ボイストレーニング教本比較──ボイストレーニング論その十一

ボイストレーニング論第十一回です。今回は前回書いた通り、ボイストレーニング教本、いわゆる「ボイトレ本」の比較考察を行います。

※ボイストレーニング論は全十五回です。「裏声を練習すればミドルボイスが身につく?」「ミドルボイスって地声? 裏声?」「ミドルボイスの音源が聞きたい」そんな方はぜひお読みください(全記事一覧は、カテゴリ「ボイストレーニング」か、記事「ボイストレーニング論」参照)。

※当ボイストレーニング論では「地声」「裏声」×「チェストボイス」「ミドルボイス」「ヘッドボイス」の2×3=6「声区」論を提唱しており、それを前提に論を展開しています。詳しくは第三回第四回第五回をご覧ください。

ボイストレーニング論その十一の要旨

  • ほとんどのボイストレーニング教本は、「地声」と「裏声」を分けてそれぞれ鍛えることを推奨している。これは特に問題ない練習方法である。
  • だが、分けて鍛えた後の「声区」融合においては、説明が不十分なものが多い。「地声」「裏声」を鍛えた後、「声区」が融合して「ミドルボイス(地声)」「ヘッドボイス(地声)」が発声できるメカニズムを説明していないか、「ミドルボイス(裏声)」を「ミドルボイス(地声)」と誤解して説明しているものが多い。

目次

考察内容について

前回述べた通り、「ミドルボイス(地声)」「ヘッドボイス(地声)」に関する記述や、「声区」の融合を考察対象とします。他の内容については検討していません。

ですので、あるボイトレ本を批判的に取り上げたからといって、その本の内容が全くだめというわけではありません。「ミドルボイス(地声)」「ヘッドボイス(地声)」については誤りだが、他の内容は素晴らしいという本もありますので、誤解なきようお願いします。

リード『ベル・カント唱法』

第六回でも取り上げた本ですが、改めてご紹介します。

この本については、他に比べて詳しく説明しようと思います。この本がボイストレーニングにおける古典的著作だから、という理由もありますが、この本に含まれている誤解や誤りが現代にも残っており、この本を詳しく考察することが現代のボイストレーニング理論について知るきっかけにもなるからです。

リードは、人間の声を

  • ヴォーチェ・ディ・ペット(胸声)
  • ヴォーチェ・ディ・テスタ(頭声)

の二つに分けています。

「ヴォーチェ・ディ・ペット」は「チェストボイス(地声)」に近い概念で、「ヴォーチェ・ディ・テスタ」は「ミドルボイス(裏声)」に近い概念です。

リードは、

  1. 「ヴォーチェ・ディ・ペット」と「ヴォーチェ・デ・テスタ」を、別々に鍛える
  2. 鍛えた後、「声区」の融合を図る

と述べます。融合の末に、第三の「声区」である「ヴォーチェ・ディ・フィンテ」が誕生します。

リード『ベル・カント唱法』によれば、「声区」の融合とは、以下のようにして行われます。

両方の声区の結合は、ほとんどの場合、ファルセットの下方部分を指している「弱いほうの声区の末端」を鍛えることから始められます。

声区の”ブレイク”の周辺でさえあれば、どの音でも適正に膨らませると、コーディネイトされたファルセット声区としての音を生み出せるようになります。そして次に、その音を大きくしていって、やがて結び合わされなければならないふたつの部分の音質と強さが、その連結部でまったく等しくなるまでに、膨らませていくことができます。コーディネイトされたファルセットが強さを増していくと、”ブレイク”は小さくなり始め、徐々にではあっても、ついには完全に消えてなくなります。声区の融合が完了した後も、ファルセットは〈依然として積極的に〉作用しており、それに胸声区の機能が〈加わっている〉、ということになります。

「ファルセット」という用語が使われていますが、これは「ヴォーチェ・ディ・テスタ」のことです。あと、「ブレイク」とは「換声点」のことです(ベル・カント唱法だと、「パッサージョ」という用語を使うこともあります)。

「ファルセット」を出すとき、「換声点」付近の低音になると弱々しくなる、というのは誰しも経験したことがあるのではないでしょうか。リードによれば、その弱々しさを克服し、「換声点」付近でも、「ファルセット」を「胸声」と同じぐらいの強さで発声できるようにしなくてはならない。すると、「”ブレイク”は小さくなり始め」、「声区」の融合が実現される。

