「人の気持ち」「マナー」「迷惑」は現代の「錦の御旗」である

ボイストレーニング教本の比較考察を書く予定でしたが、今日は別の話題について書きます。Twitter上で興味深い事例に出くわしたからです。

目次

S氏との会話

きっかけは、Twitterで、「ポケ熱」という単語で検索していたことです。「ポケ熱」というのは、往年の大手ポケモンサイト「ポケモン熱狂的ファンはココが違う!」の略称です。ポケ熱についてつぶやいているツイートはないかと探していたわけです。すると、ポケ熱に関するリプライをいくつか発見しました。どうやら、数人の間で、ポケ熱に関する話をしているらしい。私はこれを公式リツイートしたのち、こんなツイートをしました。

さて、問題はここからです。

先ほどリツイートしたリプライをしていたお一人(S氏とします)が、個人的な会話をリツイートするのは不快だからやめてほしい、という旨のリプライをしてくださいました。

これに対して、私は「不快という理由だけでは不十分だから、他の理由もあればリツイート取り消しも考える」というリプライを差し上げました。

これは嫌がらせでも何でもなく、10年前からの私の意見です。詳しくは無断リンクと非公式リツイートについて思うことをお読みいただきたいのですが、「不快」といった感情論では議論は成立しない、ということを私は以前から主張していました。

ちなみに、S氏のアカウントは現在鍵がかかっており、引用ができないので、私が覚えている範囲で、この方の意見を文字起こしすることにします。

その後の議論をダイジェストで書きます。

S氏
人の嫌がることをやめることも大事だと思います。人の嫌がることをしないなんてそんなこともわかりませんか?
流星群
私は不快ということ自体を否定しているのではありません。ただ、「RTされて不快な人の気持ちを考えろ」という理由に対しては、「RTを取り消されて不快な人の気持ちも考えろ」という理由が成立するので、議論は平行線にしかならないと思うのです。
ですから、「RTされることによってプライバシー侵害が起きた」(これは大げさな理由ですが)とか、「RTされることによってツイートが恣意的な形で引用され不利益を被った」といった論理的理由があるのでしたら、RT取り消しも致し方ないと考えています。
S氏
では、あなたが自分のツイートを勝手に公式リツイートされたらどう思いますか? 不快なのでやめろといったのに拒否されたらどう思いますか?
流星群
もちろん、不快になることはあるでしょうが、それを差し止めるに値する論理的な理由がない限りは、それも構わないと思って放置しますね。不快だから、という理由で差し止めることはしません。
S氏
人の気持ちも分からない人にインターネットを使ってほしくありません。プライバシー云々よりもマナーが大事ではないですか?
※記憶があいまいで、ここは若干元ツイートと内容が違うかもしれません。
流星群
おっしゃる通りマナーは大切ですね。そして、私は非公式RTで文章を曲解して引用したわけでもなく、鍵垢を晒したわけでもなく、フォロワーに攻撃させるよう仕向けたのでもなく、ただ公式機能であるRT機能を使っただけです。これって十分マナーを守った行為だと思うのです。
S氏
あなたが自分さえよければよくて、相手のことはどうでもいい、感情がない人なのだということは分かりました。
流星群
うーん、どうも私の真意が伝わっていないですね。私は、相手がどうでもいいとは考えていません。ただ、不快という感情のみでは議論にならないと思います。
十分理解できている上でその発言内容ということは、全く理解されていないように思いますが……。先ほども申し上げましたが、私は不快に感じておられること自体は一切否定していませんよ。
私の動機は凄くシンプルで、鍵垢でない公開ツイートである以上、恣意的な引用などの不適切な扱いでない限り、ふぁぼってもRTしても何ら問題はないというものです。おっしゃる通りリプしてもよいのですが、公式機能である以上RTでも問題はないと思いますが、どうでしょうか?
あと、Sさんは、「RTされて不快な人の気持ちを考えろ」という理由に対しては、「RTを取り消されて不快な人の気持ちも考えろ」という理由が成立する、という私の意見に対して反論されていませんが、これについてはどうお考えなのでしょうか。
S氏
公式機能だからといって無差別にやるのはどうかと。Twitterはあなたが好き放題やる場所ではないんですけどねえ。
聞きますが、そこまで公式リツイートを取り消すのが嫌な理由は何ですか?
あなたのいっていることが支離滅裂で分かりません。少し頭を冷やしたほうがよいですよ。
流星群
取り消したくない理由は、取り消す必要がないと感じるからです。それに、公式RTは公式の機能ですから、特に忌避する必要もないと思いまして。あと、私の内容が支離滅裂とおっしゃいましたが、どのあたりが支離滅裂か、具体的に指摘していただけますか?
これも逆に聞きたいのですが、そこまで人の会話を取り消したくない理由はなんです? 不快だからですよね。私が取り消したくないのも、不快だから。これでは永遠に決着がつきませんよね。だから、私は不快だからという理由は不十分だといっているのです。
S氏
全体的に支離滅裂ですね。あなたがこちらに分かるように説明していただければよいのですが。
流星群
ではどこが支離滅裂なのか、一つ一つ確認しましょうか。まず、「RTされて不快な人の気持ちを考えろ」という理由に対しては、「RTを取り消されて不快な人の気持ちも考えろ」という理由が成立する、という意見については、どこが支離滅裂だとお考えですか?

私のこのツイートを最後に、議論は打ち切られました。S氏がアカウントに鍵をかけたからです。私はS氏をフォローしていませんし、S氏も私をフォローしていないので、私からS氏のツイートを見ることはできないので、これ以上の議論は不可能です。

誤解のないように補足しますが、議論を吹っ掛けられたことについて、S氏を恨んでいるわけでは全くありません。ただ、一方的に議論を打ち切り、反論の機会を封じるという最もあるまじき行為に、怒りを覚えました。

L氏との会話

S氏との議論はこれで終わりなのですが、ここから別の局面に移ります。

私が先ほどリツイートした「ポケ熱同盟」のリプライで、S氏と会話をされていたLという方が、私にリプライをくださいました。自分のツイートを公式リツイートしたことについて取り消してほしい、という旨のリプライです。

これに対し、私は、取り消そうかどうか迷ったが、今私はS氏に暴言を吐かれて「不快」な気分になっているので、現在取り消そうか検討中である、とリプライしました。これで会話は終わりました。

