ボイストレーニングサイト・ブログ比較──ボイストレーニング論その十三

ボイストレーニング論第十三回です。前々回前回に続き、今回はボイストレーニングのサイト・ブログを比較考察します。

※ボイストレーニング論は全十五回です。「裏声を練習すればミドルボイスが身につく?」「ミドルボイスって地声? 裏声?」「ミドルボイスの音源が聞きたい」そんな方はぜひお読みください(全記事一覧は、カテゴリ「ボイストレーニング」か、記事「ボイストレーニング論」参照)。

※当ボイストレーニング論では「地声」「裏声」×「チェストボイス」「ミドルボイス」「ヘッドボイス」の2×3=6「声区」論を提唱しており、それを前提に論を展開しています。詳しくは第三回第四回第五回をご覧ください。

ボイストレーニング論その十三の要旨

  • 「ミドルボイス(地声)」「ヘッドボイス(地声)」を「裏声」と誤解しているものが極めて多い。「れみぼいす」はその最たるものである。
  • 「ミドルボイス(地声)」「ヘッドボイス(地声)」を「裏声」と誤解してはならない。

目次

れみぼいす……情報は豊富だが、「ミドルボイス」「ヘッドボイス」の説明と音源は怪しい

2010年に開設されて以来、ボイストレーニングでは最大手といえるサイトです。私は2010年頃、「みくぼいす」の時代によくアクセスしていました。余談ですが、(後述の)気まぐれEntrance IIIのMarcyさんと出会ったのが、このサイトの掲示板でした。

「ミドルボイス(地声)」「ヘッドボイス(地声)」の発声にとどまらず、喉のケアや共鳴、歌唱技術に至るまで解説されているサイトは他に類を見ず、確かに最大手にふさわしい豪華な内容です。

ただ一方で、「れみぼいす」の内容、特に音源には批判があります。Yahoo! 知恵袋のトピックでは、「れみぼいす」で挙がっている音源(特に練習用音源)についての間違いが指摘されています。が、こうした掲示板以外の場(Webサイトやブログ)で、「れみぼいす」の内容についてきちんと検討されたことはほとんどないと思います。

私自身、「みくぼいす」時代から内容を参考にしていたこともありますし、「れみぼいす」が全く無価値なサイトだとは申しません。その一定の価値を認めますが、「声区」と「ミドルボイス」「ヘッドボイス」の説明については疑問符をつけざるをえません。それを以下で説明してゆきます。

声区と換声点についてによると、「れみぼいす」では

  • 地声
  • 裏声
  • 極低音
  • 極高音

の四「声区」論を唱えています。これは、フースラー『うたうこと』と同じ立場ですね。

私見では、極低音を「声区」と認めず、「極高音」は「ヘッドボイス」に含めたほうがよいと考えていますが(第五回参照)、まあそれはよいでしょう。

声を「地声」と「裏声」に分類するところまでは正しい。ただ、「ヘッドボイス」と「ミドルボイス」の説明になると、おかしな説明が出てきます。

ヘッドボイスとは、クラシックで多用される、柔らかく響く裏声です。 ファルセットとは違い、息漏れはしませんが、地声のように強くもありません。

ミドルボイスとは、パワフルで、地声の延長のように聞かせた裏声です。 地声と裏声がまるで一本に繋がったように聞こえます。この声はミックスボイスとも言います。ポップスやロックで多用されます。

「ヘッドボイス」も「ミドルボイス」も「裏声」であり、「ヘッドボイス」は「クラシック」で、「ミドルボイス」は「ポップス」で多用されるのだそうです。

第四回以来、何度も説明してきたことですが、「ヘッドボイス」とか「ミドルボイス」というのは、あくまで声帯の振動部位の長さに着目して分類したものであって、「地声」か「裏声」かは関係がありません。「ミドルボイス」で「地声」を出すこともできますし、「裏声」を出すこともできるのです。

ヘッドボイスについてのページを見ると、ソプラノ歌手の森麻季と、カウンターテナー歌手のフィリップ・ジャルスキー(Philippe Jaroussky)の音源が挙げられています。確かに、この二人は「裏声」(「ベル・カント唱法」の用語でいうと、「頭声」でしょうか)で歌っているので、音源として誤っているわけではない。