この文章にはいくつか問題点があります。

  1. 「声区」融合の過程が分からない
  2. 「メッサ・デ・ボーチェ」が具体的にどういうものなのかが分からない

以下でそれを説明してゆきます。

1. 「声区」融合の過程が分からない

まず1番から。「ファルセット」の低音を「胸声」と同じぐらいに鍛えることによって「換声点」が克服されるらしいのですが、なぜ、それによって「声区」が融合されるといえるのでしょうか。『ベル・カント唱法』では、この融合の過程が明確に書かれていません。第五回で指摘したことですが、「声区」の融合には、二つの意味があります。

  1. 声帯の振動形態を維持した状態で、違和感なく「声区」を移動できること
  2. 声帯が振動形態の異なる状態へと、違和感なく「声区」を移動できること

1番は「チェストボイス(地声)」から「ミドルボイス(地声)」の移動など、2番は「チェストボイス(地声)」から「ミドルボイス(裏声)」の移動などを指します。

換声点付近の「ファルセット」を鍛えれば、確かに「胸声」との移行は円滑になるので、2番の意味での融合は可能になるかもしれません。しかし、1番での融合は不可能です。「胸声」と「ファルセット」は、声帯の振動形態が異なるからです(なぜ振動形態が異なるのかは第三回・などを参照)。

リードが1番・2番どちらの意味で「両方の声区の結合」といっているのか分かりませんが、恐らく1番の意味でしょう。リードの生きた時代は20世紀であり、男声も「ファルセット」を主に使っていたといわれる旧式の「ベル・カント唱法」は途絶えているからです。男声は高音を「ミドルボイス(地声)」(ベル・カント唱法の用語でいうと「アクート」)で歌う新式「ベル・カント唱法」が普及しており、リードのいう「メッサ・デ・ボーチェ」とは、高音であっても「ミドルボイス(地声)」で歌える技術であったと考えられます。

しかし、「胸声」と「ファルセット」では、2番の意味での融合は実現できても、1番の意味での融合は実現できないのです。この誤解は、現代のボイストレーニング理論においても引き継がれている誤解です。

2. 「メッサ・デ・ボーチェ」が具体的にどういうものなのかが分からない

次に2番。リードによれば、「メッサ・デ・ボーチェ」は第三の「声区」であり、「ファルセットは〈依然として積極的に〉作用しており、それに胸声区の機能が〈加わっている〉」そうですが、これは具体的にどういう意味なのでしょうか。

恐らく、リードはこういう意味でいっています。「メッサ・デ・ボーチェ」においては、声唇も声帯靭帯も振動しているので、「胸声」に近い声色になる。しかし、「胸声」と違って声帯伸展や削減が働いているので、声帯が「ファルセット」に近い状態でもあるのだ、と。つまり、「ミドルボイス(地声)」や「ヘッドビス(地声)」に近いことを述べています(詳しくは第四回の「「ミドルボイス」「ヘッドボイス」は「地声」か「裏声」か」参照)。

『ベル・カント唱法』が書かれたのは1950年のことで、フースラー『うたうこと』が出版された1965年より15年も前のことです。恐らく、1950年頃は、声帯の詳しい動きや状態など分かっておらず、「地声」では声唇と声帯靭帯が両方振動している、といったことも判明していなかったのでしょう。ですから、リードが「ファルセットは〈依然として積極的に〉作用しており、それに胸声区の機能が〈加わっている〉」という曖昧な記述をしたのも、無理はないとは思います。

ただ、こうした曖昧な記述が、「メッサ・デ・ヴォーチェとは地声なのか裏声なのか」「ミドルボイスとは地声か」といった議論を生んでしまったことは事実です。

ずいぶん批判的なことを書きましたが、『ベル・カント唱法』自体は素晴らしい著作だと私は考えています。1950年の時点で、ここまで見事なボイストレーニングを書くことができたのは見事なものです。私は、リードの歴史的偉業まで否定しているわけではないのです。

ただ、今はもうフースラー『うたうこと』があり、医学・解剖学の進歩があり、声帯の動画などがあるわけで、リードの時代とは違うのです。リードの著作をありがたく拝むのはやめて、批判的に考察する時期が来ているのではないでしょうか。

