ボイストレーニングにありがちな誤り・誤解・疑問──ボイストレーニング論その十四

ボイストレーニング論第十四回です。今回は、巷のボイストレーニング理論に蔓延する誤り・誤解・疑問を取り上げてゆきます。これまでの記事でも誤りや誤解を指摘してきましたが、それらも含めて考察します。

※ボイストレーニング論は全十五回です。「裏声を練習すればミドルボイスが身につく?」「ミドルボイスって地声? 裏声?」「ミドルボイスの音源が聞きたい」そんな方はぜひお読みください(全記事一覧は、カテゴリ「ボイストレーニング」か、記事「ボイストレーニング論」参照)。

※当ボイストレーニング論では「地声」「裏声」×「チェストボイス」「ミドルボイス」「ヘッドボイス」の2×3=6「声区」論を提唱しており、それを前提に論を展開しています。詳しくは第三回第四回第五回をご覧ください。

目次

「地声」「裏声」について

できません

第三回第五回で指摘したことですが、「地声」と「裏声」には

  • 「地声」……「声唇」と「声帯靭帯」の両方が振動している
  • 「裏声」……「声唇」は振動せず、「声帯靭帯」だけが振動している

という違いが存在します。この違いは、どんな歌手の声であっても健在です。

いわゆる「混ぜ声」というのは、「裏声」に声帯閉鎖や共鳴を加えて、倍音やノイズを増やして、「裏声」っぽさをなくしているだけのものがほとんどです。つまり、それは「裏声」であって、「地声」ではないのです。

「声区」の融合の定義によりますが、基本的には実現しません

第五回で説明しましたが、「声区融合」「チェンジ」「パッサーレ」といった言葉は、以下の二つの意味で使われます。

  1. 声帯の振動形態を維持した状態で、違和感なく「声区」を移動できること
  2. 声帯が振動形態の異なる状態へと、違和感なく「声区」を移動できること

この「振動形態」というのは、「声唇」と「声帯靭帯」の両方が振動しているのか、「声帯靭帯」のみが振動しているのか、という意味です。

「チェストボイス(地声)」と「ミドルボイス(地声)」の融合などといわれるのは、1番の場合です。「ミドルボイス(地声)」と「ヘッドボイス(裏声)」の融合、「地声」と「裏声」の切り替えは、2番の場合です。

ですから、「地声」と「裏声」の切り替えを練習すれば、2番の意味での「声区」融合は実現します。ただし、1番の意味での「声区」融合が実現することはありえません。

「地声成分」は倍音成分、「裏声成分」は基本波成分という意味で使っているものと思われます。「ミドルボイス」や「ヘッドボイス」の倍音の多さに着目して、「地声」っぽく聞こえるか「裏声」っぽく聞こえるかを判断するものです。

注意しなくてはなりませんが、人間の声は、「地声」:「裏声」=1:2のようにはならず、「地声」か「裏声」の二択しか存在しません。つまり「地声」:「裏声」=1:0か、「地声」:「裏声」=0:1です。ですから、「地声成分」「裏声成分」という言葉には語弊があります。

第四回で説明した通り、人間の声は、声帯の伸展・削減が進行するほど、基本波成分が多くなり、倍音成分が少なくなってゆきます。「チェストボイス」より「ミドルボイス」、「ミドルボイス」より「ヘッドボイス」のほうが倍音成分が少ないのです。

一方、「地声」よりも「裏声」のほうが、倍音成分が少なく、基本波成分が多くなります。ですから、「地声成分」=倍音成分、「裏声成分」=基本波成分という意味で使われます。「裏声成分」が多いからといって「裏声」とは限らず、「地声成分」が多いからといって「地声」とも限らないので、注意が必要です。

なぜ歌手によってこうした違いが生じるのかは、詳しくは不明です。

私の推測では、声帯を伸展・削減する際の声帯の厚みが関係していると思われます。「ミドルボイス」発声時に「チェストボイス」発声時のような厚い声帯を維持している人は、「チェストボイス」寄りの「ミドルボイス」を出すことができますが、声帯が厚い分、高音に限界があります。「ミドルボイス」(あるいは「チェストボイス」の高音)の時点で声帯を薄く伸ばしている人は、声帯が薄い分高音は伸びやすくなりますが、「チェストボイス」のような倍音は失われ、基本波の強い「ヘッドボイス」的な声になります。