しかし、テノール歌手にはカウンターテナー以外の歌手もいます。例えば、テノール歌手の「アクート」によるC5(hiC)などは「柔らかく響く裏声」ではないのですが、どう説明するのでしょうか。それは「ミドルボイス」なのだとおっしゃるのでしょうか。

「れみぼいす」に限らず誤解が多いことですが、「ベル・カント唱法」の「頭声」は、「地声」とか「裏声」とか一概にいえないのです。女声やカウンターテナーはほとんど「裏声」で歌うので、「頭声」=「裏声」になりますが、男声の場合は(テノールの一部の高音を除いて)「地声」で歌うので、「頭声」=「地声」になるからです。このあたりは第六回に書きましたので、詳しくはそちらをご覧ください。

「れみぼいす」に話を戻すと、「ヘッドボイス」=「裏声」とは一概にいえず、「ヘッドボイス」には「地声」も「裏声」もありうることをいいたかったのです。ソプラノ歌手とカウンターテナーの音源を引用して「ヘッドボイス」=「裏声」と断定するのは、我田引水という感が否めません。

次にミドルボイス(ミックスボイス)についてを見てみます。「ミドルボイス」は「裏声の出し方の一つ」だそうですが、「ミドルボイス」というのは「地声」「裏声」に関係のない概念であることは、今まで説明した通りです。

音源としては、Steelheartのマイク・マティアビッチと、SKYWINGSというバンドが挙げられています。SKYWINGSというバンドはよく知らないのでコメントしませんが、マティアビッチは例としてふさわしくないと思います。マティアビッチは「ヘッドボイス(地声)」寄りの「ミドルボイス(地声)」ですから、(ヘヴィメタルでは一般的ですが)歌全体から見れば特殊な歌い方だからです(「ヘッドボイス(地声)」寄りの「ミドルボイス(地声)」については、後述のYahoo! 知恵袋や参照)。

誤解のないように補足しますが、「ミドルボイス」=「裏声」と定義して、「ミドルボイス(裏声)」を鍛えるというなら、別に問題はないのです。しかし、「ミドルボイス」=「裏声」と定義しておきながら、「ミドルボイス(地声)」や「ヘッドボイス(地声)」の音源を挙げるのは問題があります。これは、DAISAKU氏や桜田氏と同じ誤りです(第十一回第十二回参照)。

あと、「れみぼいす」の練習音源について指摘しておきましょう。ミドルボイス(ミックスボイス)の出し方を取り上げます。

「裏声」で「閉鎖を保ったまま喉を開く」と「ミドルボイス」になるそうですが、「ミドルボイス」と閉鎖にはあまり関係がありません(詳しくは、後述の気まぐれEntrance III)。「裏声」で声帯閉鎖を強めたところで、閉鎖の強いキンキンした「裏声」になるだけです。

「喉の開き方ですが、まずは見本の最初のように「マ」でヘッドボイスを出してみましょう」という箇所の音源です。0:04から、声帯閉鎖や共鳴を高めているので、息漏れが分かりにくくなっていますが、これはあくまで「裏声」です。第十一回第十二回では、こういう「裏声」を「ミドルボイス」と呼ぶことの弊害を指摘してきました。

「チェストボイス」から「ミドルボイス」に移行する音源だそうですが、「地声」から「裏声」に移行しているだけです。0:02で「裏声」に移行していることが分かるからです。これを何度練習したところで、「ミドルボイス(地声)」は出せるようにはなりません。

ずいぶん批判的なことを書きましたが、私は「れみぼいす」を全否定するつもりは毛頭ありません。参考になる箇所もありますし、掲示板では色々と議論や質問が行われており、コミュニティとしても価値があると思います。ただ、「声区」と「ミドルボイス」「ヘッドボイス」の説明については誤りが多く、誤った説明を流布している責任は重いと考えています。

