原作「王の記憶編」について──「遊☆戯☆王」論その三

「遊☆戯☆王」論第三回です。今回から「王の記憶編」(いわゆる「記憶編」「古代編」)について書き始めます。今回は、原作「王の記憶編」の「闇RPG」についてです。

※「遊☆戯☆王」論は全八回です。全記事一覧をご覧になりたい方は、タグ「遊☆戯☆王」か、記事「『遊☆戯☆王』論」をご覧ください。

目次

「王の記憶編」の位置づけ

そもそも、「王の記憶編」とは、原作『遊☆戯☆王』においてどのように位置づけられるのでしょうか。

簡単にいえば、王の失われた記憶と名前を取り戻す物語です。

「バトル・シティ編」で闇遊戯(王)は神のカードを手に入れ、自分が三千年前の王である証を立てました。

しかし、これだけでは不十分です。「王であった」だけでなく、「どのような王であったのか」を知らなくてはならない。そこで、自分が王であった頃の記憶を求めるべく、童実野美術館の「記憶の石盤」に「神のカード」をかざしたところ、闇遊戯(王)は「記憶の世界」に飛ばされました。

その後を追って、武藤遊戯たちも、千年錠の力を使って「記憶の世界」に旅立ちました。しかし、実はそこは「史実」ではなく、バクラの仕組んだ「闇RPG」であった……というのが、「王の記憶編」のあらましです。

「王の記憶編」の難解さの原因

「王の記憶編」は、『遊☆戯☆王』のすべての謎が明かされる(はずの)物語でした。確かに、今までの伏線や謎の多くが明かされたのですが、逆に、新たな謎も増えてしまいました。それを挙げてゆきます。

「史実」はどのようなものであったのか
「王の記憶編」は「史実」ではなく「記憶を元にしたゲーム」です。ですから、三千年前の王宮戦争とは一部、あるいは大幅に異なっています。
すると、「王の記憶編」を通じて、王の失われた名前を取り戻すことはできましたが、失われた記憶までは戻っていません。いや、アテム自身は取り戻したのかもしれませんが、それが描かれなかった以上、読者にとっては分からないままです。このことが、「失われた記憶とは結局何であったのか」という疑問を生みました。
さらに厄介なのは、「王の記憶編」は、どこからどこまでが「史実」「ゲーム」なのかが分からないことです。遊闘320「究極!!闇・R・P・G!!」では、プレイヤーの介入がない限りは「史実」通りに進行するとありますが、どれが「史実」通りでどれが「介入」か分かりません。
「王の記憶編」で明かされなかった事実が存在する
「史実」が描かれなかったために、前々から伏線が張られてはいたものの明かされなかった事実が存在します。例えば、シャーディーやハサンの正体・アテムと五神官がアクナディン(闇の大神官)を封印した経緯・ゾーク復活の有無・アテムとセトの因縁などです。

こうしてみると、「王の記憶編」の謎のほとんどは、「史実」が明らかでないことに由来することが分かります。

「史実」については後に検討するとして、今回は「闇RPG」の謎について考えましょう。

原作「王の記憶編」の登場人物

「王の記憶編」は、物語や設定もさることながら、人物設定が非常に複雑です。それには、「史実」通りに動くキャラクターとプレイヤーの介入で動くキャラクターが混在していること、同じキャラクターが二人以上登場すること、設定が不明確なキャラクターがいることなど、様々な理由があります。

そこで、「王の記憶編」の「闇RPG」に登場するキャラクターを整理することにしましょう。

プレイヤー PC NPC
  • 闇遊戯(アテム)
  • バクラ
  • アクナディン(ゾーク・ネクロファデス)
  • 王(アテム)
  • 盗賊王バクラ
  • アクナディン(闇の大神官)
  • 大邪神ゾーク
  • 五神官
  • シモン
  • マナ
  • 武藤遊戯
  • 城之内克也
  • 真崎杏子
  • 本田ヒロト
  • バクラ(パラサイト・マインド)
  • ボバサ(ハサン)
  • その他古代エジプトの住人

上の表は、「王の記憶編」の登場人物を、

  • プレイヤー
  • プレイヤー・キャラクター(PC)
  • ノン・プレイヤー・キャラクター(NPC)