「地声成分」が多いミドルボイス(地声)のことを「チェストボイス(地声)」寄りの「ミドルボイス(地声)」、「裏声成分」が多いミドルボイス(地声)のことを「ヘッドボイス(地声)」寄りの「ミドルボイス(地声)」と呼ぶこともあります。

「チェストボイス(地声)」に近い「ミドルボイス(地声)」・「ヘッドボイス(地声)」に近い「ミドルボイス(地声)」について詳しく知りたい方は、第七回第十四回をお読みください。

どちらも定義の曖昧な言葉ですが、簡単にいえば、「ミドルボイス(地声)」を身につけるための手法のことです。

「ミドルボイス(地声)」を発生するにあたって、「裏声」を練習することが推奨されます。これは輪状甲状筋を鍛えるためです。

「裏声」を鍛えるところまではどのボイストレーニング理論も共通すると思われますが、これ以降の練習方法が理論によって異なります。

「地声アプローチ」とは、輪状甲状筋を鍛えた後、声帯の閉鎖や緊張に頼ることなく、声帯伸展によって「チェストボイス(地声)」高音を発声することによって、「ミドルボイス(地声)」を身につけるという練習方法です。このブログで提唱している練習方法もこれに該当します(詳しくは第十五回参照)。

「裏声アプローチ」とは、「ミドルボイス(裏声)」を鍛えた後、「ミドルボイス(裏声)」低音を発声し、「チェストボイス(地声)」と「ミドルボイス(裏声)」の「換声点」を円滑に移行できるように練習するというものです。古くはリード『ベル・カント唱法』が提唱し、現在でも多くのボイストレーニング教本・動画が採用している方法です(詳しくは第十一回第十二回第十三回)。

「地声アプローチ」「裏声アプローチ」どちらで練習するかによって、「ミドルボイス」が「地声」寄りか「裏声」寄りかが変わってくるという説がありますが、これは誤りです。「地声アプローチ」によって身につくのは「ミドルボイス(地声)」であり、「裏声アプローチ」によって身につくのは「ミドルボイス(裏声)」だからです。「裏声」寄りの「ミドルボイス」というと、あたかも「地声」ではあるが「裏声成分」の多い「ミドルボイス」というイメージがありますが、そうではなく、単に「裏声」なだけです。

まず、歌においては「地声」>「裏声」のような優劣関係は存在しないことを強調しておきます。

「声区」の融合が実現したとしても「裏声」を出せなくなるわけではありませんし、出せなくする必要もありません。歌謡曲やHR/HMでも「裏声」を巧みに使いこなす歌手はいますし、オペラのカウンターテナーや女声、ヨーデル音楽などは「裏声」が必須です。

しかし、ボイストレーニング理論では、輪状甲状筋を鍛えるために「裏声」が重視される一方で、「裏声」が弱々しい声として忌避されることがあります。これは、ボイストレーニングにおいて理想とされる(ことが多い)声が、「ベル・カント唱法」(特にバリトンやテノールなどの男声)やHR/HMに代表される力強い「地声」だからです。

ですから、ボイストレーニングをされている方は、自分がどのような声を欲しているか考えてみてください。「ベル・カント唱法」・HR/HM・民俗音楽では、いずれも理想とされる声は違ってきますし、ジャンルによっては(世間の多くのボイストレーニングで理想とされる)力強い「地声」など必要ないかもしれません。

「チェストボイス」「ミドルボイス」「ヘッドボイス」について

1. 「ミドルボイス」「ヘッドボイス」は「地声」なのか「裏声」なのか

「地声」と「裏声」の二種類が存在するので、一概にはいえません。

第四回で説明しましたが、「チェストボイス」「ミドルボイス」「ヘッドボイス」は、声帯の伸展や削減に着目して、「声区」を分類したものです。ですから、「地声」か「裏声」かは全く関係がありません。

「ミドルボイス」「ヘッドボイス」が「地声」か「裏声」か意見が分かれるのは、「声唇」と「声帯靭帯」の両方が振動しているという意味では「地声」であり、声帯の伸展や削減が起こるという意味では「裏声」に近いからです(第四回参照)。この物理的な性質を踏まえずに「このヘッドボイスは力強いから地声」とか「この高音域は地声では出せないので裏声」などと議論しても全くのむだです。