追記: れみぼいすはボーカルレッスンも開催されていますが、私は参加したことがありませんし、評判等も存じないので、詳しく考察することができません。

烏は歌う……「声」のブログとしては超豪華、ただ音源が少ないのが惜しい

「「歌」だけじゃなく、「声」全般が良くなるボイトレを紹介」するブログです。その名の通り、歌に限らず、喉のケアとか体調管理とか様々なトピックについて書かれています。

フースラー『うたうこと』などにも目を通されているようで、「チェストボイス」や「ミドルボイス」について理論的な説明を与えているのが良心的です。あと、他のボイストレーニング本を紹介したり、スピーチの話し方について説明したり、とにかく多彩なサイトです。

惜しむらくは、音源がほとんどないこと。こういうのが「ミドルボイス」で、こういうのが「ヘッドボイス」だという音源が欲しいのですが、文章による説明がほとんどなので、理論的には理解できても、感覚的には分かりづらいのが残念です。

吟剣詩舞音楽 on STAGE……フースラー『うたうこと』の内容を知りたいひとはこれ

「吟詠の為のボイストレーニング」「吟詠音楽講座」吟詠の為の発声練習実践編
といったページで知られるサイトです。

吟詠のサイトなのですが、フースラー『うたうこと』の難解な内容を分かりやすく紹介しており、吟詠以外の人からも親しまれているように思います。

特に声帯と声の関係は、図を用いて声帯について分かりやすく解説されており、このブログでも第四回で引用させていただきました。

私自身としてはフースラーの記述には怪しい部分もあると考えていますので(第十一回参照)、「吟剣詩舞音楽 on STAGE」の説明も鵜呑みにはできないのですが、難解で知られるフースラーの理論を分かりやすく説明したところ、感覚的な叙述に終始しがちなボイストレーニングに科学的な説明を導入したところは評価されるべきです。

ちなみに、ボイストレーニングに目が行きがちですが、吟詠音階の理論的考察などの吟詠のページもとてもおもしろいので、ぜひ読んでみてください。

喉ニュース……医学や解剖学の記述は文句なし、ただ音楽の説明は怪しいので注意

會田茂樹氏が医学・解剖学の観点から喉について考察されているブログです。

とかく曖昧な記述になりがちなボイストレーニングにおいて、あくまで科学的な説明を心がける良心的なブログです。

フースラー『うたうこと』などが、あまりに理論的すぎて実践的でなかったのに比べると、「喉ニュース」には実践的な練習方法も書かれています。

ただ、第五回で少し指摘したように、内容が医学・解剖学から離れると、怪しいことを書いている箇所もあります。

例えば、低音と高音を混ぜて声を出すという記事です。「異なる音域要素の人声サンプル」を用いて「検査アンケート」を行った結果、「一般人の耳に心地好い声とは『低音と高音が混ざっている音』」なのだそうです。

しかし、人間の声帯は一つしかありませんから、「低音と高音を混ぜて声を出す」ことなどできるはずがない。會田茂樹氏は「どのような現象が起きているのか正確に理解していません」と書かれていますが、自分がきちんと理解していないことを書くのは、医者として問題があるのではないですか?

私は「人声サンプル」を実際に見ていないので詳しくは分かりませんが、恐らく、声の倍音やフォルマントが豊かな声が「一般人の耳に心地好」く聞こえるという意味でしょう。「低音と高音が混ざっている音」というのは、倍音成分が豊かな声ということです。ですから、「混ぜて声を出す」というのは完全なる誤りです。このように、医学や解剖学を離れた音楽の分野については、「喉ニュース」は誤りやデタラメが非常に多い。

「喉ニュース」は、医学や解剖学の記述は信用に足るものですが、音楽の記述については信用しないほうがよろしいでしょう。

秋山隆典ベルカントの世界!……「ドイツ唱法」なる謎の概念の発祥?