フースラー・マーリング『うたうこと』

これも第六回でも取り上げた本です。リード『ベル・カント唱法』と同様、この本についても詳しく説明します。

この本は、1965年の本でありながら、声帯や人体について驚くほど詳細に考察・分析された本です。特に、この本で提唱された「アンザッツ」(詳しくは後述)という概念は、今でもボイストレーニングに活用されています。

ちなみにこの本の著者は、デトゥモルト音楽学校の発声教授であったフースラーと、彼の弟子であったマーリングなのですが、著者の名前で「マーリング」が挙げられることはあまりないように思います。大体「フースラー本」とか、「フースラー『うたうこと』」とか紹介されます。本記事でも、いちいち「フースラーとマーリング」と書くのはやめて、「フースラー」とだけ書くことにします。

そんな『うたうこと』ですが、人間の声を

  • 胸声
  • 仮声
  • 頭声

の三つに分けています。「極低音区」(ボーカルフライ)とか「極高音区」(ホイッスルボイス)についても述べていますが、それは除外しておきます。

「胸声」は「チェストボイス(地声)」に近い概念で、リード『ベル・カント唱法』と同じ理解と考えてよいでしょう。「中声」は「ミドルボイス(地声)」に近い概念です。

「仮声」は「ミドルボイス(裏声)」「ヘッドボイス(裏声)」に近い概念で、『ベル・カント唱法』でいう「ファルセット」です。

歌手はまず、自分の最高音域で出せる弱々しい声「虚脱した仮声」、78頁参照を「支える」ように試みる。一方では、喉頭を吊っている筋肉と呼気筋の働きを高めることによって、他方では、声門閉鎖筋の働きを強めることによって、この弱々しい仮声に張りをもたせると、第7章で述べている「支えのある仮声」78頁参照に転換する。そうなれば、その歌手は、自分の声楽器の弾性枠を、それでもってはじめて作り出したわけである。

『ベル・カント唱法』でいうと、「虚脱した仮声」とは、訓練される前の弱々しい「ファルセット」であり、「支えのある仮声」とは、訓練されて「胸声」と同じぐらい強く出せるようになった「ファルセット」のことです。それらを科学的に説明したのが、上の引用文です。

それでは、『うたうこと』では、どのようにして「声区」の融合が実現されると説明しているのでしょうか。

フースラーは、「声区」の融合にあたっては、まず各「声区」を分離して鍛えなくてはならないと述べています。これはリードの主張と同じですね。

「頭声」については、「要するに、仮声区と頭声区は、まったく同一の発声的基本的要素をそなえた変形なのである」と書いています。つまり、「仮声」を鍛えることによって「頭声」が発声できると述べているわけで、これもリードの主張とほぼ同じです。

ただし、フースラーは「仮声」と「胸声」の相違点として、「ただ差異をつけられるのは、主として声門間隙の形だけである」と述べています。

「前方の喉頭引上げ筋である甲状-舌骨筋は──支えのある仮声のばあいとは異なって──参加していない。そのため、声門間隙はいくらか開く(ときにはおそらく声門の全長にわたって開き、たぶん、ささやき声の位置に近づくのではあるまいか?)。

「甲状-舌骨筋」とは、喉仏を上げるときに働く筋肉です(詳しくは第四回の注釈1参照)。

恐らく、フースラーは「ベル・カント唱法」を念頭に置いて、こう書いているのでしょう。「ベル・カント唱法」では共鳴を高める歌い方をするため、喉仏を上げる歌い方(ハイラリンクス)を忌避する傾向があるので、「頭声」においては「甲状-舌骨筋」は「参加していない」と書いたのです。「甲状-舌骨筋」が「参加していない」というのはいいすぎで、「ベル・カント唱法」でも多少は「参加」するのですが……。

では、「声区」を融合するためにはどうすればよいのか?  実は、フースラー『うたうこと』では明確に書かれていないのです。

フースラーは「アンザッツ」と呼ばれる概念を提唱し、声を「当てる」ことによって、筋肉をバランスよく働かせることを提唱します。声を「頭頂部」や「軟口蓋」に「当てる」とき、「純粋な頭声」が発声される。そして、声を「うなじに当てる」とき、「輪状-甲状筋」や「輪状-喉頭筋」などが最も理想的に働き、「充実した頭声」が実現される、というのです。