例えば、「ヘッドボイス」を出すためには、高度な声帯伸展・削減を行う必要があります。そのとき、「声唇」と「声帯靭帯」の両方が振動していれば「ヘッドボイス(地声)」ですし、「声帯靭帯」のみが振動しているなら「ヘッドボイス(裏声)」となります。つまり、「チェストボイス」「ミドルボイス」「ヘッドボイス」に、それぞれ「地声」「裏声」の二種類が存在するわけですから、計六種類の「声区」が存在するといえます。詳しくは、第五回をお読みください。

2. 「ミドルボイス」「ヘッドボイス」は区別できるのか

区別できる歌手と、できない歌手が存在します。

なぜ「地声」と「裏声」が明確に区別できるかというと、息漏れの量や倍音成分が明らかに異なるからです。また、「チェストボイス(地声)」と「ミドルボイス(地声)」を区別できるのは、「チェストボイス(地声)」は倍音が多いため、倍音が少なくなった「ミドルボイス(地声)」と区別しやすいからです。

一方、「ミドルボイス(地声)」と「ヘッドボイス(地声)」の場合、区別しにくいことがあります。「ミドルボイス(地声)」と「ヘッドボイス(地声)」の「換声点」は、男声だとB4(hiB)付近、女声だとD5(hiD)付近だと思われますが、このあたりの声は、人によっては「ミドルボイス(地声)」の倍音が少なく、「ヘッドボイス(地声)」に移行しても倍音が少なめなので、「声区」移動してもほとんど気がつかないことがあります。特に、元々倍音の少ない女声は猶更です。

ただ、人によっては区別することが可能です。特に、倍音成分の多い「ミドルボイス(地声)」を出す人は、倍音の少ない「ヘッドボイス(地声)」に移行したときに、その違いが明確に分かることがあります。

ハイトーンを持ち味とするHR/HMの場合、高音を活かすために、倍音成分の少ない「ミドルボイス(地声)」を出す人が多いので、「ヘッドボイス(地声)」とほとんど区別がつかないことが多いでしょう。もちろん、例外も存在しますので、一概にはいえませんが。

なお、「ヘッドボイス(地声)」を出すことができず、「ミドルボイス(地声)」から「ヘッドボイス(裏声)」に移動した場合などは、その違いが明確に分かります。

3. 「ミドルボイス」よりも「ヘッドボイス」のほうが発声しやすいのか

「ヘッドボイス」の定義によりますが、「ヘッドボイス」=「裏声」と定義するなら、発声しやすいということはありえます。

こういうことをおっしゃる方は、「ミドルボイス」=「地声」、「ヘッドボイス」=「裏声」という意味でいっていることがほとんどです。「ヘッドボイス」を身につけて、輪状甲状筋を鍛えた上で、「ミドルボイス」を身につけようというわけです。

しかし、ここでいう「ヘッドボイス(裏声)」というのは、割と低めの音程の声だと考えられます。つまり、声帯伸展も削減もさほど起こっていない「裏声」です。

「ヘッドボイス」は高音になるほど、「ミドルボイス」よりも高度な声帯伸展や削減を要求しますから、「ヘッドボイス」が「地声」であれ「裏声」であれ、「ミドルボイス」よりも必要な筋肉の力や柔軟性は増えます。ですから、声帯伸展や削減を起こしている「ヘッドボイス」であれば、「ミドルボイス」よりも難易度は高くなります。

ですから、声帯伸展や削減の起きない音程で「裏声」を発声するという意味なら、「ヘッドボイス」を出すことは簡単だといえます。

4. 「天然ミドル」「天然ヘッド」とは何か

特別な練習を経ずに、「ミドルボイス(地声)」「ヘッドボイス(地声)」を発声することができる状態です。

ボイストレーニングをしていないほとんどの人は、声帯の伸展は起きても削減までは起きないので、最初は「チェストボイス(地声)」か「ミドルボイス(裏声)」でしか発声することができません。練習をして「ミドルボイス(地声)」「ヘッドボイス(地声)」を身につけることになります。

ところが、特に練習をしていないにも関わらず、「ミドルボイス(地声)」「ヘッドボイス(地声)」を発声することのできる人がいます。これを「天然ミドル」「天然ヘッド」と呼ぶことがあります。

どのような人が「天然ミドル」になるのかは不明ですが、声質の軽めの人は、「天然ミドル」になりやすいと思われます。あと、声変わりを経験した覚えがないとか、声変わりしても声の高さがあまり変わらなかったという人は、「天然ミドル」の可能性があります。歌手だと、田中昌之・小野正利・小田和正などは、「天然ミドル」と思われます。