今回の議論の総括

今回の議論は、「無断リンク禁止」や「公式リツイート」の議論と同じ構造をしており、とてもシンプルなものです。

S氏と私の意見をまとめると、以下のようになります。

S氏の主張
Twitterの公式機能(公式リツイート)であろうと何であろうと、人の嫌がることはやめるのがマナーではないか。
流星群の主張
公式リツイートされて不快に思う人がいるように、公式リツイートを取り消されて不快に思う人がいるのである。
公式リツイートがTwitterの公式機能である以上、それを行使して何の問題があるのか。
私は自分がマナー違反だとは考えていない。非公式リツイートやパクツイをしたわけでも、攻撃の標的にしたわけでもない。それでマナー違反と呼ばれるのは不当である。

S氏の主張は、人が不快に思うことはやめろという一点のみです。

私はこれに対して、その理由は私についても成り立つのだから、その意見は無意味だと述べました。これは無断リンクと非公式リツイートについて思うことで散々述べたことです。

議論のダイジェストをご覧になれば分かりますが、私のこの意見に対して、S氏は反論をしてくださいませんでした。反論できないと思ったのか、もう流星群と議論してもむだだと思ったのか、それは分かりませんが……。

繰り返しますが、私は、公式リツイートされて不快に思うこと自体は否定していません。ただ、その理由が成立するなら、公式リツイートを取り消されて不快に思うことも成立するのだから、両者は相殺すると述べています。

両者が相殺したとき、S氏には、公式リツイートを取り消させる理由は何も残りません。一方、私には「Twitterの公式機能を使うことには何ら問題がないから」という理由が残ります。

追記: もちろん、Twitterの公式機能だからといって、それを利用して誹謗中傷や著作権侵害といった犯罪を行うことは許されません。ただ、この二つは明確な犯罪であって、ただ単に他人を不快にするということとは区別されます。不快に思うという理由で公式リツイート取り消しを要求するならば、その「不快に思う」理由がどのようなものなのか、どういった犯罪や問題に繋がるのかを説明する必要があります。

S氏はこれに対し「公式機能だからといって無差別にやるのはどうかと」といっていますが、この意見は、「公式機能だからといって、人の迷惑になることをやってはいけない」という意見の変形ですから、結局相殺されます。

公式リツイートを取り消させる理由というのは、結局「人に迷惑がかかるから」「不快」だからしか残らないことがお分かりいただけたでしょうか。しかし、この理由こそが、現代社会に蔓延する最も反論しにくい理由なのです。

「人の気持ち」「マナー」という「錦の御旗」

現代社会では、「人に迷惑をかけるなよ」「人の嫌がることをするなよ」という意見が支配的なので、「人に迷惑をかける」という行為は、無条件に「悪」だと認定されます。

人に迷惑をかけることは悪であり、許しがたいことであり、その悪を断罪するためなら、(S氏のように)「人の気持ちが分からない」「感情がない」という暴言を吐いても差し支えないとみなされるのです。私からすれば、「人の気持ちが分からない」「感情がない」とかいうほうがよっぽどマナー違反(もっといえば誹謗中傷)ではないかと思いますが……。

どんな理由があれ、人に迷惑をかけることは悪であり、「人に迷惑をかけるな」というとき、それは絶対的・権威的な響きを帯びてきます。「人に迷惑をかけるな」といわれたとき、あなたはどう弁解しようと「人に迷惑をかける人」と決めつけられたのであり、それは絶対悪なのです。

「人の気持ちを考えろよ」「マナーを考えろよ」「迷惑をかけるなよ」という言葉は、いわば現代の「錦の御旗」なのです。それを掲げたほうが勝ちなのであり、掲げた側と対立する相手は、どんなに弁解しようと負けです。なぜなら、「人に迷惑をかけた」からであり、それはすなわち悪だからです。

なるほど、確かに「迷惑をかける」ことは悪かもしれません。ただ、「人に迷惑をかけるな」という人は、ある錯覚をしているのです。それは、「人に迷惑をかけるな」という自分は、人に迷惑をかけていないという錯覚です。もっといえば、「人に迷惑をかけるな」と忠告することによって、自分を「迷惑をかけていない人間」にカテゴライズし、自分を救済しているのです。

こうした考えをよく表しているのが、L氏の「公式リツイートを取り消して不快な気持ちになる人なんているのか」という旨のツイートです。これに対して、「公式リツイートされて不快な気持ちになる人はいるのか」と反論されたら、どう反論するつもりなのでしょうか。

私が思うに、こういう意見を持っている人の中には、こういう公式があるのです。

  • 勝手に公式リツイートをすることは迷惑であり、しないことが当たり前である。
  • 公式リツイートを取り消されて迷惑な人などいないのであり、取り消すのが当たり前である。

つまり、自分が迷惑に思うことは、他人がどう思おうが「迷惑」なのであり、自分が迷惑でないことは、人がどう思おうが「迷惑ではない」というレッテルを貼りつけている。これって、まさしく「人の気持ちが分からない」ということではないでしょうか。

S氏やL氏は、迷惑だからという理由で公式リツイートを取り消せと私にリプライをしてくださいました。そのとき、自分のやっていることが、私にとって迷惑になるかもしれないということを考えておられたでしょうか。絶対に考えていないでしょうね。

私がずるいと思うのは、自分が「迷惑」を被っていることには敏感なくせに、他人の「迷惑」について一切考えることがないという厚かましさ・傲慢さ・鈍感さなのです。

別に、S氏やL氏が特別というわけではありません。むしろ、こういう人たちが現在では圧倒的大多数でしょう。彼らは、自分が迷惑に思うことをされたくないだけであって、「人が迷惑に思うこと」については何も考えていないのです。

こうした鈍感さを、私の愛読する中島義道は、『私の嫌いな10の言葉』『私の嫌いな10の人びと』『善人ほど悪い奴はいない』などで徹底的に批判しています。興味のある方はお読みください。

また、竹内靖雄氏は『日本人の行動文法』にて、次のように的確に述べておられます。

思いやりは「自分本位」から出てきたソシオグラマーである。「自分が他人からいやなことをされたくないから、他人にもそのいやがることをしない」のであって、思いやりは自己利益の追求という原則に矛盾しないどころか、利己主義の変形なのである。すべては「自分の利益本位」という原則から説明できることであって、日本人の思いやりは無条件に他人を尊重することとは違う。

