホセ戦の応援に行くと宣言するドヤ街住人

ホセ戦の応援に行くと宣言するドヤ街住人

カーロス戦では、応援するドヤ街住人の姿がはっきりと確認できます。が、金竜飛戦とホセ戦を見に行くと宣言しているのに、なぜか来ていない。

ジョーが金竜飛戦のために地獄のような減量をしていたこと、ホセ戦のためにがんばっていたことはドヤ街の皆が知っています。それを知った上で、試合を見に行くといっているのに、なぜか来ていない。これは一体どういうことでしょうか。

作者自身の言葉によると、ちばてつやは「描いてたつもり」であったそうです。『マンガの深読み、大人読み』で作者・ちばてつやへのインタビューがあるのですが、ホセ戦でドヤ街住人が登場しないことについて、p.255でそういっています。

ちばは、意識的に描かなかったわけではないが、ジョーが「真っ白に燃え尽きる」のに、チビ連や紀子がいるとじゃまになってしまうから、無意識に描かなかったのだろうと推測しています。これはホセ戦についての発言ですが、カーロス戦の後の試合すべてにいえることです。カーロス戦後、「真っ白に燃え尽きる」ことが目的となったジョーにとって、ドヤ街住人は遠い存在になってしまったからです。

ジョーとドヤ街住人が疎遠になった理由として、この頃のジョーは海外から対戦相手を探すことが増え、「ドヤ街のジョー」から「日本の矢吹」になっていたこともあると思います。チビ連が「雲の上の人だぜ」といったのはピナン戦の後、ジョーのテレビ出演やサイン会が増えてからですが、この頃からジョーはドヤ街の人にとって「雲の上の人」になりつつあったといえるでしょう。

ピナン戦後のジョーとドヤ街

カーロス戦後、ドヤ街とは疎遠になっていたジョーですが、一度だけドヤ街とよりを戻す場面があります。ピナン戦後、ハワイから帰国したときの空港です。

ハワイからの帰国時、空港で楽しそうに笑う矢吹丈

ハワイからの帰国時、空港で楽しそうに笑う矢吹丈

カーロス戦以降、「真っ白に燃え尽きる」こと、ホセ・メンドーサと戦うことだけを目的に生きてきたジョーが、久々に「ホセ・メンドーサのことを忘れた」「ボクサーであることも忘れた」。これは、ボクシングとは関係なく、ジョーとドヤ街の繋がりが深いものであることを示しています(この場面より前ですが、ハワイでドヤ街へのお土産を選んでいるときのジョーも心底楽しそうです)。

しかし、原作ではドヤ街との楽しい交流はこれで終わりです。これ以降、ジョーが笑顔になる場面はほとんどありません(アニメ「あしたのジョー2」ではドヤ街住人の出番が減らないので、ジョーの笑顔が何度かあるのですが)。

今回はジョーとドヤ街について説明しました。次回はボクシングに話を戻して、ジョーと力石・カーロス・金竜飛・ハリマオ・ホセについて説明しましょう。

補足: 「矢吹丈」の呼び方

ジョーとドヤ街住人の結びつきの強さを表すものに、「矢吹丈」の呼び方があります。

我々は矢吹丈のことを「ジョー」と呼ぶことが多いでしょう。それは、作品名が「あしたのジョー」だからです。

しかし、作中で矢吹丈のことを「ジョー」と呼ぶのは一部の人間だけです。具体的には、丹下段平・西寛一・チビ連といったドヤ街住人だけです。

紀子と葉子のヒロイン二人は、必ず「矢吹君」と呼びます。葉子は「矢吹」と呼び捨てにしたことはありますが、原作では、「ジョー」と呼んだことは一度もありません(アニメ「あしたのジョー」の第33話「初勝利バンザイ」では紀子が、第54話「悲しみの十点鐘」では葉子が一度だけ「ジョー」と呼んでいますが)。

少年院の収容生や教官・ボクサー・試合解説者・新聞記者たちは「矢吹」と呼ぶことがほとんどです。外人ボクサー(例えばホセ)は「ジョー・ヤブキ」とフルネームで呼ぶことがあります。河野・吉沢・荒川ら丹下ジム入門生は「先輩」と呼びます。

ドヤ街住人以外で「ジョー」と呼んだことがあるのは、力石徹とカーロス・リベラの二人だけです。ただ、そんな二人もふだんは「矢吹」「ジョー・ヤブキ」と呼んでいますから、常に「ジョー」と呼ぶのは、上で挙げたドヤ街住人だけなのです。

ドヤ街住人が矢吹丈を「ジョー」と呼んでいたのは、彼らがそれだけ矢吹丈を愛していたことの現れです。しかし、カーロス戦後、ドヤ街住人やチビ連、西が姿を消すにつれて、「ジョー」と呼ぶ人間は段平だけになってしまいます。

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