ただし、ソプラニスタの岡本知高のように、声質は軽めですが、あくまで「裏声」で、「ミドルボイス(地声)」を発声しているわけではない人もいるので、一概にはいえません。

声質が軽めの人は、重めの人に比べ、薄い声帯を持っていると考えられるので、声帯の伸展がしやすいというのはあります。しかし、声帯の伸展がしやすくても、削減が起きなければ「ミドルボイス(裏声)」に移行してしまうので、「天然ミドル」にはなりません。

5. 「ミドルボイス」「ヘッドボイス」の「太い」「細い」とは何か

「太い」「細い」の定義によって、意味が変わってきます。

「ミドルボイス」「ヘッドボイス」を「太い」というとき、二つの意味があります(「細い」はこの逆)。

  1. 大きい声量・高い共鳴によって、力強い「ミドルボイス」「ヘッドボイスとなっている
  2. 「ミドルボイス」「ヘッドボイス」の「地声成分」が多い

1番は、判断する人の主観による部分が大きいものです。ある人は、ある歌手の声を「太い」と感じても、別の人は「細い」と感じることもあるからです。

2番は、「チェストボイス(地声)」に近い「ミドルボイス(地声)」や「ヘッドボイス(地声)」のことです。グラハム・ボネット・遠藤正明・Novなどがそれに該当します。

張り上げや力みがあると「ミドルボイス」「ヘッドボイス」を出せないのか

張り上げや力みがあろうがなかろうが、「ミドルボイス」や「ヘッドボイス」を出すことは可能です。

ボイストレーニングでは脱力を意識するよう教えられることが多いため、「ミドルボイス」や「ヘッドボイス」は張り上げや力みがあっては出せないと思われている方が多いようです。しかし、プロの歌手で張り上げや力みを入れて歌っている方などいくらでもいらっしゃいます。

「ミドルボイス」や「ヘッドボイス」の発声にあたって脱力が意識されるのは、「チェストボイス」を張り上げて歌ったり、むだな力を入れて「ミドルボイス」を身につけることを忌避するためのものです。最初に力んだ「ミドルボイス」や「ヘッドボイス」を身につけるとそればかり出すようになってしまうので、まず脱力した「ミドルボイス」や「ヘッドボイス」を身につけた上で、張り上げや力みを加えた「ミドルボイス」や「ヘッドボイス」を身につけることが推奨されるのです。

最初に脱力した「ミドルボイス」や「ヘッドボイス」を身につけることは重要ではありますが、張り上げや力みがあると物理的に「ミドルボイス」や「ヘッドボイス」が出せないわけではありません。

声帯について

1. 声帯閉鎖とは何か

声帯振動の過程で、声帯が完全に閉じてしまう期間が存在することです。

補足しますが、「声帯閉鎖」という用語には語弊があり、声帯が完全に閉じてしまうわけではありません。完全に閉じてしまった場合、息が通過できませんので、声を出すことができないからです。

また、声帯閉鎖は「地声」では起こっているが、「裏声」では起こらないという理解も誤りです。第三回の声帯の動画をご覧いただきたいのですが、「裏声」であっても声帯が閉じる期間が存在します。

ただし、「地声」は「声唇」と「声帯靭帯」の両方が振動するのに対し、「裏声」は「声帯靭帯」のみが振動するという違いがあります。この違いから、「地声」では閉鎖期が長めになり、「裏声」では短めになるという違いはあります。

一般に「声帯閉鎖」といわれる場合、声帯の襞がきちんと閉じる期間がある(つまり閉鎖期が存在する)ように発声を心がけよ、という意味でいっていると思われます。

上記の動画の3:11をご覧ください。エアロスミスのボーカルであるスティーブン・タイラーの声ですが、息の抜けたスカスカな声になっています。そして、動画の声帯映像に着目すると、声帯の後方(動画に向かって上)で、襞がきちんと接触していない箇所があることがお分かりいただけるかと思います。

このように、声帯の病気を患ったりすると、声帯の襞がきちんと接触しないため、声帯閉鎖が適切に起こらないことがあります。すると、閉鎖していない箇所からは息が漏れるだけになりますので、息の抜けたスカスカな声になるのです。「声帯閉鎖」を強化せよといわれるのは、こういうスカスカな声をなくせという意味なのです。

