「ドーマ編」と「王の記憶編」について──「遊☆戯☆王」論その六

「遊☆戯☆王」論第六回です。今回は、「ドーマ編」と「王の記憶編」(いわゆる「記憶編」「古代編」)について書きます。そして、「ドーマ編」の存在がアニメ版「王の記憶編」にどのような影響を与えたのかを考えます。

※「遊☆戯☆王」論は全八回です。全記事一覧をご覧になりたい方は、タグ「遊☆戯☆王」か、記事「『遊☆戯☆王』論」をご覧ください。

目次

「ドーマ編」について

まず「ドーマ編」について簡単に説明しましょう。

「ドーマ編」とは、「遊☆戯☆王デュエルモンスターズ」の「バトルシティ編」終了後、第145話「新たなる闇の鼓動」~第184話「光の中を歩め」にて放送されたアニメオリジナルのエピソードです。

「バトルシティ」を勝ち残り、三枚の神のカードを手に入れた武藤遊戯でしたが、そこに「オレイカルコスの結界」という謎のカードを使うデュエリストたちが現れます。彼らは「ドーマ」と呼ばれる集団であり、遊戯の神のカードを奪った挙句、それを利用することを企んでいました。神のカードを取り返そうと「ドーマ」と戦う中で、「ドーマ」の正体を知ることになる……というのが大筋です。

闇遊戯(アテム)に宿る「心の闇」を徹底的に描いた作品として評価される一方、原作のキャラクターや設定とかけ離れていること、あまりにも超展開や「インチキカード」の多いデュエルが多発したことから、批判も絶えない物語です。また、「バーサーカー・ソウル」による「ずっとオレのターン」など、ネタ・MAD動画の観点からも評価されます。

私も、確かに「ドーマ編」には原作の設定崩壊やキャラクター崩壊が多いと感じます。元々「遊☆戯☆王」はアニメオリジナル要素の多い作品ですが、「ドーマ編」以前では、ここまで露骨に原作を壊したエピソードはありませんでした。これは私も不満に感じるところですが、それは後で述べます。

また、明らかにその場で考えたような都合のよいカードやデュエルも多く、これについては擁護の余地がありません。

ただ、私は「ドーマ編」を全否定するつもりはありません。「ドーマ編」が放送されることになったのは、原作とアニメの進行の都合があったためですが、それを抜きにしても、「ドーマ編」を放送する価値はあったと考えています。というのも、「ドーマ編」とは、原作の「遊☆戯☆王」で描ききれていなかったことをテーマとした物語であり、(設定崩壊・無視があったとはいえ)そのテーマに挑戦し、テーマへの答えを提示したという点で、極めて重要だからです。

まず原作で描ききれていなかったことを明かした上で、それを「ドーマ編」がどのように描いたか、それによって闇遊戯(アテム)がどのように変化したか、「ドーマ編」が後続の「王の記憶編」にどのような影響を与えたかを論じてゆきます。

なお、「ドーマ編」単体を論じた記事では、俺の彼女は醤油の香りというブログの遊戯王:ドーマ編あれこれという記事シリーズが秀逸です。ご興味のある方はぜひお読みください。

原作で描き残したこと、「ドーマ編」で描いたこと

先ほど、原作の「遊☆戯☆王」で描ききれていなかったことがあると述べました。それは、

  1. 闇遊戯(アテム)の「弱さ」とは何か
  2. なぜ三千年の時を超え、名も無き王(アテム)は現世に蘇ったのか

の二つです。

1. 闇遊戯(アテム)の「弱さ」とは何か

第一回で説明しましたが、「遊☆戯☆王」の世界では、「力」と「優しさ」という二つの「強さ」があります。「力」を象徴するのが闇遊戯、「優しさ」を象徴するのが武藤遊戯となっています。

闇遊戯は圧倒的に強いヒーローのように描かれますが、強大な「力」に頼るキャラクターは、同時に弱い部分も持っています。『遊☆戯☆王』のキャラクターズガイドブックである『真理の福音』の「高橋和希先生ロングインタビュー」にて、高橋和希氏は以下のように明言されています。

特に闇遊戯はヒーロー的に描いていますが、ものすごく弱い部分も持っています。

こうした闇遊戯の弱さを描いているのが、「決闘者の王国編」の遊戯v.s.海馬瀬人のデュエルや、「バトルシティ編」の遊戯v.s.城之内(洗脳)のデュエルでした。「オレの弱さをおぎなってくれたもう一人のオレの強さ」(遊闘116「自分を見つけろ!!」)とか「オレはお前に教えられた」(遊闘200「見ることの勇気」)とかで、闇遊戯にも弱さがあること、それを武藤遊戯が補っていることを強調しています。

しかし、こうした描写は、いまいち闇遊戯の「弱さ」を描き切れていない感があります。

闇遊戯の「弱さ」というのは、武藤遊戯の「強さ」とセットで描かれています。海馬や城之内とのデュエルで傷つき、それでも彼らを助けようとする武藤遊戯の「強さ」に心打たれ、闇遊戯は己の「弱さ」・「無力」を自覚するという構造になっているわけで、闇遊戯が直接傷ついてはいないのです。

