「声変わり」「変声期」について

ボイストレーニング論は1月27日の記事で完結したので、続きを書く予定はなかったのですが、声に関するおもしろい動画を見つけたので、それについて書きます。NHKが1963年に制作した「変声期」というドキュメンタリーです。

変声期は誰にでも訪れる現象ですが、特に男声では露骨に変化が生じます。このドキュメンタリーでは、古庄紋十郎と今野真一という二人の少年の変声の過程を取り上げています。

ただ、このドキュメンタリーにしてもそうですが、変声期は「声が出にくくなる」と片づけられがちで、なぜ出にくくなるのか、変声期でも出やすい人は何なのかがきちんと説明されていません。

声帯に関する正しい知識を持っていれば、変声期はさほど恐れる現象ではないと私は思いますが、そういう知識を持たない人が多いだけに、変声期がやみくもに恐ろしい、理解不能な現象として捉えられていると思われます。

ここでは、声帯の知識を元に、変声期について説明しましょう。

「声変わり」に関する説明

そもそも「声変わり」とは何でしょうか。

一言で述べると、「第二次性徴にあたって、身体とともに声帯が成長し、声帯の全長が大きくなること」です。弦楽器や管楽器は、その楽器の全長が大きいほど音程が低くなりますが、声帯にも同じことがいえます。幼少期は声帯が小さいため声が高いのですが、成長につれて声帯が大きくなるので、声が低くなりがちなのです。

男声は「声変わり」が目立つのに女声は目立ちませんが、これは、女性の声帯は、第二次性徴後を経てもさほど大きくならないからです。もちろん例外はありまして、男性でも声帯の小さい人は声が高めですし、女性でも声帯が大きい人は声が低くなりがちです。

声帯が大きいか小さいかを判断するヒントは、喉仏を見ることです。喉仏、医学用語でいうと「喉頭」の中に声帯が存在しており、声帯が大きいほど、喉仏も大きくなりがちです。ですから、喉仏が出ているのが目立つ人は、声帯が大きいので声が低めではないかと推測できます。

女性の場合は声帯が小さい人が多いので、喉仏が目立たないことがありますが、喉仏が存在しないわけではありません。「女性なのに喉仏がある」と悩む人がいますが、声帯がある以上、喉仏があるのは当然のことです。

「変声期」に見る声変わり

予備知識の説明はこれぐらいにして、「変声期」のドキュメンタリーに戻りましょう。

注目したいのは、「2/6 古庄紋十郎の変声」と「3/6 今野真一の変声」です。まず、「2/6 古庄紋十郎の変声」のほうから見てゆきます。

古庄君の声は、最初は変声期前の少年の声なのですが、1:26「眠れ」や1:33「母の」、5:48「眠れ」の声が掠れているあたりから、変声期の徴候が見られます。6:16以降は変声期後の声になっており、6:19「眠れ」、6:23「母の」などが掠れています。

こうした声の掠れは、5:59でナレーションがいうように、「高い声が思うように出」ないからなのでしょうか?

確かに、高い声が出にくいということはありえます。変声期を経ると、幼年期は「地声」で出せていた音程が「裏声」でしか出せなくなる、といったことがあります。「ミドルボイス(地声)」や「ヘッドボイス(地声)」を使いこなせれば、高音でも「地声」で歌えるのですが、声帯が成長途上で不安定な思春期に「ミドルボイス(地声)」や「ヘッドボイス(地声)」を出すのは難しいかもしれません(不可能ではありませんが)。

しかし、私が見る限り、古庄君の声の掠れは、高い声が出ないことが原因ではないと思われます。古庄君は、高い声のほうがむしろ綺麗に出ているからです。1:26や1:30の「ねむ」が掠れているのに、それより高い音程の1:28・1:31「れ」が綺麗に出ているのですが、高い声が出にくいなら、高い音程の「れ」も掠れないとおかしいのです。つまり、古庄君の声の掠れは、むしろ低音域で起きている。

低音域の掠れは、6:19以降に露骨に現れます。6:19「眠れ」の「ねむ」、6:23「母の」など、声が低くなるほど声の掠れが起こっています。

この掠れの原因は、「裏声」で低音を出そうとしていることに由来します。「裏声」を出すためには、一定の声帯の伸展が必要なのですが、低音になると伸展がほとんど起こらないので、「裏声」を出すのは難しくなります。6:22「母の」を「裏声」を出そうとしているのに、「地声」になってしまっていますが、これは変声期の現象というより、「裏声」につきまとう必然的な現象です(「地声」「裏声」については、1月14日の記事1月26日の記事を参照)。