2. 声帯伸展とは何か

輪状甲状筋を働かせることにより、声帯を伸ばし、振動数を上げることです。

第四回で述べた通り、声帯の振動数を上げるには、

  1. 声帯の張力を変化させる
  2. 声帯の振動部分の長さを変化させる
  3. 声帯の振動部分の厚さを変化させる

の三種類があります。

輪状甲状筋を働かせ、声帯を伸ばすことによって1番と3番(場合によっては2番)が実現され、声帯の振動数が上がり、高音を出すことが可能になるのです。

3. 声帯削減とは何か

  1. 声帯の張力を変化させる
  2. 声帯の振動部分の長さを変化させる
  3. 声帯の振動部分の厚さを変化させる

のうち、2番を「声帯削減」と呼びます。

前述の通り、声帯を伸展させてゆくと1番と3番が起きるのですが、声帯を伸展させ続けてゆくと、声帯前方の襞が接触し、振動停止することがあります(詳しくは第四回の図と説明を参照)。すると、振動停止によって、声帯の振動部位の長さが短くなりますので、声帯の振動数が上がるわけです。

なお、声帯削減を批判する声もありますが、その意見の多くは、声帯削減が閉鎖筋によって実現されるという誤解に基づいています。声帯削減は閉鎖筋ではなく、輪状甲状筋の働きによる声帯伸展によって起こるものです。

呼吸について

1. 「ミドルボイス」発声に腹式呼吸は必要なのか

基本的には「チェストボイス(地声)」発声時と変わりませんが、腹式呼吸をすると歌いやすくなることは確かです

「ミドルボイス(地声)」はあくまで声帯の伸展・削減によって発声されるものですから、呼吸の仕方は関係ありません。腹式呼吸でも胸式呼吸でも、「チェストボイス(地声)」を出せる人は出せますし、出せない人は出せません。

そもそも腹式呼吸とは、吸気時に横隔膜が下がり、下がった分だけ肺の膨らむ容積が増えるので、たくさんの空気を吸うことができるという呼吸法です。確かに、多くの息を吸うことができますが、息を効率的に吐けるかどうかとは関係がありません。息をたくさん吸ったところで、一気に全部吐いてしまった場合、ロングトーンは続きません。

もちろん、適切な息の吐き方ができる人にとっては、効率的に息を吸える腹式呼吸は大きなメリットをもたらすでしょう。しかし、ほとんどの人は、適切な息の吐き方からしてできないのですから、「腹式呼吸ができれば○○ができる」というのは、そのほとんどが幻想だといえます。

舌について

1. 「ミドルボイス」発声時は舌の位置はどうなるのか

基本的には「チェストボイス(地声)」発声時と変わりませんが、声帯伸展に伴って力みが発生し、舌の位置が変わることはありえます。

「ミドルボイス(地声)」はあくまで声帯の伸展・削減によって発声されるものですから、舌の位置自体は関係ありません。

もちろん、舌の位置によって力みが発声して「ミドルボイス(地声)」が発声しづらかったり、声帯を伸展させてゆくごとに力みが起こり、高音になると舌が緊張してしまう、といったことはありえます。

しかし、舌のせいで「ミドルボイス(地声)」が出しにくいことはあっても、「チェストボイス(地声)」が出せないということはないと思われます。「ミドルボイス(地声)」が出せない人は、舌ではなく、声帯の伸展などに問題を抱えている可能性があります。

練習方法について

1. なぜ「ミドルボイス」の習得に「裏声」練習が必要なのか

輪状甲状筋を鍛えるためです。

第四回で説明した通り、「ミドルボイス」を出すためには声帯の伸展・削減が必要であり、そのためには声帯を伸展させる輪状甲状筋を鍛える必要があります。

この輪状甲状筋は、「チェストボイス(地声)」の高音を出すことでも鍛えることはできるのですが、「チェストボイス(地声)」高音を出すとき、多くの人は輪状甲状筋ではなく、声帯閉鎖や息の量を強めてしまうので、いわゆる「張り上げ」になることがほとんどです。これでは輪状甲状筋を鍛えることになりませんし、声帯を傷める原因にもなります。