闇遊戯の「弱さ」を直接的に描くためには、闇遊戯自身を傷つけ、彼自身の「弱さ」を描くしかありません。そこで、武藤遊戯を闇遊戯から引き離し、闇遊戯が傷つく様子を描くことになります。その結果、号泣したり(第158話「遊戯の中の闇 ティマイオス消滅」)、「相棒」と何十回も叫び続けたりと(第163話「対決! 二人の遊戯」)、とても原作からは想像できない闇遊戯の姿が描かれることになりました。

「ドーマ編」の闇遊戯は原作からはかけ離れているといわれます。確かにその通りですが、それは当然なのです。原作では闇遊戯は常に武藤遊戯とセットで存在していたので、「ドーマ編」では、武藤遊戯がいなくなって一人になった闇遊戯、いわば「原作になかった闇遊戯」を描く必要があったからです。

2. なぜ三千年の時を超え、名も無き王(アテム)は現世に蘇ったのか

次に2番を説明します。

名も無き王が、なぜ三千年の時を超えて蘇ったのか? それは、武藤遊戯という少年が、「千年パズル」を完成させ、その中に封印されていた王の魂が蘇ったからですね。

シャーディーが「『千年パズル』が君を選んだのだ! 三千年の時を待ってな…」遊闘17「ゲーム開始(スタート)!!」)といっているように、武藤遊戯が「千年パズル」を完成させたのは偶然ではなく、いわば「運命」に導かれてのことです。これは、第一回で説明した「遊☆戯☆王」の「運命」観によるものです。

しかし、それではなぜ「運命」は、古代エジプトから三千年後の現代になって、王の魂が蘇るように定めたのでしょうか? 「千年パズル」が三千年間残り続けた以上、一千年後、二千年後でも完成する可能性はあったのに、なぜ三千年後の現代に完成するようにと、「運命」が決めたのでしょうか?

原作では、これに対する明確な答えはありません。マリクが「幾千年の月日を経た時 邪悪なる力は脈動を始める その時王の魂も目覚める」といっているように(遊闘201「決戦の闘士達!!」)、「邪悪なる力」が蘇るのに応じて王の魂も蘇るらしい、ということが分かるだけです。

原作では描かれていませんが、「王の記憶編」を参考にすると、恐らくこういう意味です。「邪悪なる力」とは大邪神ゾークのことで、一度封印されたゾークが、現代になって蘇りつつある。それを再び封印するため、「千年アイテム」に選ばれし者たちが現世に生まれた。そして、三千年間封印された「王の魂」も、そのために現世に蘇る。

「ドーマ編」をご覧になった方は、ダーツが似たような話をしていたことを思い出されるでしょう。三千年後の現代は人間たちの「心の闇」が膨張しきっており、その愚かな人間の歴史に終止符を打つのが、名も無き王の「使命」なのだと(第180話「オレイカルコスの三重結界」)。さらに、第183話 「神神の戦い」で、「この星の心の闇を消し去ること。それが王としてのオレの務めだ!」と闇遊戯(アテム)がいっていたことも思い出されるでしょう。

なぜ三千年の時を超えて、名も無き王が蘇ったのか? それは、三千年後の現代は「心の闇」が膨張しきっており、その「心の闇を消し去る」ためです。原作では示されなかったこの答えを提示するために、「ドーマ編」は作られたのです。

「ドーマ編」によって変化した設定

「ドーマ編」は原作で描き残した二つのテーマに挑み、曲りなりにもその答えを描くことができました。その意味では、「ドーマ編」とは単なるアニメオリジナルエピソードではなく、高く評価すべき意欲作であったと思います。

ところが、二つのテーマを重視するあまり、「ドーマ編」では他の設定を改変あるいは無視し、「遊☆戯☆王」の設定・世界観を大きく変えてしまいました。原作つきのアニメでありながら、そうした悪弊もあったことを指摘しておかなくてはなりません。

「ドーマ編」によって変えられてしまった設定を挙げると、以下の二つです。

  1. 「魔物(カー)」や「モンスター」の設定
  2. アテムという王が蘇る必然性

1番ですが、これは第一回で詳しく述べたので、ここでは省略します。要約すれば、人間の心に宿り、「千年アイテム」によって具象化される存在である「魔物(カー)」や「モンスター」を、「デュエルモンスターズ界」という別世界の生命体に変えてしまったため、「千年アイテム」との関わりがなくなってしまったのです。

そして、1番の設定改変は、2番の設定崩壊に繋がります。

原作「王の記憶編」では、アテムは「心の闇」の象徴である大邪神ゾークと戦いました。しかし、そもそもなぜ彼が戦う必要があるのでしょうか?