次に「3/6 今野真一の変声」を見てみます。今野君の場合、古庄君に比べて早々に「声変わり」を経たようで、1:06からその兆候が見られ、1:47では完全に「声変わり」をしています。

古庄君に比べて今野君の声に掠れが見られないのは、楽曲のキーを下げて、自分にとって歌いやすい音程で歌っているからだと思われます。古庄君が6:19以降であくまで高い音程で「裏声」で歌おうとしていたのに対して、今野君は1:06・1:47いずれもキーを下げているので、「地声」で問題なく歌えるのです。

誤解のないように補足しますが、古庄君のように「裏声」を貫くべきだとか、今野君のようにキーを下げるべきだとかいいたいわけではない。また、早めに「ミドルボイス(地声)」を身につけるべきだともいいません。歌い方のスタイルは人それぞれですし、楽曲によって求められる声は異なりますから、一概に「地声」はこう、「裏声」はこうだとはいえません。

ただ、変声期を迎えたときに、なぜ自分の声が掠れるのか、なぜ声が出にくいのかを正確に判断することは重要だと思います。例えば、古庄君の声が掠れているのは、(前述のように)「裏声」で低音域を歌おうとしているからで、それは古庄君に限らず、誰がやっても掠れがちなのです。それを、自分の努力不足だとか変声期のせいだとか誤解してしまうと、意味のない練習に時間を費やすことになりますし、自分の声や才能を呪うことになりかねません。それはとても不幸なことです。

古庄君や今野君は男声ですが、女声についても同じことがいえます。女声の場合は露骨な「声変わり」が少ないのですが、皆無なわけではない。事実、自分の声が低いことに悩む女性は少なくないようですから、変声期に悩む女性もいるのでしょう。

私は女性ではないので的確なアドバイスはできませんが、女なのに「声変わり」が起きたと悩まないこと、喉仏が出てきたと悩まないことです。女性で低音を美しく出せる人は少ないのですから、むしろ喜ぶぐらいでちょうどよいかもしれません(無責任ないい方ですが)。1月18日の記事で少し紹介しましたが、美空ひばり・山口百恵・中森明菜・岩崎宏美・カレン(カーペンターズ)など、低音を美しく出せる女性は貴重です。

悩まない上で、自分の発声を正確に判断することです。女声の場合は「地声」「裏声」の区別がつきにくいのですが、息漏れや声色などから区別することはできます。その上で、自分の声の出し方について考えましょう。女性だからといって、無理に「裏声」で高音を出して声帯を痛めては元も子もありません。

能楽の大成者・世阿弥に『風姿花伝』という著作があるのですが、「声変わり」についての素晴らしい叙述があります。原文と、『現代語訳 風姿花伝』にある現代語訳とを引用しておきましょう。

このころの稽古には、指をさして人に笑わるるとも、それをばかへりみず、内にて、声の届かんずる調子にて、宵 暁の声を使ひ、心中には願力を起こして、一期のさかひここなりと、生涯にかけて、能を捨てぬよりほかは、稽古 あるべからず。

この時期の稽古法。たとえ人に指さされ笑われようと相手にせず、普段の稽古では喉に無理のない調子で、朝夕発声練習を心がける。心中には願をかけ、一生の分かれ目は今ここだと死ぬまで能を捨てない覚悟をかためるほかはない。ここでやめてしまえば、能はそのまま止まってしまう。

また、変声期前の声は「時分の花」であって、「真の花」ではないとも述べています。世阿弥の文章は能について述べたものですが、能に限らず、声に関わるすべての人が傾聴すべきものです。

「声変わり」をどう受け入れるか

私は男性ですが、幸か不幸か、自分の「声変わり」をそれほど深刻には受け止めませんでした。

しかし、古庄君や今野君のようにボーイソプラノをやっている人、あるいは、自分の性別に違和感のある人(性同一性障害、MtFの人など)は、「声変わり」をどうしても受け入れられないかもしれません。そうした人たちに対して、私は的確なアドバイスをできませんが、気休めのようなことを書いておきましょう。

まず、「声変わり」を防ぐことはできないことを認める必要があります。去勢したカストラートでもない限り、「声変わり」はあらゆる人間に訪れる生理的現象だからです。去勢をしてでも「声変わり」を防ぎたいと思う人はいらっしゃるかもしれませんが、去勢は人道的な見地から認められないのではないかと思われます。

「声変わり」を認めたところで、その後の振舞い方は二つあると思います。

  1. 変声後の自分の声を受け入れること
  2. 変声後の自分の声を避け、発声を工夫すること

1番は、多くの人がとる立場でしょう。MtFやクロスドレッサー(異性装)の人たちで、生物学的には男で、格好や性自認は女なのだが、声は男声のままという人がいますが(例えば美輪明宏)、それなどはこのタイプです。