第六回でもご紹介した声楽家・秋山隆典氏の公式Webサイトです。

このサイトにはベルカント唱法というページがあります。このページが、「ベル・カント唱法」を論じる上で引用されることが多く、「ベル・カント唱法」と「ドイツ唱法」の関係を考える上でも参照されます。

しかし、第六回で説明した通り、このページにある説明は非常に疑わしいものばかりです。詳細は第六回をお読みいただきたいのですが、主な疑問点をもう一度引用しておくと、

  • そもそも「ドイツ唱法」というものが存在するのか? 現代ではどの歌手が「ドイツ唱法」によって歌っているのか?
  • 「ベル・カント唱法」は「自然の生理に逆らわない発声法」というが、それではドイツ唱法は「不自然」な発声法なのか?
  • 「ドイツ唱法」では「高い音が出にくいとか、レガートで歌えないとか、声が揺れるとかの問題が出てくる」とあるが、現代のドイツ歌曲の歌手たちが、イタリアオペラの歌手に劣らず、安定した高音やレガートで歌えていることをどう説明するのか?
  • ドイツやイタリア以外(例えばフランス・イギリス)などの歌曲の歌唱法は、ベルカント唱法と「ドイツ唱法」どちらに属するのか? あるいは、二つと違う第三の歌唱法なのか?

といったものです。

また、「ベル・カント唱法」でドイツものを歌うべきではないという秋山氏が、なぜシューベルトなどのドイツものを「ベル・カント唱法」で歌っておられるのか、という疑問もあります。

声楽家としての秋山氏の実力を疑うつもりはありませんが、このページの説明については、彼の見識を疑わざるをえません。

ベルカント唱法とポップスは正反対の歌唱法です……対比する根拠が薄弱

この記事は、ボイトレ 東京/KISS MUSICというサイトにある記事の一つです。これを取り上げる理由は、「ベル・カント唱法」でGoogle検索すると上位に来るにも関わらず、誤りの多い記事だからです。あくまでこの記事を批判しているのであって、ボイトレ 東京/KISS MUSIC自体を批判するつもりはありません。

まず、「ベル・カント唱法」とポップスの歌い方が違うことは私も認めます。それは第六回で論じてきたことです。しかし、その違いはあくまで共鳴のさせ方とか歌唱技術などであって、呼吸の仕方などの人体のレベルで大きく異なるわけではありません。

この記事については第六回でも指摘しましたので、簡単に触れておきます。

  • 「本物のベルカント唱法」という謎の概念を作り、「リードのベルカント唱法」と対峙させていること
  • 「ドイツ唱法」という何の根拠もない概念を唱えていること
  • オペラ歌手は腹式呼吸をしており、ポップスの歌手はしていないという無根拠な断定があること

「ベル・カント唱法」とポップスの違いは、前者では喉や鼻の共鳴を高めた歌声を好み、シャウトやディストーション・グロウルなどの歪んだ声は嫌われるのに対し、後者では歪んだ声も許容し、場合によっては男声の「裏声」や女声の「地声」も許容するということです。オペラでも腹式呼吸ができない人、ポップスでもできる人なんていくらでもいるのであって、呼吸法などが「ベル・カント唱法」とポップスではないのです。

小野正利さんのボイス・トレーニング(2ちゃんねるカラオケ板より)……歌手としては超一級、だがボイストレーナーとしては少し怪しい

これは、2ちゃんねるのカラオケ板に投稿されていたレスを、ブログ作者の方が分かりやすくまとめたものです。ですので、ブログの記事そのものではなく、記事に掲載されたレスについて取り上げます。

小野正利については、その実力は疑うべくもありません。「You’re The Only」で見せた美しい「ヘッドボイス(地声)」のほか、「大都会」「移民の歌(Imigrrant Song)」「ボヘミアン・ラプソディ(Bohemian Rhapsody)」「愛をとりもどせ」など、様々な曲をカバーし、見事な実力を披露しています。ですから、私は彼の実力に文句をつけるものでは全くありません。