そこで、「裏声」を鍛えることによって、輪状甲状筋を鍛えるというのが、「裏声」練習の趣旨です。

注意していただきたいのは、「裏声」はあくまで輪状甲状筋を鍛えるための準備運動であって、それが直接「ミドルボイス(地声)」に結びつくわけではない、ということです。「裏声」の段階では、声帯の伸展は起きていても、声帯の削減は起きていませんので、「ミドルボイス(地声)」にはならないからです。

2. 「裏声」に声帯閉鎖(またはエッジボイス)を加えると「ミドルボイス」になるのか

なりません。

エッジボイスとは、声帯の「閉鎖筋」を硬直させて振動を止め、「声帯靭帯」がぶつかるようにし、ぶつかる音を鳴らすテクニックです(第五回参照)。「声唇」の振動を止め、「声帯靭帯」だけを振動させることができるので、「裏声」が発声しやすい声帯になります。

一方、「ミドルボイス(地声)」とは、声帯の伸展と削減によって「地声」で高音を出す技術です。このとき、「声唇」と「声帯靭帯」の両方が振動しています。

エッジボイスを出しているとき「声唇」は振動しないのですから、エッジボイスをしたところで「ミドルボイス(地声)」が出せるようにはなりません。「裏声」に声帯閉鎖を加えたところで、強い「裏声」になるだけです。

こうした誤解は、「地声」は声帯閉鎖が強く、「裏声」は声帯閉鎖が弱いという誤解から来ています。声帯の閉鎖期間に差はありますが、声帯閉鎖の強さ自体は、「地声」も「裏声」もさして違いがありません。

3. 「裏声」で喉を開けば「ミドルボイス」になるのか

なりませんが、「ミドルボイス」「ヘッドボイス」の発声にあたって、結果的に喉を開くことになります。

「ミドルボイス」は声帯の伸展や削減によって起こるものですが、喉を開くことは、喉腔を広く維持するというものですので、直接関係はありません。「裏声」を発声しながら喉を開いても、倍音やノイズの多い「裏声」になるだけです。もし喉を開かない限り「ミドルボイス」を発声できないのであれば、ハイトーンを「喉声」で歌うHR/HMなどの歌唱法法は物理的に不可能ということになりますが、そんなことは当然ありません。

ただし、高度な声帯伸展・削減を実現するためには、喉を開くことは重要です。「ミドルボイス」高音や「ヘッドボイス」を発声できるほどの声帯伸展・削減を実現するためには、輪状甲状筋をはじめとする喉の筋肉の強い働きが必要です。筋肉を強く働かせると、喉腔が広がりますから、結果的に喉を開くことに繋がります。

ただ、声帯伸展・削減の結果として喉が開くのであって、喉を開いたから声帯伸展するわけではないことは覚えておいてください。

「ヴィブラート」について

1. 「ヴィブラート」は横隔膜でかけるのか

横隔膜では「ヴィブラート」をかけることはできません。

第八回で説明しましたが、横隔膜とは、呼吸(特に腹式呼吸)の際、吸気のときに下がり、呼気のときに上がるものです。一方、「ヴィブラート」とは、音程または音量を変化させ、歌声に変化をつけるものです。

歌を歌っている最中は呼気中ですので、横隔膜は上がる一方で、決して揺れたりはしません。もし横隔膜が揺れている場合、それは吸気・呼気を繰り返している場合であり、歌っている最中ではありません。

2. 「ヴィブラート」と「こぶし」は異なるのか

詳しくは分かりません。

「ヴィブラート」は一定の音程を保ちつつ、音程や音量を変化させるのに対し、「こぶし」は装飾音的につけるものなので音程の変化がある、という説がありますが、疑わしい説です。第八回で音源を挙げて説明しましたが、装飾音的ではなく、「ヴィブラート」のような形でつける「こぶし」も存在するからです。

「こぶし」は喉仏を揺らしてかける歌手が多い、ということはいえますが、そうでない歌手もいますので、一概にいうことができません。

ボイストレーニングの教本・動画・サイト・ブログについて

1. お薦めのボイストレーニングの教本・動画・サイト・ブログは何か

ありません。

詳しくは、

をお読みいただきたいのですが、ほとんどのボイストレーニング本・動画・サイト・ブログには、何らかの誤りや誤解が存在しています。もちろん、このブログ記事にも誤りがある恐れはあるので、あまり人のことをいえませんが、この記事で指摘したような誤りを含んだ本・動画・サイト・ブログが数多く存在しています。