「人に迷惑をかけるな」という言葉は、「自分が迷惑だから」の変形にすぎないというわけです。逆にいえば、自分が迷惑に感じない行為について、「人に迷惑をかけるな」ということは絶対にない。

私は他人に迷惑をかける人間ですが、自分が他人に迷惑をかけることを差し置いて、他人に「迷惑をかけるな」と鈍感に発言できるような人間には絶対になりたくない。そう思いました。

追記: 上記のような人はTwitterに限らず、マスメディアにもいらっしゃいます。例えば、西尾由佳理という女子アナウンサーです。以下は「東京五輪を見たくない方、いるんでしょうか?」『アゲるテレビ』打ち切りの西尾由佳理アナに非難からの引用です。

5日の放送でも、「2020年東京五輪が決まったら見に行きたい?」 という視聴者アンケートを受け付ける際に、「“いいえ”という方、いるんでしょうか?」と発言し、「賛否が起きている現状を知らないのか?」「偏った意見を押し付けるような発言は、アナウンサー失格」などと反感を買っていた。

「東京五輪」を見に行きたくない人なんていくらでもいるはずですが、西尾アナにはそれが想像できないんでしょうね。(L氏と同じく)想像力の貧困な人たちは、どこにでもいるものです。

なぜ議論は打ち切りに終わったのか

〔2014年1月24日の追記〕22日に議論をして以来、なぜ議論が打ちきりに終わったのか、自分なりに考えていました。恐らく、その理由は二つです。

  1. 議論の目的にずれがあった
  2. 互いの前提にずれがあった

まず1番。議論というのは、何かしらの目的を持って行われるものです。例えば、ある議題について、よりよい回答を導くとか。

では、今回の議論における目的とは何であったのか。

S氏やL氏にとっての目的は明らかです。私(流星群)に公式リツイートを取り消してもらうことです。一方、私にとっての目的は、公式リツイートを取り消すに値する十分な理由があるかどうかを知ることでした。この時点で、既に目的のずれがあったのでしょう。

確かに、私は「公式リツイートを取り消すに値する理由はない」と考えており、「理由として不十分」だと述べました。それは間違いありません。

ただ、私は、もし公式リツイートを取り消すに値する理由が提示された場合、公式リツイートを取り消すつもりでした。私が結局公式リツイートを取り消さなかったのは、取り消すに値する理由が提示されなかったからです。

一方、S氏やL氏は、公式リツイートをするに値する理由があった場合、それを認めるつもりであった……というわけではないでしょう。お二方の目的はあくまで公式リツイートの取り消しであって、私がどんな理由を提示しようと、取り消しを諦めるつもりはなかったに違いない。

私とS氏の議論を傍観していたL氏が、「これだけ丁寧に説明しているのに分かってもらえない」という感じのツイートをされていましたが、これがその証です。お二方とも、私の発言を真面目に読む気などさらさらなく、ただ私が公式リツイートを取り消すことしか考えていなかったのでしょう。お二方の立場からすれば、それが当然かもしれませんが。

私としては、公式リツイートをするに値する理由を提示し、お二方に納得していただくつもりで議論したのですが、納得するわけがないですね。お二方が納得するには、私が公式リツイートを取り消す以外ありえなかったはず。ただ、それでは私が納得できないので、議論をすることにしました。

というわけで、この議論は出発の時点で、円満な決着はありえなかったというべきでしょう。

次に2番。私とお二方で、議論の前提が異なっていました。

お二方は、「人が不快に思っていることはやめるべきだ」という前提をお持ちでした。一方、私はその前提を持っておらず、「人が不快に思っていても、必ずしもやめる必要はない」と考えていた。そして、互いの前提条件が動かない以上、議論の決着は不可能です。

私は、「S氏が不快に思うように、私も不快に思っている。だから、不快という理由では取り消すには値しない」と述べました。S氏の前提条件を崩したかったのですが、それが伝わらなかったか、伝わったとしても理解されなかったに違いない。

S氏からすれば、自分が不快に思っており、この「流星群」という奴もそれは理解できているらしいのに、なぜ公式リツイートを取り消さないのかと不思議に思っていたかもしれません。それは、「人が不快に思っていることはやめるべきだ」という前提を絶対のものとして持っているからであり、私がどれだけ説得しようと、絶対に崩れないからです。

S氏が私の発言を「支離滅裂」だとおっしゃいましたが、それは恐らく、この前提条件の違いがあったからでしょう。S氏にとって、「人が不快に思っていても、必ずしもやめる必要はない」という考えは理解不能でしょうから、そんな前提を元に議論をする流星群が「支離滅裂」に見えても無理はありません。

私が「どこが支離滅裂か一つ一つ確認しましょうか」というところで議論は終わってしまいましたが、あのまま議論が続いたとしても、決着がつかなかった可能性が高い。互いの前提条件が違う時点で、いくら「確認」しようが相互理解はありえないからです。

私が一つ残念に思うのは、S氏やL氏の持っている「人が不快に思っていることはやめるべきだ」という前提が、いかに危うく、いかに暴力的に機能するか知っていただけなかったことです。「人が不快に思っているのだから」といえば、あらゆる暴論が罷り通る。この前提は、それほど危険なものなのです。

たかがTwitter上のトラブルで大げさだって? そうではありません。「人が不快に思っているのだから」という理由で暴論を押し通すのは、Twitterに限らず、無断リンクの是非に関する議論でもたびたび見られたものです(詳しくは無断リンクと非公式リツイートについて思うことを参照)。「人が不快に思っているのだから」という理由が成立するなら、他人のWebサイトにリンクを貼ることも禁止されてしまいます。なぜなら、「リンクを貼られて不快に思う人がいるから」です。

今回の議論はTwitter上の些細な事件にすぎませんが、私にとって、10年以上前の無断リンクやリンクフリーの問題を想起させる問題でした。もっといえば、現代社会を覆う「人の気持ちを考える」「思いやり」といった暴力をも想起させる問題です。

「人の気持ち」を考えないことの難しさ

〔2014年1月24日の追記〕私のブログはコメントがつくことがほとんどありませんが、今回の記事で、何名かの方からコメントを頂きました。それを拝読して感じたのは、「人の気持ち」というものに皆がいかに敏感か、ということです。

私が「不快だからという理由は理由にならない」と述べても、「でも、不快に思う人がいるならやめるべきではないか?」というコメントを頂く。私は「不快に思う人がいたとしても、必ずしもやめる必要はない」という考えなのですが、なかなか理解していただけないようです。