に分類したものです。

プレイヤーは、RPG上のPCを操作する人です。遊闘320「究極!!闇・R・P・G!!」によると、闇遊戯・バクラ・アクナディンの三人がプレイヤーです。

プレイヤー・キャラクター(PC)は、プレイヤーが操作できるキャラクターです。闇遊戯は王(アテム)、バクラは盗賊王バクラと大邪神ゾーク、アクナディンはアクナディン(闇の大神官)を操作しています。

ノン・プレイヤー・キャラクター(NPC)は、プレイヤーが操作できないキャラクターです。武藤遊戯や闇バクラ(パラサイト・マインド)やボバサ(ハサン)などの現世組を除けば、ほとんどが古代エジプトの住人です。

ご覧の通り、「闇遊戯(アテム)」「バクラ」「アクナディン」の三人だけは、「プレイヤー」と「PC」の二種類に分かれています。プレイヤーとPCの意思疎通がどうなっているのかは謎ですが、プレイヤーはPCの動きを把握できるが、PCはプレイヤーの動きを把握できないようになっていると思われます。

原作「王の記憶編」の疑問点

「闇RPG」の登場人物を整理したところで、「闇RPG」にまつわる疑問点を挙げてゆきましょう。

アクナディン(プレイヤー)の正体は何か

バクラ(プレイヤー)は、アクナディンの魂もゲームに参加しており、彼がアクナディン(闇の大神官)を操作しているといっています。つまり、アクナディンもプレイヤーの一人です。

遊闘305「闇の支配者!!」でアクナディン(闇の大神官)が初登場するのですが、三千年前の王宮戦争の「史実」を話した後、夜空に現れ(以下の画像)、「記憶の巻き戻し」を発動します。

akunadin-1

これはバクラ(プレイヤー)の特殊能力であったことが後に発覚しますが(遊闘321「大邪神降臨!!」)、プレイヤーの能力を発動していることから、このアクナディン(闇の大神官)こそが、アクナディンの魂(プレイヤー)だと思われます。プレイヤーはゲーム内には入れないはずなのですが、現世ではミイラであるためか、千年パズルの中に封印されているせいか、彼はゲーム内でプレイヤーのように振舞っています。

この後、アクナディン(プレイヤー)は遊闘319「記憶世界の駒!!」で再登場し(以下の画像)、アクナディン(PC)が「闇の大神官」になった後は姿を消してしまいます。アクナディン(PC)と融合したのか、消滅したのかは分かりません。

akunadin-2

アクナディン(プレイヤー)は「闇の大神官」なのですが、一方では「ゾーク・ネクロファデス」とも名乗っており、バクラからもそう呼ばれています。正体のよく分からない存在です。

私の考えでは、アクナディン(プレイヤー)とは、アクナディンの魂に憑りついたゾークの邪念ではないかと考えています。彼はアクナディンと呼ばれてはいますが、実質的にはゾークの魂の片割れです。

そう考えるヒントが、アクナディン(プレイヤー)の言動にあります。

まず、上で引用した遊闘319「記憶世界の駒!!」のコマで、「我が魂蘇生」といっていることです。ゾークの目的とは、「七つの千年アイテム」によって「冥界の扉」を開き、現世に現れることですから、この台詞と合致します。

もう一つのヒントは、アクナディン(プレイヤー)とアクナディン(PC)の目的の違いです。

アクナディン(プレイヤー)は、アテムを倒して記憶戦争に勝利し、現世に復活することを目論んでいます。以下は遊闘305「闇の支配者!!」のアクナディン(プレイヤー)の台詞です。

akunadin-3

遊闘331「魂の灯す光」によると、大邪神ゾークの目的は「闇世界を創造」し、「人間共」「地獄を見せ」ることですから、人間のいる現世に復活する必要があります。そのために、記憶戦争に勝利して現世に復活するというのは当然の目的です。

一方、アクナディン(PC)の行動原理は、「息子セトを次代の王にする」ということです。以下は遊闘335「白き龍!!黒き魔術師!!」の一コマです。

akunadin-4

アクナディン(PC)は現世に復活したいわけではなく、セトを王にしたいのです。彼にしてみれば、セトの魂は既に冥界にあるのですから、自分が現世に蘇っても仕方がない。

このことから、アクナディン(プレイヤー)をアクナディン本人の意志と見ると、彼の行動が不自然なことになります。逆に、肉体はアクナディンだが、意志はゾークなのだと考えれば、彼の行動はごく自然です。