また、YouTubeやニコニコ動画の動画には様々なコメントがつけられています。特に、HR/HMや高音域の楽曲にはボイストレーニング用語を使ったコメントがつけられていますが、そのほとんどが用語や理論の誤解、無根拠な断定に基づいており、全く参考にならないといって過言ではありません。

お薦めのものを強いて一つ挙げるとすれば、「烏は歌う」というブログです。全部の記事を読んではいませんが、このサイトは、比較的誤りが少ないと思われます。

2. ボイストレーニングで分からないことがあった場合、どのサイト・ブログ・掲示板で質問すればよいのか

ご期待に添えない回答となりますが、サイト・ブログ・掲示板に質問するのはやめたほうがよいでしょう。

前述の通り、ボイストレーニングは誤りが誤解が氾濫している分野です。そんな分野のサイト・ブログ・掲示板で質問を投稿したところで、正しい答えが返ってくる保証は全くありません。下手をすると、間違った回答に振り回されて、あなた自身が誤解を植えつけられる恐れもあるからです。

もちろん、本ブログの記事にも誤りが記載されている恐れはあります。ですから、「他のサイトを一切参考にせず、本ブログだけを参考にせよ」というつもりは全くありません。本ブログも含め、ボイストレーニングにまつわるすべての記事を批判的に読むことが大事です。

もしどうしても他の人の意見が聞きたい場合、以下の点に留意しましょう。

回答者のボイストレーニングに関する考え方を確認する
特に、回答者が「地声」「裏声」や「ミドルボイス」「ヘッドボイス」に対してどのような定義を与えているかは必ず確認してください。そして、その定義が正しいか否かも吟味してください。
あと、回答者の音楽の嗜好も確認するとよいでしょう。「オペラは不自由な歌」とか「メタルは高音を出しているだけ」といった偏見を持っている人もいますので、回答者のバイアスを知ることが大事です。
科学的な記述による回答を要求する
「太い声」とか「密度の高い声」とか「共鳴の強い声」いった感覚的な表現は、人によってどうとでも解釈ができてしまうので混乱の元です。「声帯」や「倍音」といった科学的用語に置き換えて説明してもらうようにしましょう。それができない場合、その回答者はきちんと理解していない可能性が高いです。
音源を要求する
回答者自身の音源でなくても構いませんが、回答を裏づける音源を必ず出してもらいましょう。もし音源が出せない場合、回答者が無知か、回答自体がデタラメです。

今回、様々な誤り・誤解・疑問を取り上げました。次回は、私の経験談も交えつつ、「ミドルボイス(地声)」や「声区」について、もう少し実践的な内容を書いてみます。

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ボイストレーニングにありがちな誤り・誤解・疑問──ボイストレーニング論その十四」への9件のフィードバック

  1. 再度質問失礼します。
    桜田ヒロキ氏のTwitterで
    @hiroki0059: 声帯はね。高い音のなるにつれて削減もジップアップもしません。
    これがここ4年くらいで認めた誤りかなー。
    これが起こっていようと教え方は変わらないけど、科学的に間違った事は教えたらあかんね。
    これを過去俺に教えられた方。
    ごめんなさい。m(_ _)m

    と仰っていました。
    桜田氏が声帯の削減が起きないソースを示していないのであれなんですが

    流星群さんは声帯の削減を唱えていますが、ソースは何処から持ってきたのでしょうか?

    • > connie1592connieさん
      コメントありがとうございます。

      詳しくは第四回で説明したのですが、私が声帯削減説を唱える理由は、以下のスティーブン・タイラーの動画です。
      5:20以降のタイラーの声帯を見ると、声帯前方(画面に向かって下)が接触しており、声帯の後方しか振動していないことが確認できるかと思います。

      桜田氏が声帯削減説を否定する根拠は分かりませんが、何となく想像がつきます。恐らく、「れみぼいす」と同じような根拠でしょう。
      http://remivoice.jp/column/archives/307

      声帯削減説を唱え始めたのは『ハリウッド・スタイル 実力派ヴォーカリスト養成術』ではないかと思いますが、この本の中で、声帯削減は「声帯の閉鎖」によって起こると述べられています。これが、声帯削減に関する誤解の始まりだと思います。