こう書くと、「では、お前は人を傷つけても構わないというのか?」と聞かれそうですが、そうではありません。いや、はっきりいえば、「人を傷つけてでも語らねばならない場合がある」と思っていますが、基本的には、(人を傷つけずに済むなら)傷つけるべきではないと思います。

ただ、ここで認識していただきたいのが、「人の気持ちを考える」という言葉の恐ろしさ、暴力性です。それを中島義道は『私の嫌いな10の言葉』にて、以下のように表現しています。

相手の気持ちを考えることは、じつはたいへん過酷なことです。いじめられる者は、相手の気持ちを考えるのならいじめる者の「楽しさ」も考えねばならない。暴走族に睡眠を妨害される者は相手の気持ちを考えるのなら、暴走族の「愉快さ」も考えねばならない。わが子を誘拐されて殺害された者、妻を眼の前で強姦されたあげく殺された者が、相手の気持ちを「考える」とはどういうことか?

もちろん、私も中島も、「いじめ」や「睡眠妨害」や「殺人」や「強姦」を認めているわけではない。それは明らかに他者の権利を侵害する行為であり、犯罪行為であるから、弾劾されて然るべきです。

しかし、「人を気持ちを考えろ」という論理からは、「いじめ」や「殺人」を許してはならない、という考えは絶対に出てこないのです。「いじめ」や「殺人」にも「楽しさ」があるからであり、それを無視して弾劾することは、いじめっこや殺人者の「気持ちを考えない」ことになるからです。

「いじめ」や「殺人」が極論すぎるというなら、もう少し卑近な例を挙げましょうか。

例えば、2020年に東京オリンピックを開催することが決定しました。私はオリンピックに関心がないので別にどうでもいいのですが、経済効果とかもあるのでしょうし、(私によほどの被害が及ばない限りは)開催してもよいのではないかと考えています。

ところが、東京オリンピックに反対される方々がいらっしゃいます。理由は様々でしょうが、ある人は、「震災の被災地の人々の気持ちを考えろ」という理由で反対されています。皆様、これをどう考えますか?

「いつまでも被害者面するな」とか「日本人なら喜べ」とかいう反論があるかもしれませんが、いずれも的外れです。なぜなら、「人の嫌がることをやってはいけない」という前提がある以上、東京オリンピックは特定の人々を不快な気持ちにさせているので、開催してはならないことになるからです。

それはおかしいと思われますか? しかし、東京オリンピックについてはそう思っているのに、我々は日常生活で、当たり前のように「人の嫌がることをやってはいけない」といっているのです。日常生活では「人の嫌がることをやってはいけない」が成立するのに、東京オリンピックでは成立しないのはなぜなのでしょうか?

東京オリンピックは大多数の人々が喜んでいるのだからよいではないか、と思われるでしょうか。しかし、それもだめです。一部の人が嫌がる以上、「大多数のために、一部の少数派に嫌な思いをさせるのか」という反論が飛んでくる。

つまり、「人の気持ち」とか「迷惑」を根拠にすればあらゆる論理が成立するため、議論の決着が不可能になるのです。私が今まで強調してきた「感情論では議論が成立しない」ということがお分かりいただけたでしょうか。

ちなみに、私の考える反論は、「東京オリンピックを不快に思う人がいるのと同様に、喜ぶ人がいる。なぜ前者が優先され、後者が無視されなくてはならないのか?」というものです。

誤解してほしくないのは、「喜ぶ人がいるのだから、東京オリンピックを開催すべきだ」といっているわけではないこと。この論理は、あくまで「不快に思う人がいるのだから」という理由を崩すためのものです。正直にいえば、私は開催しようがしまいが構わないのですが、「不快に思う人がいるのだから」という理由で開催を中止するのはおかしいと考えています。

東京オリンピックの議論をしたいなら、あくまで論理に基づいて議論すべきです。例えば、「経済効果があるので開催すべきだ」とか「オリンピックよりも被災地復興に力を入れるべきなので開催すべきではない」とか。これなら、議論の決着をつけることができます。

感情論で議論をすると、相手の感情を否定することになるので、議論の決着が永遠につきません。「お前は東京オリンピックを不快だといっているが、不快なのはおかしい」「いや、私は確かに不快に思っている」というように、感情というのは人それぞれですから、そこにけちをつけてもどうしようもない。

もちろん、「私は少数派の人たちが抑圧されていることに不快さを感じている」というように、感情の理由に論理があるなら別ですが、大抵の人はそうではないでしょう。「不快だから不快」というだけで、別に論理的理由があるわけではない。こうなると、「不快だから不快だ」「いや、不快でないから不快でない」となり、堂々巡りです。

繰り返しますが、私は、「人の気持ちを考える」こと自体は否定しません。ただ、安易に「人の気持ちを考えろ」と主張し、それを根拠とすることの危うさ、恐ろしさを指摘しております。

補足: 法律用語を使うことの是非

〔2014年2月21日の追記〕上記の件以来、S氏やL氏、または他の人々と議論を行いました。その結果、あることが分かってきました。

私の行動に対し、「プライバシーの侵害」とか「著作権の侵害」とか「誹謗中傷」という批判をしてくださる方がいらっしゃいます。それに対し、「プライバシーの侵害」を満たす条件とはこういうもので、「誹謗中傷」とはこういうものであるから、私の投稿はそれには該当しない……と説明するのですが、それでも分かっていただけないことがある。

議論を続けてゆく中で分かったのは、彼らは「プライバシーの侵害」とか「誹謗中傷」といった言葉を、厳密な法律用語として使用しているわけではないということ。個人が知られたくないツイートをリツイートされたり、個人が不快に思うツイートをされたら、それだけで「プライバシーの侵害」「誹謗中傷」が成立すると誤解しているのです。

「プライバシーの侵害」にせよ「誹謗中傷」にせよ、きちんとした構成要件が存在します。当人が「プライバシーの侵害だ」「誹謗中傷だ」と認識すれば何でもそうなるわけではないのですが、そのことを勘違いしている人が多いらしい。詳しく知りもしないのに、法律用語をふりかざすのはやめていただきたいものです。

具体的な例を紹介します。togetterの中の人と「悪意あるエントリで晒された時の対処」について話したというTogetterまとめですが、この「コメント」欄にある@Rio_7th氏のコメントを引用します。