バクラの正体は何か

バクラもまた、正体がよく分からない存在です。

彼自身の言葉によると、「三千年前ゾーク・ネクロファデス(闇の大神官)はこの千年輪(リング)に魂の一部を封印していた」ので、自分も「ゾーク・ネクロファデス」だそうです。

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「闇の大神官」とはアクナディンを指すのでしょうから、この言葉を真に受けると、彼はアクナディンの魂の片割れということになります。

そう考えると、遊闘305「闇の支配者!!」でバクラ(PC)が「闇の大神官」を敬っていたこと、遊闘320「究極!!闇・R・P・G!!」で「闇の大神官の意志に従い」といっていたことなどは説明がつきます。バクラはアクナディンの片割れなのですから、アクナディンに従うのは当然だからです。

しかし、彼がアクナディンだとすると、なぜバクラが盗賊王バクラに酷似しているのかの説明がつきません。確かにアクナディンは盗賊王バクラに邪念を封印されていましたが、だからといって姿形まで盗賊王バクラにそっくりにはならないでしょう。

バクラ=アクナディンと考えると、もう一つ不自然な点が出てきます。それは、「遊闘322 幻のNPC!!」で、闇遊戯(プレイヤー)がセトを盾にしてゾークの攻撃を止めようとしたとき、バクラは止めようとしなかったことです。

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ゾークを動かすのは自分なのだから攻撃を止める必要はないとバクラはいっていますが、もしバクラがアクナディンの片割れなら、セトを攻撃することに対して躊躇するはずです。アクナディンは、セトを王にするという「親の情」で動いている人なのですから、セトを殺しては元も子もありません。

セトを攻撃することに躊躇いがないということは、バクラはセトを生かしておく理由がないということであり、アクナディンの片割れではないということです。

では、バクラは何者なのか?

これは私の仮説ですが、彼の正体は、「千年リング」に封印されていた邪念が、盗賊王バクラによって増幅し、やがてゾークに支配されたものです。

バクラの正体を考える上で重要なのは、「いつ、なぜゾーク・ネクロファデスが魂の一部を千年リングに封印したのか」ということです。「闇RPG」では、盗賊王バクラやアクナディンや大邪神ゾークが魂を封印している様子が見られませんし、それをする理由が特にありません。

そこで私は、元々千年リングには、マハードの先代の神官の邪念が封印されていたことに着目しました。これこそがバクラの原形であったのではないか。

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盗賊王バクラが千年リングを奪ったことにより、元々宿っていた邪念が増幅し、やがて彼自身の邪念となった。そして、彼が大邪神ゾークに支配された後、千年リングに宿っていた邪念もゾークに支配された……というのが、バクラの生い立ちだと考えています。バクラが千年リングに宿っているのは、彼が元々千年リングに宿った邪念だからです。肉体は盗賊王バクラなのに意志がゾークなのは、アクナディン(プレイヤー)の意志がゾークでも姿形はアクナディンのままなのと同じです。

ボバサ(ハサン)の正体は何か

ハサンについては、「自らの魂を捧げ」、「冥界の石盤」に「封印した」「精霊」遊闘324「聖墓の決闘!!」)であることが分かっています。そして、彼の顔がシャーディーに酷似していることも分かっています(遊闘332「現世の石版!!」)。

ただ、ハサンとシャーディーの関係、ボバサとシャーディーの関係については、ほとんど描かれていません。シャーディー自身がほとんど正体不明なので、比較的情報が明かされているハサンから類推するしかないという状態です。

シャーディー、そしてボバサ(ハサン)についてはここで語る余裕がありませんので、後の機会に回します。

追記: シャーディー・ボバサ・ハサンについては第七回で書きました。

セト・アイシス・シモンと海馬瀬人・イシズ・武藤双六の関係は何か

「王の記憶編」では、現代に登場する人間とそっくりな人間が三人登場します。海馬瀬人・イシズ・武藤双六とそっくりなセト・アイシス・シモンの三人です。

この三人が海馬・イシズ・双六と何か関係があることは間違いないのですが、ではどういう関係なのかというと、原作では描かれていません。

ありそうなのは、三人の魂が海馬・イシズ・双六に受け継がれているという設定ですが、これはありえないでしょう。遊闘最終話「遊戯 王」を見ても分かるように、三人の魂は冥界に存在しており、現世にはないからです。

アテム(プレイヤー)・バクラ(プレイヤー)・アクナディン(プレイヤー)が現世に存在しているのは、三人の魂が「千年アイテム」に封印され、冥界に行かなかったという特殊な事情があるためです。その事情がない(と思われる)セト・アイシス・シモンについては、その魂が現世の人間に受け継がれることはありえません。