2番は、「女声」とかメラニー法に代表されるものです。男性であっても男声を受け入れられず、女性らしい声を目指して発声法を工夫したりするものです。あるいは、女性であっても男声を目指すというのもあるでしょうね(低音は声帯の全長に依存するので、これはかなり難しいと思いますが)。

1番・2番どちらが良い悪いというものではなく、おのおのが選べばよいのですが、私見を述べますと、1番のほうがよいのではないかと考えています。

まず、男声と女声とでは声色や倍音・フォルマントが明確に異なりますから、いくら声真似をしても、完全に近づきはしません。「女声」とか「メラニー法」「両声類」というのは、「裏声」を出して倍音を減らしたり、共鳴腔を狭めて声色を変化させる手法ですが、これらを経てもなお、完全に近づくことはありえません。男性で完全な「女声」になりたい、女性で「男声」になりたいというなら、声帯を交換でもするしかないでしょう。

また、2番の方法をとると、色々と制約が発生します。例えば、「メラニー法」で「女声」を身につけた男性がいるとして、その人が常に「女声」を出したい、自分の「男声」は聞きたくないとします。すると、喋るときは常に「女声」(実際には「裏声」)を余儀なくされますから、非常にしんどい生活を送ることになります(常に「裏声」で歌うカウンターテナーですら、ふだんの喋り声は「地声」です)。もし歌を歌うとなると、「地声」を使うことができないので、カウンターテナーでもない限りは表現の幅が狭まってしまいます。

つまり、発声を工夫するにしても限界がありますし、生活面でも歌唱面でも支障が出るので、2番はやめたほうがよいというのが私見です。もちろん、それでもよいという人は構いませんが。

あくまで私の提案にすぎませんが、無理に声色を変えるよりも、口調や語尾・振る舞いなどから、男性らしさ・女性らしさを構築するほうを目指したほうがよろしいかと思います。これなら声に制限をかけませんし、やり方によっては、本物の男性・女性よりもそれらしく見えることがあります。

追記: 「男性らしさ」「女性らしさ」と書きましたが、これは便宜上のものです。「男」「女」だけが性別ではないこと、「n個の性」と呼ばれるほど性が多様であることは十分に承知しております。ただ、世の中のほとんどの人は「男」「女」という二つの性区分を受け入れていらっしゃるでしょうから、「男性らしさ」「女性らしさ」と書いただけのことです。

例えば、前述の美輪明宏などは、生物学的には男性で、格好こそ女性ですが、声は完全に男性のままです。彼は声が高いタイプではなく、むしろ低いのですが、メラニー法で女性らしい声を出しているわけでもなく、口調や振る舞いだけで女性らしさを表現しています。ゲイやクロスドレッサーの人たちを見ても、声色は男性のままで、振る舞いを工夫している人が多いようですね。

追記: この文章では、手術や性ホルモンの投与で声を変えることについて言及していませんが、私はそれを否定しているわけではありません。どうしても自分の声が受け入れられない方は、そうされるのもよろしいかと思います(佐藤かよなどは、若い頃から女性ホルモン注射をしていたそうですね)。

ただ、多くの方はそこまでに至らず、手術をせずに、発声や声色で声を変えようとしている方が多いのではないでしょうか。私は、苦しい声の出し方をしてまで声を変えるくらいなら、いっそ変えるのを諦めるか、手術するまで徹底してはどうかと提案しているのです。

補足: 「声変わり」が起きない人

ときどき、「声変わり」を経験していないという人がいます。実は無自覚なだけで、変声しているのですが、本人にその自覚がない場合です。

こういう人たちは、声変わりしても声が高めな人が多いように思います。古庄君の「裏声」低音のように、低い声を出すと声が掠れることが多いのですが、元々声が高めなので、低音を出すことがほとんどなく(あるいは出せず)、声の掠れをあまり経験しないのでしょう。あと、関係があるかどうか分かりませんが、こういうタイプの人たちは、「天然ミドル」の可能性があります。

私が知る限り、本当に「声変わり」をしていないと思われるのは、白木みのるだけです。この人は男性ですが、ほとんど変声していないようです。なぜかは分かりませんが、性ホルモンによるものでしょうか。

なお、第二次性徴を迎える前に去勢され、変声期を経ることなく成人した「カストラート」という歌手たちがかつて存在しました。その「カストラート」の音源で唯一残っているのが、アレッサンドロ・モレスキという歌手の「アヴェ・マリア」です。

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