しかし、この記述には色々と疑問点があります。

  1. 「声区」融合の過程が分からない
  2. 「純粋な頭声」「充実した頭声」が具体的にどういうものなのか分からない

1. 「声区」融合の過程が分からない

まず1番ですが、これはリード『ベル・カント唱法』にも出てきた疑問です。「胸声」や「ファルセット」・「頭声」の発声方法については説明しているのに、その融合の過程がほとんど説明されていないのです。

恐らく、フースラーは「アンザッツ」を活用した練習をすれば、自ずと「充実した頭声」が出せるようになると考えていたのでしょう。これは誤りではないのですが、同時に一つの誤解を生みました。

「アンザッツ」とは、声を様々な部位に「当てる」ことによって、声帯の閉鎖筋や輪状甲状筋を鍛えるというものです。それは正しいのですが、この説明が「ミドルボイスは閉鎖筋によって出せるようになる」といった誤解を生み、とにかく「エッジボイス」をしまくって「閉鎖筋」を鍛える、といった悪いボイストレーニングを生んでしまったのです。

小野正利さんのボイス・トレーニング(2ちゃんねるカラオケ板より)によると、小野正利氏は、

閉鎖筋と輪状甲状筋を鍛えてから両者をバランス良く働かせるって言う発想が主流だけど、普通に考えてバランス良く働かせるだけなのに筋肉の強弱が問われるわけはない」

とおっしゃったのだそうです。もちろん、筋肉を鍛えるのは大事ですが(あまりにも筋肉が貧弱だと声が出せませんから)、鍛えればよいわけではなく、あくまで「バランス」が大事なのだと述べています。最近の「声帯閉鎖至上主義」ともいうべきものに対する素晴らしい警告だと思います。

2. 「純粋な頭声」「充実した頭声」が具体的にどういうものなのか分からない

2番ですが、「純粋な頭声」「充実した頭声」というものの声帯の様子は書かれていますが、フースラーがどういうものを「純粋な頭声」「充実した頭声」と考えていたのか分かりません。「純粋な頭声」は「支えのある仮声」とは違うのか、「充実した頭声」と「仮声」はどのように違うのか、分からないことだらけです。このように、フースラーの本は、声帯の動きやメカニズムについて分析してみせたところは見事なのですが、「充実した頭声」や「声区」融合の話になると、途端に説明が少なくなるのです。「充実した頭声」や「声区」融合にまでは分析が及ばなかったのですね。

なお、このフースラーの本に準拠して、『ボーカリストのためのフースラーメソード』という本が出版されています(私は未読なのでレビューできませんが)。著者の武田梵声氏は、無音の音声~むおんのおんじょう~というブログでもボイストレーニング論を書かれているので、興味のある方はご覧ください。

弓場徹『声美人・歌上手になる奇跡のボイストレーニングBOOK』

テレビなどにも出演されている弓場徹氏の「YUBAメソッド」です。ご存じの方も多いかもしれませんね。

この本の練習方法はシンプルで、以下のようなものです。

  1. 「オモテ声」と「ウラ声」を別々に鍛える
  2. 「オモテ声」と「ウラ声」の「換声点」を移行する訓練をする

2番に注目していただきたいのですが、この「移行」というのは、声帯が振動形態の異なる状態へと、違和感なく「声区」を移動できることを意味しており、つまり「チェストボイス(地声)」から「ミドルボイス(裏声)」へと移動するという意味での「声区」融合です。

ですから、YUBAメソッドを学んだからといって、「ミドルボイス(地声)」「ヘッドボイス(地声)」が身につくわけではない。というか、そういうことを目的とするメソッドではないからです。

この動画をご覧になればお分かりかと思いますが、弓場氏の高音はあくまで「ミドルボイス(裏声)」であり、「ミドルボイス(地声)」「ヘッドボイス(地声)」ではありません。いや、もしかしたら「ミドルボイス(地声)」も出せるのかもしれませんが、音源がない以上確認できません。

補足しますが、YUBAメソッドでは「ミドルボイス(地声)」を発声できないからといって、それが悪いわけではありません。ジャンルごとにふさわしい声がありますから、弓場氏の歌われているジャンルでは「ウラ声」のほうがよいのかもしれない。ただ、ハードロックやメタルで使われる「ミドルボイス(地声)」「ヘッドボイス(地声)」は、YUBAメソッドでは身につかないというだけのことです。