ただ、そうすると、海馬・イシズ・双六がセト・アイシス・シモンにそっくりなのはなぜなのかという疑問が出てくる。第一回で見たように、「遊☆戯☆王」の世界はすべて「運命」で決められており、「偶然」など存在しませんから、他人の空似はありえません。ということは、何か理由があって酷似しているのですが、それが何なのか分かりません。

イシスは墓守の一族であり、しかも「千年タウク」を守ってきた人間ですから、アイシスの子孫とかでもおかしくはありません。しかし、古代エジプト人と日本人で、しかも「千年アイテム」を守っているわけでもない海馬と双六にどう血縁があるのか分からない。結局、セトと海馬、シモンと双六の関係は謎のままです。

シャダ・カリムとシャーディー、セトとマリクに関係はあるのか

「千年アイテム」を所有する人間は、三千年前の古代エジプトと現代では異なるわけですが、(アテムと闇遊戯、セトと海馬瀬人が無関係でないように)そこには何かしらの関係があります。

この理屈でいえば、「千年錠」を持っていたシャダと「千年秤」を持っていたカリムは、その両方を持っていたシャーディーと何か関係があるはずです。また、「千年錫杖」を持っていたセトは、現世で「千年ロッド」を持っているマリクと何か関係があります。

しかし、「王の記憶編」を読めば分かるように、彼らはほとんど無関係といえる人間たちです。シャーディーはシャダ・カリムではなく石盤の精霊ハサンと関係があるようですし、セトは海馬瀬人と関係があり、マリクに似た人物は古代エジプトには存在しません(姉のイシズに似たアイシスは存在するのに)。

特に謎なのは、マリクが「千年ロッド」に選ばれたことです。これは本来セトの持ち物ですから、海馬瀬人が所有者として選ばれるべきであり、古代エジプトに影も形もないマリクが選ばれるのはおかしいのですが、彼はなぜか「千年ロッド」の所有者として機能をフル活用しています。さらに、古代エジプトと全く関係のない闇人格のマリクが「千年ロッド」の真の啓示を受けるという謎の現象まで起きています。

アテム(プレイヤー)とバクラ(プレイヤー)の会話の真意は何か

物語の本筋とは関係ありませんが、遊闘322「幻のNPC!!」で、アテム(プレイヤー)とバクラ(プレイヤー)がある会話をしています。この会話の真意について議論されることがあります(ちなみに、この会話はアニメではカットされました)。

大邪神ゾークが王(PC)と神官たち(NPC)に攻撃を仕掛けるとき、アテム(プレイヤー)がセト(NPC)を盾にしようとします。ここの会話を全文引用しましょう。

バクラ「ほう そのカードを盾にするつもりか… ゾークの攻撃の…
プレイヤーはこのゲームであぶりだされたシナリオをすべて把握している…
アクナディンとセトの関係も…」
アテム「ああ…」
バクラ「この状況…ゾークの攻撃は確実にセトの命も奪っちまう…ってコトか…」
アテム「闇の大神官にゾークの攻撃を止めさせろ! 父としてな…」
バクラ「仮に止めたら…そのカードをこちらに渡すか…?」
アテム「そいつは無理だな…セトは我が軍(オレ達)の仲間だ!」
バクラ「……
フ…
バカめ!! ゾーク・ネクロファデスを行動させているのはオレ自身…バクラ様だ!!」
アテム「…!(く…!)」
バクラ(ゾーク)「闇の大神官(アクナディン)よ!
契約によってお前は我が──分身に等しい!
くだらぬ親の情など奴ら共々葬り去ってくれるわ!」

アテム(プレイヤー)がセト(NPC)を盾にするという非道な真似をしていること、バクラ(プレイヤー)が「仮に止めたら」となぜか乗り気なこと、「そのカードをこちらに渡すか」とセトの裏切りを示唆していることなど、色々と深読みのできる会話です。

まず、アテム(プレイヤー)の行動から考えましょう。

深読みは後にして、単純に考えてみます。このままゾークが攻撃すれば、セトもろとも神官団が全滅するのは確実です(結果的にはハサンが来て助かりましたが、この会話の時点ではそんなことは分かりません)。一方、セトを盾にすれば、セトは死ぬかもしれませんが、神官団は生き残ります。それならば、全滅の可能性を待つよりも、盾にして生き残る可能性に賭けるほうが得ではないか。