ただ、このボイストレーニング記事については、(これが正しいと仮定しての話ですが)少し怪しいことをいっているなと考えます。それを以下で説明します。

まずミドルボイスを手に入れる前にヘッドボイスを使えるようになると凄く有利らしく、最初にその練習をやらされた

「ヘッドはミドルより遥かに簡単で、コツを掴むまでもなくちょっとした方法ですぐ習得出来ます

ボイトレを日常的にやっている人だと無意識の内にヘッドを身に着けていることも多いです

ただそれがあまりに弱いヘッドであるため、ほとんどの人は「ファルセットから息漏れをなくしたもの」くらいにしか認識していません」とのこと

音源が挙げられていないので正確には判断できませんが、この「ヘッドボイス」というのは、単なる「芯のある裏声」のことではないでしょうか。というのも、「ヘッドボイス(地声)」が「ミドルボイス(地声)」よりも高度な声帯伸展・削減を要求する以上、「ヘッドはミドルより遥かに簡単」であるはずがないのです。

ボイストレーニングで、「ミドルボイスの前にヘッドボイスを身につけましょう」といっている人のほとんどは、「ヘッドボイス」=「芯のある裏声」という意味で捉えています。この「芯のある裏声」というのは、例えばハードロックやメタルで使う「ヘッドボイス(地声)」とは意味が違うので、注意が必要です。

あるいは、小野氏のいう「ヘッド」とは「ヘッドボイス(裏声)」のことで、「ヘッドボイス(裏声)」のほうが「ミドルボイス(地声)」よりも簡単という意味でしょうか。それなら理解できなくもありませんが……。

まだ裏声出せて2週間なんだけどな…たったこれだけでヘッドに行き着いてしまった

でも確かにこれだと「上手く息漏れのない裏声が出た!」くらいにしか思わないかもしれないな

小野氏の指導を受けた人の感想ですが、恐らくこの人の感想は正しくて、「息漏れのない裏声」しか出ていないと思います。あくまで私の経験ですが、自分で「地声」か「裏声」か分からない声が出た場合、そのほとんどが「裏声」です。「ミドルボイス(地声)」は出ていないと思った方がよいでしょう。

もちろん、小野氏の発言には正しいものもあります。以下がそれです。

「閉鎖筋と輪状甲状筋を鍛えてから両者をバランス良く働かせるって言う発想が主流だけど、普通に考えてバランス良く働かせるだけなのに筋肉の強弱が問われるわけはない」
「もちろん閉鎖筋と輪状甲状筋が弱いままでのミドルはとても頼りないものだけど、一人で歌う分にはその辺り思い切っちゃえるでしょう?声が使い物になるかならないかより、高い声を出せるようになったと言う喜びの方がずっと大きいはずなんです。特に高い声が出なくて長年悩み続けてきた人は」

一つ目の発言は(後述の)気まぐれEntrance IIIにも共通する主張であり、全く正しいものです。二つ目の発言は、私自身が「ミドルボイス(地声)」を出せるようになったより、何より嬉しかったという経験から、とてもよく分かります。

繰り返しますが、小野氏のボイストレーニングには正しいところもあります。それに、実際のボイストレーニング現場や音源を視聴していないため、正確なことは分かりませんが、上の文章を読む限りでは、「ヘッドボイス」については信憑性が乏しいと思います。

気まぐれEntrance III……ボイストレーニングの迷妄を指摘した今は亡き優良ブログ

Marcyさんという方のボイストレーニングブログです。Yahoo! 知恵袋では、lord_of_goodyというIDで、カラオケ板のカテゴリーマスターとして回答されていました。

上記のサイトに比べると知名度が落ちますし、既に削除されてアーカイブからしか閲覧できないので、ご存じでない方もいらっしゃるでしょう。ただ、とても素晴らしいボイストレーニング理論を書かれていたブログですので、ここで紹介致します(ちなみに、Marcyさんは気まぐれEntrance閉鎖後は別の日記を更新されていましたが、現在はこちらも更新停止中)。

Marcyさんは、れみぼいすが「みくぼいす」であった頃、掲示板にて質問や回答をされていました(当時の掲示板アーカイブに履歴があります)。ですので、「みくぼいす」で活動されていた方は、Marcyさんや気まぐれEntrance IIIをご存じの方も多かったのではないでしょうか。私がMarcyさんと出会ったのも、私の質問にMarcyさんが答えてくださったのがきっかけです。