一連の流れの中のPOSTから一部だけを切り取って装飾し他人の目に晒すことは「根拠のないことを言いふらして他人の名誉を傷付けること」に充分該当します。

確かに、ツイートを恣意的にまとめることによって、本来の文意とは異なる文章であるかのように曲解してまとめることは問題です。しかし、問題なのは、@Rio_7th氏が問題視しているケースが、本当に「恣意的」なものなのかどうかです。@Rio_7th氏はそれをきちんと説明できていません。

我々部外者には判断がつきにくいですが、まとめられた対象は明確に「叩かれてる」と吐露してるわけで。その事実から、誹謗中傷であると断言できます。

これは「本人が不快に思っているのだから誹謗中傷だ」という非常にバカげた理屈です。「誹謗中傷」って、誰かの名誉を著しく貶めることや、根拠のない暴言(批判ではない)によって誰かを侮辱することを指すのであって、「本人が不快に思っているかどうか」で決まるわけではありません。

もちろん、本当に「プライバシーの侵害」や「誹謗中傷」に該当するケースもあります(例えばラノベを批評したら作者に住所と本名を晒されたなど)。こういったケースについては法的措置がとられるべきですが、そうでもないケースに「プライバシーの侵害」や「誹謗中傷」を振りかざすのは全く望ましいことではありません。

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「人の気持ち」「マナー」「迷惑」は現代の「錦の御旗」である」への26件のフィードバック

  1. 初めまして、コメント失礼します。
    記事見させていただきましたが、ツイッターIDと名前を載せて晒すのは良くないと思います。
    特にツイッターのように誰でも見れる場所で起きたことを丸裸にすると、また別の場所(2chや別の方のツイッター)に晒される恐れがあります。
    記事を消すのが1番ですが、それが無理ならせめて名前とIDを消してAさんBさんと伏せることを推奨します。
    後、ツイッターならRTではなくお気に入り追加すれば文句言われないと思います。
    誰にでも見られてしまうRTをやめろってことなので、お気に入り追加なら許してくださるのではないでしょうか?
    長々とすみませんでした、失礼します。

    • > kado様
      初めまして。コメントありがとうございます。

      > ツイッターIDと名前を載せて晒すのは良くない
      とありますが、それはなぜでしょうか?

      > ツイッターのように誰でも見れる場所で起きたことを丸裸にする
      とおっしゃるように、Twitter(特に公開アカウント)は、「誰でも見れる」ものなわけですよね。
      「誰でも見れる」ものをトピックにブログ記事を書くことについて、どこに問題があるのか、私にはよく分かりません。

      > ツイッターならRTではなくお気に入り追加すれば文句言われないと思います。
      公式リツイートをするか、お気に入り登録をするかは、それをする人の意志に任されているわけですから自由ではないでしょうか。
      ツイート主が「お気に入り登録かリプライだけにしろ」という権利など全くないと思いますし。

      • 返信ありがとうございます。
        >ツイッターIDと名前を載せて晒すのは良くないとありますが、それはなぜでしょうか?
        前のコメントの後述通り、あまり自分の理論が正しいと思い続けながらこういった晒しをすると2chや別の方のツイッターに晒される恐れがあるからです。
        俗に言う「痛い人」と見なされ、恰好の餌になってしまいます。
        >「誰でも見れる」ものをトピックにブログ記事を書くことについて、どこに問題があるのか、私にはよく分かりません。
        別にそれ自体を書くことに問題はないのです。
        しかし現在は2名が非公開であるにも関わらず、文章だけならまだしも名前もIDまで載せたらプライバシーの侵害になります。
        現在貴方が行っている行為を簡単に例えると、不法侵入をして2名の家を荒らして盗難したことと同じです。
        不法侵入=他人の会話を見ては公式RT(本人が嫌がっているなら確定)
        荒らす=「やめてください」と言っているのにやめない、そしIDと名前を晒す
        盗難=非公開にしているにも関わらず文章を普通に晒される、相手主の合鍵を盗んだことと同じ
        ということになります。
        >公式リツイートをするか、お気に入り登録をするかは、それをする人の意志に任されているわけですから自由ではないでしょうか。
        本人から「公式RTはやめてください」という指摘があったのですから、「嫌な人は嫌なんだ」と受け止めるべきだと思います。
        皆が皆会話をRTされることを嫌がるとは思いませんが、非公式RTが嫌な人もいれば会話をRTされることが嫌な人もいます。
        ツイッターだから、公開だから何しても許されるという言い訳は「公共の場だから皆の前で嘔吐しても許してくれる」という考えと同じです。
        つまり上記に例えると、貴方は人前でわざと嘔吐した上に2名が「やめて」と言っているのにその嘔吐物を2名にかけて「人前で嘔吐してそれを人にかけるのは正しい」と言っていることになります。
        貴方も、「やめて」と言っているのに嘔吐をわざと自分の前でされてそれをかけられたら嫌になりませんか?
        汚い発言になってしまい申し訳ないですが、貴方がやったことはこれくらい問題があるのです。

        前コメより長文になってしまい、大変失礼しました。
        それでは。

    • > kado様
      返信ありがとうございます。

      > こういった晒しをすると2chや別の方のツイッターに晒される恐れがあるからです。
      > 俗に言う「痛い人」と見なされ、恰好の餌になってしまいます。
      実際にそういうことをする方がいらっしゃるのか分かりませんが、(犯罪行為に及ばない限りは)構わないのではないでしょうか?
      インターネットで活動する以上、どこかで話題にされ、槍玉に挙げられる可能性は常に秘めているのですから。

      > 現在貴方が行っている行為を簡単に例えると、不法侵入をして2名の家を荒らして盗難したことと同じです。
      詳しくは、以前私が書いた
      「無断リンクと非公式リツイートについて思うこと」
      をお読みいただきたいのですが、こういう不適切なメタファーって、議論を混乱させる元なんですよね。

      おっしゃる「不法侵入・家宅荒らし・盗難・プライバシー侵害」ですが、これは明確な犯罪行為です。
      一方、公式リツイートするのは犯罪でも何でもなく、Twitterが公式に認めている行為です。

      わずかな共通点だけを抽出して、
      ・他人の会話を公式リツイート=不法侵入
      ・荒らし=「やめてください」といわれているのにやめない
      という方向に持ってゆこうとされていますが、共通点がなさすぎるので成立しません。