私見では、YUBAメソッドは、初心者が「ウラ声」を鍛えるという意味では悪くないと思います。事実、私はボイストレーニングを始めた頃、「裏声」すらまともに出せなかったのですが、YUBAメソッドを通じて、それなりに芯のある「裏声」が出せるようになりました。そういう「裏声」練習の意味では価値のある本です。

なお、弓場氏は『奇跡のハイトーンボイストレーニングBOOK』という本も書かれていますが、内容は『声美人・歌上手になる奇跡のボイストレーニングBOOK』とそれほど変わらないので、どちらを読んでもよいと思います。

DAISAKU『ボーカリストのための高い声の出し方』

DAISAKU氏の本は、声帯の図面を掲載したり、声帯の筋肉や部位の説明をしたりと、理論的な説明に多くの紙幅を割いています。YUBAメソッドや、(後で述べる)高田・ロジャーの本に比べると、ここが大きな特徴です。

そんなDAISAKU氏の本ですが、「ヘッドボイス」「ミックスボイス」については以下のように説明されています。

密度の低い裏声はファルセットとも呼ばれます。これに対して意識的に頭部と鼻腔に響かすことによって生まれる、芯があり抜ける裏声がヘッドボイスです。

ミックスボイスとは声帯の振動が裏声でありながらも、地声発生時の広い共鳴腔に声を響かせることで声の太さを確保し、鼻腔共鳴を強めることで地声並みの声量と声の芯を確保する発声法です。

「ミックスボイス」とありますが、これは「ミドルボイス」のことですね。ただの用語の違いで、同じことを指しています。

他の教本が「ヘッドボイス」や「ミドルボイス」について曖昧な記述をする中で、DAISAKU氏ははっきりと「裏声」だと書いています。潔い姿勢ではあるのですが、この記述の中で、問題点が二つあります。

  1. 「ヘッドボイス」「ミドルボイス」=「裏声」だとしていること
  2. 「ミックスボイス」が鼻腔共鳴によって実現するということ

1. 「ヘッドボイス」「ミドルボイス」=「裏声」だとしていること

まず1番から。これは第四回第五回で説明したことですが、「ミドルボイス」や「ヘッドボイス」とは、声帯の伸展や削減度合に応じて名づけられた概念であって、「裏声」か「地声」かとは関係がないからです。

いや、DAISAKU氏が、「ヘッドボイス」「ミドルボイス」=「裏声」という意味で使っているなら、(紛らわしい表現だとは思いますが)それはそれで構わないと思います。ただ、「ヘッドボイス」「ミドルボイス」=「裏声」と書いておきながら、DAISAKU氏は「ミックスボイス」の音源例として、明らかに「地声」の音源を挙げているのです。

この本には音源サンプルのCDがついているので、お持ちの方は聞いてみてください(CDトラック17が「ヘッドボイス」、トラック20が「ミックスボイス」の音源です)。「ヘッドボイス」は息漏れのする「裏声」なのですが、「ミックスボイス」には息漏れのほとんどない「地声」の音源が挙げられており、DAISAKU氏の説明と齟齬が生じるのです。

CD音源はDAISAKU氏ご自身の声ではないと思われるので、ここでDAISAKU氏自身の音源を聞いてみましょう。発声動画というページの、「ミックスボイス」の2・3あたりを聞いてみてください。DAISAKU氏のいう「ミックスボイス」が、明らかに息漏れのする「裏声」であることが分かると思います。「地声並みの声量と声の芯を確保」できていないのですね。

2. 「ミックスボイス」が鼻腔共鳴によって実現するということ

次に2番です。「ミドルボイス」には鼻腔共鳴が大事だとよくいわれますが、その発祥はDAISAKU氏の本でないかと思います(他にも発祥があるかもしれませんが)。

ただ、(前述のように)「ミドルボイス」や「ヘッドボイス」とはあくまで声帯の伸展や削減によるもので、鼻腔共鳴とは無関係です(美しく出せるかどうかは別ですが)。あまり「鼻腔共鳴」を意識しすぎると、「鼻声」になるという弊害もあります。

もちろん、「ミドルボイス」や「ヘッドボイス」の体感を掴むために鼻腔に共鳴させるという意味では、悪くない練習方法かもしれません。ここは、YUBAメソッドや高田・ロジャー本にはない長所です。ただ、「鼻腔共鳴」だけが独り歩きして、とにかく「鼻腔共鳴」すれば「ミックスボイス」「ヘッドボイス」になるのだ、という誤解を生みました。