私事はこの程度にして、ブログの内容について触れましょう。といっても、アーカイブからでも閲覧できないページも多いので、重要な点を大まかに説明します。

「気まぐれEntrance III」の大きな業績の一つは、「ヘッドボイス(地声)」と「強化ファルセット(裏声)」が異なることを指摘していたことです。

第十一回第十二回で説明しましたが、ボイストレーニングの教本や動画には、「芯のある裏声」を「ミドルボイス(地声)」「ヘッドボイス(地声)」と呼んでいるものが少なくありません。声帯閉鎖や共鳴を強化して、息漏れを分かりにくくして、それを「地声」と呼んでいるものがほとんどです。今の「れみぼいす」はどうか知りませんが、当時の「みくぼいす」の掲示板でも、そういう「芯のある裏声」を「ミドルボイス」と呼んでいる人が多かったのです。

Marcyさんはその誤りを見抜き、多くの人が「ミドルボイス」と呼んでいるのは、「ファルセット」の声帯閉鎖や共鳴を強めた「強化ファルセット」であることを指摘されていました。もちろん、「強化ファルセット」が悪いわけではなく、それを「地声」と呼ぶことの誤りを指摘されていたのです。

「気まぐれEntrance III」の別の業績は、声帯閉鎖を強化さえすれば「ミドルボイス(地声)」を発声できるという誤解を指摘したことです。

今ではもうアーカイブからも閲覧できないのですが、Marcyさんは閉鎖筋は悪くないという記事を書かれていました。そこでは、「ミドルボイス(地声)」が発声できないのは閉鎖筋に問題があるのではなく、輪状甲状筋や閉鎖筋のバランスなのだと書かれていました。

「裏声に声帯閉鎖を加えるとミドルボイスになる」とか、そういう説明をしているサイトって今でも多いですね。こういう説明を真に受けた人は、「自分がミドルボイスを出せないのは、声帯閉鎖が足りないのか」と考えるようになり、ひたすらエッジボイスの練習をしたり、母音の発声練習をして閉鎖筋を鍛えたりします。

もちろん、それはそれで悪くない練習ですが、「ミドルボイス(地声)」は声帯の伸展や削減によって発声できるものであって、閉鎖筋はさほど関係がありません(全くの無関係ではありませんが)。これは第四回で説明したことです。

Marcyさんはそんな状況を危惧されて、声帯閉鎖を第一に考えることの誤りを指摘されていました。「気まぐれEntrance III」が書かれていたのは2011~2012年頃ですが、2014年現在でもそういう誤りが流布していることを考えると、2~3年以上も前に指摘されていたのは驚くべき慧眼です。

このブログのボイストレーニング記事には、Marcyさんから示唆を受けた箇所が少なからずあります。私がこのような記事を書けるのは、「気まぐれEntrance III」のおかげといって過言ではありません。

Yahoo! 知恵袋

日本には色々とコミュニティサイトがありますが、ボイストレーニングの質問・回答が最も盛んなのは、

この二つではないでしょうか。2ちゃんねるのカラオケ板では色々とテンプレwikiが作成されており、Yahoo! 知恵袋のカラオケカテゴリーでは多くのカテゴリーマスターが回答されています。

ただ、この二つの投稿を色々と見た限り、正しいことを書いているものをほとんど見たことがありません。ほとんどの人が声帯の仕組みや動きを理解できておらず、「ミドルボイス」=「裏声」といった短絡的な定義をしていたりするからです。

2ちゃんねるで参考になりそうなのは、「声が高くて細くてキンキンしてる人の治し方」というスレッドのサブ ◆XXXXYxappUという方の投稿です。分量が多い上に理論的で、読むのが大変ですが、曖昧な記述に終始するボイストレーニングサイトよりも遥かに参考になります。

Yahoo! 知恵袋の回答の中で(数少ない)参考になる回答は、全盛期の日本人メタル・ボーカリストの歌唱力について。という質問のベストアンサーです。

このベストアンサーでは、「様式美メタルを歌う様なシンガーは基本的に声質がヘッドヴォイスのまま」「高音域を歌うのに特化していますが、正直無個性」と書かれています。これは重要な指摘です。