      > 本人から「公式RTはやめてください」という指摘があったのですから、「嫌な人は嫌なんだ」と受け止めるべきだと思います。
      これについては、「「人の気持ち」「マナー」「迷惑」は現代の「錦の御旗」である」の記事をもう一度お読みいただきたいですね。
      私は
      「相手が嫌がっている→だからやめるべきだ」
      という論理を否定しているんですよ。
      なぜかというと、公式リツイートをされることが嫌な人がいるように、私も、公式リツイートを取り消すのが嫌だからです。

      どうして、
      「本人から「公式RTはやめてください」という指摘があったのですから、「嫌な人は嫌なんだ」と受け止めるべきだと思います」
      となるのに、
      「本人から「公式RTさせてください」という指摘があったのですから、「したい人はしたいんだ」と受け止めるべきだと思います」
      とならないのでしょうか? 私はとても不思議でなりません。

      > 「公共の場だから皆の前で嘔吐しても許してくれる」という考えと同じです
      これも上記と同じ、不適切なメタファーですね。公共の場で嘔吐するのは軽犯罪です。

      誤解されないように補足したいのですが、私は今回の件で犯罪など犯していませんし、マナー違反なこともしていないつもりです。
      非公式リツイートで悪意ある引用をしたわけでもなし、パクツイしたわけでもなし、鍵垢のツイートを晒したわけでもなし、公式リツイートしてフォロワーに攻撃させたわけでもなし。
      それなのに、「相手が嫌がっているから」という一点のみでマナー違反呼ばわりされるのは心外ですね。
      私の「嫌がっている」気持ちはどうして考慮されないのかと不思議に思います。

    • 返信ありがとうございます、
      >実際にそういうことをする方がいらっしゃるのか分かりませんが、(犯罪行為に及ばない限りは)構わないのではないでしょうか?
      >インターネットで活動する以上、どこかで話題にされ、槍玉に挙げられる可能性は常に秘めているのですから。
      晒されるだけならまだしも、これによって貴方のブログが荒らされても構わないのでしょうか?
      「馬鹿」とか「死ね」とか単純な暴言コメントや煽りコメントも来る恐れがあります。
      >詳しくは、以前私が書いた
      「無断リンクと非公式リツイートについて思うこと」
      をお読みいただきたいのですが、こういう不適切なメタファーって、議論を混乱させる元なんですよね。
      議論を混乱というよりは、貴方が意地を張り過ぎているのが原因だと思います。
      一応そちらの記事も目にしましたが、嫌がっているから理由にならないって相手の気持ちを完全に無視しているのですが自分のことは棚に上げても良いのでしょうか?
      貴方は、他人に何か悪いことされて何1つ嫌だと思う行動が一切ないのでしょうか?
      あの記事も、相手が本人の前で「キモい」「死ね」と言っていても悪いのは言われている側ということになりますが。
      本人の前でそういった悪口を言うのも犯罪行為です、これだけでも法律違反です。
      >一方、公式リツイートするのは犯罪でも何でもなく、Twitterが公式に認めている行為です。
      そうですね、でも鍵を設定した後にブログで晒しているので著作権法の違反プライバシーの侵害に当たります。
      鍵をする前にブログの記事を投稿したならともかく、鍵をした後では完全に引っかかりますね。
      >これについては、「「人の気持ち」「マナー」「迷惑」は現代の「錦の御旗」である」の記事をもう一度お読みいただきたいですね。
      >私は「相手が嫌がっている→だからやめるべきだ」という論理を否定しているんですよ。
      >なぜかというと、公式リツイートをされることが嫌な人がいるように、私も、公式リツイートを取り消すのが嫌だからです。
      RTは鍵垢ではしてはいけない、したら規約違反になるのと同じです。
      お2人方は貴方にRTされて不快だったから見られたくないとばかりに鍵を付けたんだと思います、つまり貴方はそれでもこのブログで鍵垢発言の引用を堂々としているので著作権法とプライバシーに引っかかる法律違反になるのです。
      相手の気持ちを全く考えないで自分の気持ちが1番正しいと思いこんでいたら、「感情のない人」と思われるのも当然だと思います。
      >どうして、「本人から「公式RTはやめてください」という指摘があったのですから、「嫌な人は嫌なんだ」と受け止めるべきだと思います」となるのに、
      >「本人から「公式RTさせてください」という指摘があったのですから、「したい人はしたいんだ」と受け止めるべきだと思います」とならないのでしょうか?
      >私はとても不思議でなりません。
      ではここで、貴方の趣味で例えましょう。
      ポケモンで貴方はお友達と対戦します、その内1人は待機している人です。
      対戦なのでポケモンの技とか持ち物はバレないようにしないとならない、しかし突然待機していたお友達が貴方が使用するポケモンと技、そして持ち物を堂々と口にしてしまいました。
      貴方が「やめてくれ」と言っても相手の方はやめようともしません。
      そして対戦相手が貴方の使用ポケモンと技、持ち物を知ったことで貴方は不利な状況に追い詰められます。
      どんなに怒ってもその待機している人はばらすことをやめることなく、寧ろヒートアップします。
      貴方はそれが原因で負けてしまいました、相手は完勝です。
      さて、このようなことをされても貴方は嫌と思わないのでしょうか?
      「自分は対戦しないから」でごまかすことは無効です、心の中でも言わない程嫌じゃないのであれば「したい人はしたいんだ」という考えも受け止めます。
      >これも上記と同じ、不適切なメタファーですね。公共の場で嘔吐するのは軽犯罪です。
      そうです、そして貴方は鍵を付けている方の文章を勝手に引用している著作権法の違反をしております。
      >誤解されないように補足したいのですが、私は今回の件で犯罪など犯していませんし、マナー違反なこともしていないつもりです。
      >非公式リツイートで悪意ある引用をしたわけでもなし、パクツイしたわけでもなし、鍵垢のツイートを晒したわけでもなし、公式リツイートしてフォロワーに攻撃させたわけでもなし。
      貴方はもう1度、法律やマナーを見直すべきではないでしょうか?
      上記の通り、鍵垢の方の呟きをブログへ勝手に引用することは著作権法とプライバシーに関わる法律違反です。
      貴方がブログ投稿する前に鍵を付けたのですから、晒しているのはお気づきになっていないのでしょうか?
      公式RTをやめろという拒否をしたにも関わらず貴方はお2人(特に帯.青磁さんに対して)攻撃し続けました、自分自身のことしか考えていない発言ばかり押しつけたのです。
      上記の自覚がないというのであれば、せめてお2人に謝るべきだと思います。
      ちなみに私は1人の方と知り合いです、その方は「法的手段も考えている」と述べていたので問題にならない内に早くこの記事を削除して公式RTも削除した方が良いと思います。
      私も好きでこのようなコメントをしたくないのです、貴方が警察沙汰になるようなことが起きてほしくないのでコメントをさせていただきます。
      ここで振り返って反省しないのであれば、貴方は本当に処罰を下されてしまうでしょう。
      最後の警告です、警察沙汰になる前に記事を削除し(せめて名前とIDを消して文章をややぼかす)公式RTも消してお2人に謝罪するべきだと思います。