DAISAKU氏の本は、理論的な説明が多いところは悪くないのですが、「ミックスボイス」「ヘッドボイス」の箇所で誤りが多く、これで「ミドルボイス(地声)」「ヘッドボイス(地声)」が出せるようになるかというと、怪しいと思います。

ちなみに、DAISAKU氏はブログも書かれていますが、ブログにはときどきおもしろい記事があります。例えば、ミックスボイスについては、5人の男声歌手のB4(hiB)の「ミックスボイス」を例に挙げて、その共鳴の違いを説明したものです。理論的な説明には相変わらず誤りがありますが、こうして音源を具体的に挙げて説明してくれるところは良心的です。

高田三郎・ロジャー『ハリウッド・スタイル-実力派ヴォーカリスト養成術』

高田・ロジャー本ともいわれる本ですが、正直、評価が難しい本です。というのも、この本には「チェストボイス」「ミドルボイス」「ヘッドボイス」の詳しい説明がほとんどないのです。

「チェストボイス」=低い声、「ミドルボイス」=中間の声、「ヘッドボイス」=高い声ぐらいの説明しかなく、後は「チェストボイス」で張り上げて歌ってはならないこと、高音になったら「ミドルボイス」や「ヘッドボイス」に移行することが説かれます。「ミドルボイス」や「ヘッドボイス」の練習方法に関する記述は皆無です。

つまり、この本が想定している読者とは、「ミドルボイス」や「ヘッドボイス」を既に出せる人であって、「ミドルボイス」や「ヘッドボイス」を出したい人向けの本ではないのです。そのことは、本の内容を見ても分かります。

この本で提唱される「ラヴ・ノート」という練習方法なのですが、これは、実際にプロの楽曲・演奏を引用して、「このフレーズではチェストからミドルに移行する」「ここでビブラートをかける」「ここで息継ぎ」などを学ぶというものです。ボイストレーニングというよりは、歌唱表現のトレーニングに近いものです。他にも、ステージ上での緊張の解し方とか、ライブでの体の動かし方とか、声帯を守るための日頃の飲食物とか、明らかにプロ向けの内容です。

もちろん、そういった内容はとても有益であって、価値がないわけではありません。ただ、「基本的な発声技術は身についているが、表現力が伸び悩んでいる」人向けの本なので、ずぶの素人が読んでもほとんど意味がないといえます。

ちなみに、この本には(第四回で説明した)「声帯削減説」「ジッパー説」が出てきます。「チェストボイス」「ミドルボイス」「ヘッドボイス」は声帯の振動の長さが異なることが記されています。ただ、図と簡単な説明が示されているだけで、科学的な説明がほとんどありません。

ボイストレーニング教本まとめ

取り上げる教本は以上です。

もちろん、これ以外にもボイストレーニング教本はたくさんあります。例えば、

などは、ご本人たちが素晴らしい歌唱力をお持ちということもあり、とても興味深い本です。ただ、私はこれらを読んでおりませんので、レビューすることができません。これらの本について知りたい方は、Amazonレビューなどを参考にしていただければと思います。

追記: Novのボイストレーニング動画については第十二回、小野のボイストレーニング体験談については第十三回で論じました。

さて、これまで取り上げた教本の内容についてまとめることにしましょう。

「地声」と「裏声」を分離して鍛える、という点については、どの本も共通しています。ここは特に問題がありません。

問題は、「声区」の融合についてです。リード『ベル・カント唱法』やフースラー『うたうこと』、高田・ロジャー両氏の本のように、融合の過程について明確に書いていないものもあれば、弓場徹氏の本のように、2番の意味での融合をしようとしているものもあれば、DAISAKUの本のように、「ミックスボイス」=「裏声」とあるのに違う音源を挙げていたりと、どれも不十分な記述にとどまっています。このように、「声区」融合について明確に説明していないか、誤った説明をしているものが実に多いのです。

今回は、ボイストレーニング教本について比較考察をしました。次回は、ボイストレーニング動画について書きます。

補足: 「声」に関する推薦図書

ボイストレーニングについてお薦めできる本はないのですが、「声」に関する本で、お薦めのものが三冊あります。それをご紹介しておきましょう。

  1. 梅田紘子・梅田悦生『美しい声・美しい歌声』
  2. 荻野仁彦・後野仁彦『発声のメカニズム』
  3. 米山文明『声と日本人』

の三冊です。

1. 梅田紘子・梅田悦生『美しい声・美しい歌声』

『美しい声・美しい歌声』は、薄い本ながら、

  • 音声生理学(人間が言葉を覚えるメカニズム)
  • 解剖学(耳や筋肉・声帯の仕組みなど)
  • 音響学(音波やスペクトル・フォルマント)
  • 音声学(母音・子音の調音)