第七回でも説明しましたが、「ミドルボイス(地声)」には、

  • 「チェストボイス(地声)」寄りのもの
  • 「ヘッドボイス(地声)」寄りのもの

があります。ここでいう「声質がヘッドヴォイスのまま」というのは、「ヘッドボイス(地声)」寄りの「ミドルボイス(地声)」のことです。

「無個性」というのはいいすぎですが、「ヘッドボイス(地声)」寄りの「ミドルボイス(地声)」というのは画一的な声になりがちです。声帯の削減や伸展によって倍音が少なくなっているので、「ヘッドボイス(地声)」自体が「無個性」になりやすいのですが、「ミドルボイス(地声)」まで「ヘッドボイス(地声)」になると、声全体が「無個性」になりがちなのです。特に、メタルの曲は高音が多く、「チェストボイス(地声)」を使う必要がなく、「ミドルボイス(地声)」と「ヘッドボイス(地声)」だけで歌いきることも少なくないので、余計に「無個性」に聞こえてしまいます。

メタルのようなハイトーンに憧れる人も多いでしょうが、メタルの「ヘッドボイス(地声)」を目指す場合、「無個性」に陥る恐れがあるので、自分が本当にそういう声を目指したいのかを考える必要があります。もちろん、独自の声質とか、張り上げやシャウトを駆使して、個性的な声を作り上げることもできますが。

海外のボイストレーニングサイト

海外のボイストレーニングサイトにはあまり詳しくありませんが、知っているものをいくつか挙げておきます。

The Modern Vocalist Worldは、「The Modern Vocalist World」、略称「TMV World」が運営するボイストレーニングサイトです。特にTHE MODERN VOCALIST WORLD FORUMは、歌唱技術・科学・指導・健康管理・録音などあらゆるトピックが作られており、様々な質問・回答が寄せられています。

Complete Vocal Instituteは、「Complete Vocal Institute」、略称「CVI」が運営しています。Complete Vocal Institute Forumでは議論が繰り広げられています。

あと、ボイストレーナーの公式サイトにコミュニティが設置されていることがあります。例えば、ボイストレーナーであるジェイミ・ヴェンデラ氏の公式サイトJaime Vendera.comにはフォーラムが設置されています。

以上でボイストレーニングサイト・ブログ比較を終えます。他にもサイト・ブログは大量にあるのですが、主要なものは大体取り上げたと思います。あとのサイト・ブログは、上で取り上げたものと似たり寄ったりの内容でしょうから、別に取り上げる必要もないでしょう。

今回でボイストレーニング理論比較を終わりにします。次回は何を書こうか考え中ですが、ボイストレーニングにありがちな誤り特集でも書こうかと考えています。

ボイストレーニングサイト・ブログ比較──ボイストレーニング論その十三」への4件のフィードバック

  1. 初めまして。いつもためになる記事をありがとうございます。れみぼいすさんの記事を見て、最近やっとヘッドボイスとミドルボイスの違いがわかってきて‥ボイストレーナーの方に私の声を診断して頂いたところ、低音部ではヘッドボイス(地声)、高温部ではミドルボイス(地声)になってるそうです。自分の中ではこのまま低音部はヘッド、高音部はミックスのままいろいろな歌を練習していこうと思ってるのですが、この記事に書いてある通り、やはりヘッドボイスは無個性になってしまいますかね?
    ヘッドボイスの楽に声が響く感じが個人的には好きなんですが‥
    関係あるかわかりませんが、一応私はホイッスルボイスも習得しているのでヘッドの時の声帯を薄くするのは得意で自分でもミックスに劣らず力強い声はだせてるとは思ってるんですが、、
    これからは低音部のミックスを自分のものにしていく練習をしていった方がいいのか、それとも今だせる低音部のヘッドと高音部のミックスを極めてく練習をしていった方がいいのか、
    良ければアドバイス貰えたらありがたいです。