その理由は、大邪神ゾークとは「千年アイテム」と「冥界の石盤」によって復活した存在だからであり、その「千年アイテム」を生み出したのが、アテムの父アクナムカノンと、叔父アクナディンだからです。この二人が「千年アイテム」を生み出したのですから、そこから生まれたゾークを封印する責任は二人にあるのですが、アクナムカノンが死に、アクナディンが「闇の大神官」となった以上、この責任を引き受ける者が誰もいない。そこで、二人がもたらしたゾークを、アテムが再び封印するという責任を負ったわけです。

つまり、アテムが「心の闇」と戦う理由は、「千年アイテム」と密接にかかわっているのです。「心の闇」を生み出した「千年アイテム」を古代エジプトの王宮が作りだしたからこそ、その「心の闇」を封印する責任がアテムにあるのであり、その「心の闇」が復活する三千年後の現代にアテムは蘇ったのです。

ところが、アニメの「ドーマ編」によると、「心の闇」とは古代エジプトより遥か昔、一万年前のアトランティスの頃からありました(第178話「アトランティスの悲劇」)。「心の闇」が「千年アイテム」によって生み出されたものではなく、人間の必然だというなら、それを封印する責任がアテムにあるのでしょうか? その責任がアテムにないならば、アテムが現世に蘇る必然性はあったのでしょうか?

「ドーマ編」とは、王の魂が現世に蘇った理由を描く作品だと述べました。それは間違いないのですが、古代エジプトよりも遥か昔のアトランティス、人間の「心」とは関係のない「デュエルモンスターズ界」なる別世界にまで話を広げてしまったせいで、古代エジプトや「千年アイテム」の要素が稀薄になり、現世に蘇る理由が稀薄になってしまったのです。これは「ドーマ編」の致命的な欠点です。

私見ですが、ダーツを一万年前のアトランティスの王ではなく、古代エジプト周辺に存在した国王とかにすべきであったと思います。これなら、「千年アイテム誕生」による「闇」の誕生と絡めて、アテムが現世に蘇った理由を描くことができるからです。三千年前だとインパクトが薄いので一万年前にしたのかもしれませんが、それのせいで、せっかく扱ったテーマだけでなく、「遊☆戯☆王」の根幹設定まで壊してしまいました。残念なことです。

「ドーマ編」によって「王の記憶編」はどう変わったか

このような「ドーマ編」の設定改変は、「王の記憶編」にも大きな影響を与えました。それは、主にアテム(PC)の性格に反映されています。

第四回でも説明しましたが、原作に比べて、アテム(PC)はかなり善良な王になっています。平等思想を説いたり(第203話「マハードの決意」)、盗賊王バクラ(PC)に「オレを裁け」といったり(第210話「盗賊王バクラの最後」)、アテムを「善き王」に仕立て上げたい魂胆が見えます。

なぜこんな設定改変をするかといえば、「ドーマ編」にて、アテムが生まれ変わったことになったからです。第184話「光の中を歩め」で武藤遊戯が説明していましたが、「この星の心の闇」を受け入れ、アテムは「本当の王(ファラオ)に生まれ変わった」のです。

アテムは「善き王」として生まれ変わったのですから、「闇RPG」でも「善き王」でなくてはならない。そこで、原作にあったアテムの悪人要素を排除し、善人ぶりを強調することになったのです。

特に第210話「盗賊王バクラの最後」の以下の台詞など、「ドーマ編」で、一時は「憎しみ」に支配されたアテムだからこそ出てくる台詞です。

オレも仲間が同じ目に遭えば、きっと同じ憎しみを持ったに違いない。 その裁きを受けることが、オレの呪われた王として消えることの無い宿命。

アテムというキャラクターは、自分では「絆」や「光」や「結束」を信じている割に、結構残酷で悪党な面があるのが魅力的なのですが、そういう原作のキャラクターが好きな人には上のようなアニメ版のアテムは受け入れがたいでしょうね。私も、「ドーマ編」をやった以上仕方がないとは思いつつも、こういう善人然としたアテムに魅力を感じません。

設定改変ではないのですが、もう一つ指摘すると、「ドーマ編」で「この星の心の闇」と戦ったことによって、大邪神ゾークという存在がちっぽけになったという弊害があります。もちろん、ゾークも凄まじい「闇」の存在ですが、数万年・数十万年をかけて培われた「この星の心の闇」には及ばないでしょう。こんな強力無比な「闇」を受け入れておきながら、「王の記憶編」ではゾークという「闇」に苦戦するアテムに矛盾を感じます。

長々と書いてきましたが、このへんで「ドーマ編」の総評を書いておきます。

「ドーマ編」という作品は、アニメオリジナルでありながら原作で描き残していた二つのテーマを扱ったという意味では評価されるべきです。ところが、設定の改変や物語の拡大のために、古代エジプトや「千年アイテム」といった原作由来の設定を稀薄にしたため、二つのテーマに対する回答に失敗してしまいました。

今回は「ドーマ編」と「王の記憶編」について書きました。次回は、話を原作に戻して、シャーディーについて書きます。

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