      私からのコメントは以上です、削除する際はコメントを返さなくて構いません。
      それでは、長々と失礼しました。

      • > kado様
        再度返信ありがとうございます。

        > 晒されるだけならまだしも、これによって貴方のブログが荒らされても構わないのでしょうか?
        低レベルな荒らしであれば放置・規制するでしょうが、悪質なものであれば犯罪行為に該当するので、何かしらの処置を施すかもしれませんね。

        > 嫌がっているから理由にならないって相手の気持ちを完全に無視しているのですが自分のことは棚に上げても良いのでしょうか?
        「相手の気持ちを完全に無視している」のはお互い様であって、それは全く理由にならない、と私は再三説明しているのですが、それについてはいかがお考えですか?
        「貴方が意地を張り過ぎている」という言葉から、kado様は「流星群が公式リツイートを取り消せば済む話ではないか」と考えておられるのではないか、と邪推します。
        それに対しては、「お二方が公式リツイートを認めれば済む話ではないか」という論理が成立してしまうんですよ。
        両者の意見は相殺してしまうので無意味です。

        > 本人の前でそういった悪口を言うのも犯罪行為です、これだけでも法律違反です。
        私がお二方に対して、どのような「悪口」をいったのか教えていただきたいのですが……。
        批判をするだけで誹謗中傷扱いになるんでしょうか?

        あと、どうも誤解されているようですが、私は相手の気持ちなどどうでもいいと書いたことは一度もありませんよ。
        それは認めるものの、それだけでは理由にならない、といっただけです。

        > 著作権法の違反プライバシーの侵害に当たります
        著作権法違反というのはどういうことでしょうか?
        引用については、引用のルールに準拠する限りは、本人に無断で行っても構わないものですよ。

        あと、プライバシー情報って、それなりに条件がきちんと定められているのであって、非公開情報であれば全部プライバシー情報に該当するわけではないですよ。
        https://support.twitter.com/articles/241922-
        http://www.huffingtonpost.jp/2013/07/05/c_ute_n_3553098.html
        http://www5a.biglobe.ne.jp/~kaisunao/seminar/804privacy_and_arts.htm
        今回の件については、機密情報や私生活を特定される情報ではありませんので、構成要件を満たすかどうかは怪しいと思います。
        ただ、お二方が公開を望んでいないのは確かかもしれませんが。

        > このようなことをされても貴方は嫌と思わないのでしょうか?
        繰り返しますが、私は嫌だと思うこと自体は否定していません。だから、嫌だと思うでしょうね。
        ただ、そういうことをしたい人もいるのでしょうし、「嫌だからやめろ」と訴えることはしないでしょう。
        対処法としては、その人のいないところに移動するとかでしょうか。

        > ちなみに私は1人の方と知り合いです
        それなら、こうしませんか?

        記事を削除するかは後で考えるとして、ID情報は削除して、名前については仮名に置き換えることにしましょう。
        IDや名前を伏せても、内容さえ伝われば、この記事の意図は伝わりますので。
        あと、この記事のコメントで名前が出てしまっていますが、これは管理者権限で仮名に置き換えることが可能です。

        その代わり、私とそのお二方(お一人でも構いませんが)で、話をする場を設けていただけないでしょうか。
        別に大げさな話ではなく、お二方に、私に対してメールを送ってくださるようお願いしていただければ結構です。

        私としても、このまま話が打ち切られた状態で終わるのは好ましくありませんし、お二方としても好ましくなかろうと思います。

        meteorite1932@gmail.com
        https://meteorite1932.wordpress.com/%E3%81%8A%E5%95%8F%E3%81%84%E5%90%88%E3%82%8F%E3%81%9B%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%A0/

        上記のメールからでも、メールフォームから送っていただくのでも結構です。

  2. お初にお目にかかります。

    読んでいて思いましたが
    リツイートを消してください、とお願いがきたのなら素直に消すべきだと思います。
    「不快という理由だけでは不十分」とは、あなた一体何様なのですか?リツイートされたご本人が不快で「やめてください」と意思表示しているのに、これ以上の理由はありませんよ。
    会話だろうとなんだろうと、リツイートするのは個人の自由でしょう。ですが、「やめてください」と言われたのなら素直に取り消せばいいではありませんか。
    あなたも、悪気があってリツイートしたわけではないでしょう、せっかくリツイートしたのに消してと言われて不快になったかもしれません。しかし元をたどればツイートを発したのは、あなたが紹介した2名ですよね、あなたがリツイートしたからといってその方々のツイートがあなたのものになるわけではありません。リツイートされて嬉しい人もいれば、それはリツイートしないでほしかったな…という方もいるでしょう。今回の方々は後者ですね。それも丁寧に「やめてほしい」と言っています。それを「リツイート取り消されて不快な人の気持ちも考えろ、という理屈が〜」などと屁理屈を言われては、この方々が気の毒です。ツイッターは確かに自由な場です。自由だから、犯罪ではないから、といって何をしてもいいわけではありませんよね?

    結局あなたは自分への迷惑ばかりを気にして、他人へかけている迷惑については放置していますね。
    あなたは自分が本当に迷惑だ、やめてほしいと思ったことを他人からされて、「迷惑です、やめてください」と訴えた時に、その他人から「私がやりたいのだからやめません。貴方の迷惑が私に迷惑です」と言われたらどうしますか?話が通じないと思いませんか?あなたならこれにどう対処します?