    • > tantan様
      初めまして。コメントありがとうございます。

      ボイストレーナーの方に私の声を診断して頂いたところ、低音部ではヘッドボイス(地声)、高温部ではミドルボイス(地声)になってるそうです

      こういうことは物理的に起こりえないのですが、「ボイストレーナーの方」は何を根拠にこういう判断をしているのか、確認したほうがよいと思います。
      声帯の進展や削減ではなく「響き」だけを元に判断している可能性があります。
      ボイストレーニングにおいては他人の意見を安易に鵜呑みにしてはいけない、ということを私は何度か書いていますので、戒めのためにもう一度お読みいただくことを薦めます。

      また、tantan様のおっしゃる「ミドルボイス」「ヘッドボイス」がどういうものか判断できないので、こちらからは助言しかねるのが現状です。
      差し支えなければ、メールアドレスにご自身の声の音源をお送りいただければ、判断できると思います。

      「無個性」という書き方をしましたが、これは倍音が少ないために誰しも似たりよったりの声になるというだけで、別にそれが悪いわけではありません。
      例えば、Steelheartのマイク・マティアビッチの「ヘッドボイス(地声)」は倍音少なめの「無個性」なものではありますが、非常にパワフルな「ヘッドボイス(地声)」であるので、それが個性になっています。

      ただ、最近ではパワフルな「ヘッドボイス(地声)」を出せるプロの歌手はたくさんいるので、これだけだとHR/HMにおいては差別化が難しいのは確かですね。

      これは、

      「チェストボイス(地声)」寄りの「ミドルボイス(地声)」を目指す(グラハム・ボネットのような)
      「ヘッドボイス(地声)」寄りの「ミドルボイス(地声)」を目指す(マティアビッチのような)

      という意味でよろしいでしょうか?

  2. 過去の記事へのコメントで失礼します。

    > 低音部ではヘッドボイス(地声)、高温部ではミドルボイス(地声)になってるそうです。
    ここはさすがに、単に質問者さんが聞き間違いか取り違えてるだけじゃ無いですかね。質問者さんの続投が無いのでなんとも言えませんが。

    それはさておき、各ブログ記事などの論理的に怪しい点については概ね私と近い考えで賛同できます。個人的に、喉ニュースはかなり眉唾だと思っていました。
    ただ、小野さんの「ヘッドボイスはミドルボイスより、はるかに簡単」と言う点については、納得できる面もあるのです。
    はるかに、と言うと確かに語弊があるのですが、声帯の削減については、そもそも特殊な訓練をしていない普通の人は、通常の声帯をフルに使った胸声の状態から声を上げていくと、急にがくっと削減された状態まで飛んでしまうもので、それがいわゆるひっくり返った状態だと考えています。
    ひっくり返ること自体を悪とせず、ただ楽に声を出しながら無防備にひっくり返るに任せて胸声から裏声に移行すると、約1オクターブ上の音までジャンプしますよね。実際にはひっくり返った瞬間に声帯へのテンションが緩められて1オクターブより少し狭まる場合が多いと思いますが。

    そのひっくり返った先にある、いわゆる普通の裏声や、それを強化した芯(響き)のある裏声、息漏れの無い裏声(※1)と呼ばれるような状態は、確かにまだ完全なヘッドボイスでは無いと考えますが、それでも体の使い方、トーンは非常に近く、単純に「十分に強化する前のヘッドボイス」であると言うことも出来ると考えています。
    ※1 YUBAメソッドで言うところのこれらの言葉はもっとヘッドボイスに近い意味で使われているようにも思いますが、それについては話が逸れるので割愛します。

    ひっくり返る前後の胸声と裏声の声帯の状態は、共に物理的に振動を安定させやすい状態であり、そもそもその中間の状態をキープするのが難しいためにジャンプ(フリップ、ひっくり返り)が発声するのであり、それらの理由によって「ヘッドボイスは比較的声帯の振動、歌声を安定させやすく、強化するのも比較的楽だが、ミドルボイスは安定させるのが難しく、強化以前にまず安定して声を出し続けることすら最初は難しい」という状態が生まれるのだと認識しています。
    これは私がヘッドボイス、ミドルボイスを習得してきた過程での体感とも一致しているように感じています。
    小野さんの発言も、そのような状態を意図しての発言ではないかと思います。

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