などなど、「声」に関する科学的研究が詰まった密度の濃い本です。フースラー『うたうこと』に比べると、専門用語も少なく、図解も多く、とても分かりやすくまとめられています。

ちなみに、これと似た本で、スンドベリ『歌声の科学』というのがあるのですが、これは内容があまりに専門的すぎるので、お薦めできません。Google Booksから読むことができるので、興味のある方はどうぞ。

2. 荻野仁彦・後野仁彦『発声のメカニズム』

『発声のメカニズム』は、『うたうこと』をより分かりやすく、『美しい声・美しい歌声』をより実践的にした内容です。

この本の特徴は、何といっても図の多さ。声帯の写真だけでなく、開いた喉と狭まった喉の写真を載せて比較したり、腹式呼吸時の横隔膜の写真を載せたり、「母音」発声時の喉の写真を載せて比較したりと、驚くほど図がたくさん載せられており、非常に分かりやすくなっています。

特に、喉の病気に関する章は必見です。声帯炎や声帯結節、ポリープといった喉の病気を、カラーの写真つきで詳しく説明してくれています。

3. 米山文明『声と日本人』

『声と日本人』は、医学の観点から見た「声」の本です。内容が理論的なので少し難しいのですが、内容はとても有益です。

この本のおもしろいところは、三つあります。

第一に、「日本語」という観点から声について考察しているところ。日本人の中で、声を使う職業(教師や政治家)に喉の病気が多い理由を、日本語の子音・母音の調音や日本における発声教育の不十分さから説明し、今後日本で導入すべき発声教育について提言したりと、(歌に限らない)幅広い「ボイストレーニング」について書かれています。

第二に、日本音楽の発声について考察しているところ。ボイストレーニングというと、「ベル・カント唱法」やポップスの発声について書かれることが多いのですが、この本では、純邦楽や歌舞伎・ホーハイ節など、日本の音楽の発声についても説明されています。それらと、「ベル・カント唱法」やカウンターテナー、ヨーデルなどの発声法を比較するという試みもされており、比較研究としてもおもしろい本です。

第三に、巻末にある「私の診た名歌手たち」です。著者の米山氏は、数々の有名歌手たちの喉の治療に携わってこられたのですが、その臨床を元に、歌手たちの喉や筋肉を分析しています。それも、「喉頭蓋の開きがよい」とか「声帯の伸展が柔軟であった」とか「声帯に厚みがある」といったように、とても具体的に書かれています。

以上、『美しい声・美しい歌声』と『発声のメカニズム』と『声と日本人』についてご紹介いたしました。

ボイストレーニング教本比較──ボイストレーニング論その十一」への2件のフィードバック

  1. ロジャー本の考えはルールさえ守ったら自動操縦で勝手に上手くいくよって感じですよね。
    勿論、輪状甲状筋や閉鎖筋群などが発達していることも前提なのでしょうが、この楽観的な表現は私は嫌いじゃないです。
    輪状甲状筋はYUBAメソッドで、閉鎖筋群を鍛えるにはこのロジャー本でトレーニングするのがいいと言われていますよね。
    エッジボイスで閉鎖筋群を鍛えることが出来るという人もいますが、それに対してあれは声門閉鎖の感覚を掴める程度だという人も相当数いて私もそうだと思っているので閉鎖筋群を鍛える目的でロジャー本を使用しています。
    それからDAISAKU本の方ですが、あの人はそもそも平均的な男性の地声の最高音がmid2Gと言ってますからね。
    トレーニング内容は面白いですが、胡散臭さもあります。

  2. ロジャー本では各声区は自然に身につき、声区の切り替えもある程度の練習をすればあとは無意識的に行われるという前提で書かれていると思います。

    またユバメソッドでは、ミックスボイスについて説明はされておりますが、こちらの説明も裏声程度の説明しかないのでロジャー本とあまり変わらないかと思います。

    ロジャーの対象読書層への記載に違和感があったため、僭越ながらコメントさせていただきました。

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