アクナディン(プレイヤー)の正体は何かでも述べましたが、アクナディン(PC)は、一貫して息子セト(NPC)のために動いてきた人です。「プレイヤーはこのゲームであぶりだされたシナリオをすべて把握している」以上、アテム(プレイヤー)はそのことも知っています。そんなアクナディン(PC)が、目の前で息子を殺されようとしているのを見過ごせるはずがない。ならば、セトを盾にすれば、アクナディン(PC)は絶対にゾークを止めるに違いない。バクラ(プレイヤー)が「盾」という言葉を使っているので悪いイメージはありますが、アテムの行動は合理的です。

次に、セト(PC)の引き渡しを要求したバクラ(プレイヤー)の行動です。これも、まず単純に考えましょう。

バクラ(プレイヤー)はゾーク(PC)召喚のために砂時計の特殊能力で時を止めており、その効果が継続しています。時が止まっている間に攻撃するのが最善の一手であり、ゾーク(PC)の攻撃を止めるメリットは、バクラ(プレイヤー)には全くありません。ですから、アテム(プレイヤー)の要求など拒否すればよいのですが、バクラ(プレイヤー)は「仮に止めたら」と、止めても構わないという雰囲気です。なぜでしょうか?

バクラ(プレイヤー)の思惑はいくつかあると思われますが、第一に、対価を要求してアテム(プレイヤー)の真意を確かめたかった、というのがあるでしょう。バクラ(プレイヤー)にとってはデメリットしかない要求ですから、アテム(プレイヤー)が本気でいっているのかどうか分からない。対価を要求してみて、アテム(プレイヤー)の真意を探りたいという思惑があったでしょう。それでアテム(プレイヤー)が諦めるようなら、話は終わりです。

セト(PC)という手駒はバクラ(プレイヤー)にとっても魅力的だ、という理由もあります。三幻神やエクゾディアを操るアテム(PC)やシモン(PC)を除けば、神官団の中で最も強いのは精霊デュオスを持つセトです(しかもセトの場合、白き竜を持つキサラがついてきます)。デュオスと白き竜を味方につければ、仮に王と神官団をここで倒せなくても、アテム(プレイヤー)の戦力は大幅に減少するので、バクラ(プレイヤー)の勝利により近づきます。

もっといえば、アテム(プレイヤー)の要求を呑んだふりをして、それを守らないという手もあります。所詮は口約束ですから、セトを奪っておいて、その後でゾーク(PC)で攻撃することもできます。約束を破ったところで、圧倒的な力を持つゾーク(PC)に対抗することはできないのですから、バクラ(プレイヤー)にとっては有利な交渉です。

ここまで、アテム(プレイヤー)とバクラ(プレイヤー)の行動を合理的に分析してきました。ここから、もう少し深読みしてみましょう。

アテム(プレイヤー)の発言が突拍子もなく見えるのは、アクナディン(PC)にゾーク(PC)を止めさせようとしているからです。よく考えると、格下のアクナディン(PC)にゾーク(PC)の攻撃を止めさせるなんて変な話ではないでしょうか。ゾーク(PC)が止めるはずがないのですが、それをしろと要求した上に、止めるのが当然だというアテム(プレイヤー)の口ぶりです。

アテム(プレイヤー)の妙な自信は、「バクラ(プレイヤー)はアクナディン(プレイヤー)の意向を無視できないはずだ」と思っているところにあるのではないでしょうか。遊闘305「闇の支配者!!」でバクラ(PC)がアクナディン(プレイヤー)を敬っていたことから、バクラ(プレイヤー)はアクナディン(プレイヤー)には逆らわない、彼を利用すればバクラ(プレイヤー)もいうことを聞くだろうと思っていたのではないか。

あと、ここにはアテム(プレイヤー)の個人的感情もあると思われます。「父としてな…」という言葉から分かるように、アテム(プレイヤー)は「父は息子を守るのが当然だ」といっているのですが、これはアクナムカノン王のことを念頭に置いています。かつて自分を守ってくれた父親を見ているため、父の弟でありセトの父でもあるアクナディンも同じ行動をとるはずだと信じていたのでしょう。

バクラ(プレイヤー)の発言ですが、正直あまり深読みの余地がないように思います。アクナディン(プレイヤー)はともかく、バクラ(プレイヤー)にセトへの思い入れはないでしょうし、特に父への思いがあるわけでもなさそうなので、上に書いた合理的な判断をしているだけでしょう。