      「れみぼいす」は、声帯閉鎖によって声帯の振動する長さを変えられる(つまり削減ができる)ならば、輪状甲状筋による声帯の伸展など不要ではないか(わざわざ伸展させなくても、削減するだけで高音が出るのだから)と批判しています。
      声帯削減が閉鎖によって起こるならば、確かにその通りですが、そもそも声帯削減が閉鎖によって起こるという説自体が誤りなのだと思います。
      声帯削減は、声帯が伸展した結果、声帯前方が接触することによって起こる(よく声帯に譬えられるゴムも、伸ばすと接触しますね)のであって、閉鎖によって起こるのではないからです。

      • 早速の返信感謝です。
        実はコメントした後、記事読み返してたらタイラーの動画を例にしてると気がついて自己解決してしまったのですが、回答を見て背景が詳しく知れたので良かったです。
        よく読めばよかったですねお手数おかけしました。

  2. 昨日に引き続き質問させて下さい。

    Bon Joviという歌手ですがこの人の高音発声は流星群さんの6つの声区で言うところのミドル(地声)なのでしょうか?意見を聞かせて下さい。
    なぜこんな質問をしたかというとケン・タンプリンのフェイスブックで「アッパーミドルヴォイス=中域上音を鍛えないと、こういう事になってしまいます。」サビの部分を聴いてみてください。と書かれていたので気になったのです。

    • > connie1592connieさん
      コメントありがとうございます。

      まず初めに、私に疑問点を丸投げするのはやめたほうがよろしいですね。
      第十五回でも書いた通り、ボイストレーニングでは最終的に自分の耳と感覚が頼りになります。
      質問自体はよいことですが、自分で考えずに疑問点を全部聞いていると、自分で一切考えない癖が身につくようになります。これはボイストレーニングにおいて非常にまずいことです。
      実際、過去に私に質問してくださった方で、そういう方がいらっしゃいました。

      もしご自身で考えられたことがあるのでしたら、「私はミドル(地声)だと思いました。なぜなら」「考えても全く分かりません」と書いたほうがよろしいでしょう。

      質問に答えると、まずボン・ジョヴィの声は基本的に「ミドルボイス(地声)」だと思います。
      ボン・ジョヴィの声質は倍音が少な目(声質が軽い)、若干ハスキーですが、それを活かして中音域を聞かせる歌い方をしていますね。
      ただ、ボン・ジョヴィの歌にはD5(hiD)など高音域のものもありますが、高音域は「ヘッドボイス(地声)」というよりは「ミドルボイス(地声)」を張り上げて出している感がありますね。

      ケン・タンプリンのFacebook記事は以下のものですね。

      タンプリンの真意は分かりかねますが、
      「Here’s another great voice gone bad: Eric Martin」
      と書いていることからすると、
      「無理な発声をしたために、ボン・ジョヴィの声は素晴らしかったのに衰えてしまった。
      同じような例が、エリック・マーティンである」
      ということでしょうか。

      エリック・マーティンの歌も聞きましたが、この人も「ミドルボイス(地声)」主体で、高音域は張り上げる人ですね。

      歌謡曲メインの歌手は「ミドルボイス(地声)」主体になりやすいのですが(歌謡曲では中音域が多いので)、これだと高音域になったときに「ミドルボイス(地声)」を張り上げる癖がつくようになります。これを続けていると、声帯を傷めるのは確かです。
      「ヘッドボイス(地声)」に切り替えればよいのですが、(第六回でも述べたように)「ヘッドボイス(地声)」になると「ミドルボイス(地声)」との声質の差が出やすいので嫌がる人もいます。

      • やはりミドルエリアには入っていて、ミドル張り上げなんですね。
        ボンジョビのスタイル的にも音色が変わるのを嫌ってあえてヘッドに移らずミドル張り上げで歌ってるのかもしれませんね。

        忠告ありがとうございます。
        発声考えていたらこれどうなんだろうと混乱してしまい、自分の意見を言わず丸投げしてしまいました。
        これじゃ何も成長しませんね。今後気をつけます。

  3. エッジボイスを鍛えてもミドルボイス地声にならないなら、どういうトレーニングをすればいいですか?僕はミドルボイス裏声ばかり鍛えていて、ミドルボイス裏声は結構出せるんですが、地声感がでません、、ミドルボイス裏声からミドルボイス地声にする方法を教えてください!!

  4. コメント失礼します。
    地声ミドルを出すためには、yubaメソッドでいう息漏れのある裏声で輪状甲状筋を鍛える必要があるということはわかりました。
    では、これに閉鎖を加えた息漏れのない裏声のトレーニングは特別必要とはしないのでしょうか?

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