なお、この会話を元に、「史実」でアテムとセトに何かあったのではないかと深読みする人もいますが、この会話からそう読み取るのは難しいと思います。というのも、この会話は「プレイヤー」でないと成立しないからです。

セトを盾にするというアテム(プレイヤー)の行動ですが、これはセト(NPC)がアクナディン(PC)の息子であることを知っているからこそできることです。そして、この事実を知っているのは「プレイヤー」だからであり、「史実」のアテムがこれを知っていたとは思えません。

この事実が明かされたのは「遊闘298 神殿夜襲!!」ですが、アクナディン(PC)がセト(NPC)を「息子」と呼んでいるのは心中の独白のみで、人前でそう呼んだことは一度もありません。息子のセト本人にすら、それを教えていません。

アクナディン(PC)とセト(PC)の親子関係を誰が知っていたのかは不明ですが、恐らく、アクナディン(PC)以外誰も知らないのではないでしょうか。アニメの第211話「新たなるステージ」では、アテム(PC)はそれを知りませんでしたし、アクナムカノン(NPC)とアクナディン(PC)の兄弟関係を知っていたシモン(PC)でさえ、親子関係までは知らないことになっていました。

これは「闇RPG」の話ですが、「史実」でも同じであったと思います。アクナディン以外は、誰も親子関係を知らないのです。

アテム(プレイヤー)が親子関係を知っているのは、「プレイヤー」には心中の独白まで筒抜けだからでしょう。しかし、「史実」のアテムには心中までは読めませんから、親子関係を知ることはできません。ですから、それを利用することはできません。

今回は「王の記憶編」の「闇RPG」について書きました。次回は、アニメ版の「王の記憶編」について書きます。

補足: 「闇RPG」の構想はいつからあったのか

「王の記憶編」は「史実」ではないことは、遊闘305「闇の支配者!!」や遊闘306「戻された時間!!」あたりから示唆されてはいました。そして、これが「闇RPG」であることが判明したのは、遊闘319「記憶世界の駒!!」と遊闘320「究極!!闇・R・P・G!!」です。

しかし、これは(いい方が悪いですが)後付けで、最初は「史実」を描く予定であったと思われます。なぜなら、遊闘284「邪悪なる影」では、「記憶はすべて三千年前に起きた事実」であり、「王は自分の過酷な運命をもう一度体験することになる」とボバサがいっているからです。

遊闘283「選ばれし6神官」でアテムが「記憶の世界」に旅立ったとき、バクラが「奴が消えただと!!」と動揺しているのもその証拠です。最初から「闇RPG」を仕掛ける予定であったなら、「記憶の世界」とはRPGの世界なのですから、それを仕掛けたバクラ本人が驚く理由がないからです。

私が邪推するに、最初は「史実」を描く予定であったのが、いくつかの問題点が発生することに高橋和希氏が気づき、途中で方向転換したのでしょう。その「問題点」とは、以下の通りです。

問題が何も解決しない
「史実」では、アテムは自らの魂とアクナディンの魂を千年錐に封印したことになっています。
「記憶の世界」=「史実」とすると、アテムが再び千年錐に魂を封印し、アクナディンもそこに封印されることになります。三千年前の繰り返しで、何も解決しないことになってしまいます。
「史実」通りに描くことはできない
「史実」のアテムは自分の名前を知っていたはずですが、現代のアテムはそれを知らないまま「記憶の世界」に旅立ちました。また、現代のアテムは、三千年前には知らなかった知識(M&Wなど)も持っています。そうなると、「史実」通りに進まない部分が出てきてしまうので、「史実」を描きたくても描けません。
武藤遊戯たちが干渉できない
武藤遊戯がパズルの迷路の中でいっていたように(遊闘290「王の名を探し!!」)、遊戯たちは古代エジプトの住人ではありませんから、記憶の世界には干渉できません。すると、彼らは「史実」をただ見ているだけの傍観者になってしまいます。こうなると、三千年前とは違い、アテムが結束の力によって勝利できたという場面が描けなくなります。『遊☆戯☆王』のテーマの一つに「仲間」や「絆」がある以上、仲間が見ているだけではまずいのです。

このように、「史実」を描くことの問題点が分かったため、途中から「史実」ではないことの伏線を張り始め、「闇RPG」という設定に変えたのではないでしょうか。

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