    「自分が迷惑に思うことは、他人がどう思おうが「迷惑」なのであり、自分が迷惑だないことは、人がどう思おうが「迷惑ではない」というレッテルを貼り付けている。これって、まさしく「人の気持ちがわからない」ということではないでしょうか。」まさに、あなたの事ですね。

    • > フー様
      初めまして。コメントありがとうございます。

      > リツイートされたご本人が不快で「やめてください」と意思表示しているのに、これ以上の理由はありませんよ。
      リツイートしたご本人が不快で「リツイートさせてください」と意思表示しているのに、これ以上の理由はありませんよ。
      ……といわれたら、どう反論されるでしょうか。

      記事にも書きましたが、私は、お二人が不快に思っていること自体は一切否定していません。
      しかし、その一方で、公式リツイートを取り消すことについて、私も不快に思うわけです。
      それなのに、どうしてお二人が不快に思う気持ちが優先され、私が不快に思う気持ちは無視されるのでしょうか?

      > 「やめてください」と言われたのなら素直に取り消せばいいではありませんか。
      「リツイートさせてください」と言われたのなら素直に認めればいいではありませんか。

      ……といわれたら、どう反論されますか?
      記事にも書きましたが、「やめてください」が成立するなら、「リツイートさせてください」も成立します。
      だから、感情を元にした議論は成立しないのだと私は述べているわけです。

      > 屁理屈を言われては、この方々が気の毒です
      では質問ですが、
      ・どのあたりが「屁理屈」なのか
      ・なぜ「不快だからリツイートをやめろ」が「屁理屈」でなくて、「不快だからリツイートさせろ」が「屁理屈」なのか
      ・なぜ「不快」という感情が「屁理屈」に優先されるべきなのか
      この三点について教えていただけますか。

      > 話が通じないと思いませんか?あなたならこれにどう対処します?
      犯罪行為であったり、私の権利を明らかに侵害するものでない限りは、無視するでしょうね。
      公式リツイートについても、よほど改竄した引用の仕方をしていない限りは、構わないと思います。

  3. ……といわれたら、どう反論されるでしょうか。ばかりですね。誘導したわけではありませんが。
    もちろん貴方の意思を無視したいのではありませんよ、お二人ばかり気にしてあなたを気持ちをぞんざいにしているつもりもありません。よかれと思ってした事を、迷惑だ。やめてくれ。といわれたら、理由はあれどそれは気持ちの良いものではないですからね。
    逆にどうしてそこまで上記のお二方の会話ツイートをリツイートしたままにしておきたいのかが気になります。何か利点でも?よければ教えてください(お二人は個人的会話なので不快だ、恥ずかしいなど申して取り消して欲しいようですが、あなたが取り消したくない理由はいまいち分からないので、取り消す理由がないなど、そういった理由でないものだとありがたいです)

    • > フー様
      返信ありがとうございます。

      > 逆にどうしてそこまで上記のお二方の会話ツイートをリツイートしたままにしておきたいのかが気になります
      気に入ったツイートだから公式リツイートしました、というのが理由ですね。

      私からすると、個人的会話だから公式リツイートしてほしくない、というお二方の気持ちが分からなかったりするんですよね。
      まあ、お二方からすれば私の気持ちが分からないのでしょうから、お互い様なのですが……。

  4. 返信ありがとうございます。

    なるほど、気に入ったツイートだったのですね。

    そうですね、個人的会話…誰にでも見えるツイートとはいえ、二人だけのおしゃべりだったから、全く知らないツイッターユーザーに見られるというのは抵抗があったのかもしれませんね。ブログ主さんは抵抗がなかった、むしろ好意だった。だから少しこじれたのですよね。

    ツイッターはいろんな方いるぶん、考え方の違いも色々あって、難しいですよね。そこがいいところでもあったりしますが…。

    • > フー様
      返信ありがとうございます。

      今回の議論について考えたことを、記事に加筆致しました。

      > ツイッターはいろんな方いるぶん、考え方の違いも色々あって、難しいですよね
      考え方の違いはあるのですが、決して議論の決着をつけられないわけではないんですよね。

      ただ、「人を傷つけるから」といった感情論に基づいて議論をすると、絶対に決着がつかなくなりますね。
      だから、私はなるべく感情論を排して、論理のみに基づいて議論をするようにしています。

      こういうことをしているから「感情がない」とか「人の気持ちが分からない」といった驚くべき批判を頂くわけですが。

  5. こんばんは

    ところで
    そのツイッターユーザーさん達の名前を匿名にしてあげませんか。
    Aさん(仮名)ですとか、Bさん(仮名)ですとか。IDもできれば伏せて…。
    その話し合いがあった時、ツイッターユーザーさん達は鍵がついてなかったようですが(フォロワー同士でなくとも会話ができていたということは)、今はお二方とも付けています。きっと今回の事もあって自粛をされているのではないでしょうか。
    「こういうことがあった、私はこう見解する」という内容を大切にして、名指しでこいつがこんな事を言っていた!!というような晒し上げはやめて、仮名にしてあげてください。この状態で記事が残ると、このお二方もやりづらいでしょうし、いくらあなたにも考えがあるとはいえ、この見せしめのようなやり方ではあなたの印象も悪くなりかねます。名指しやIDを載せるのはやめて、仮名もしくは匿名にしてあげてください。良識あるブログ主さんならわかってくださると信じています。

  6. 私も今回の記事の件に似たようなことを体験しているので、そのことを彷彿とさせる記事でした
    感情だけで裁判が成り立つ、感情だけで論破する
    そういった連中が増えてきた結果、当たり前の世の中なのかなって思います

    ツイッターのようなインターネットで RTされたくない話をするなら
    別でやれと 最初から鍵をすればいいのにとか思いましたね
    それに、流星群さんは 不快感を与えるようなことをしていないと思うし
    むしろ・・・その二人がおかしい 自分の意見を突き通すのに必死で一方通行
    支離滅裂なのはそっちだろうなぁと
    確かに相手が嫌に思ったら、やめるとか 色々個人個人の考えってあるんだろうけどなぁ・・・
    ただ、この記事を読んだら
    こういった考え方があるんだとかためになりました

    人の気持ちを考えること 記事の内容を見てよくよく思うと
    それは人に対して言えることじゃないとひしひしと感じました

    いい記事が豊富で これからも愛読したいと思いますので
    ブログにリンクを貼ろうと思います

    • > ろーず様
      コメントありがとうございます。

      > 感情だけで裁判が成り立つ、感情だけで論破する
      これは日本だけでなく各国そうかもしれませんが、「人が不快に思っている」という感情はとても強いですからね。

      > ブログにリンクを貼ろうと思います
      ありがとうございます。

  7. 【向こうの前提】
    理屈よりも感情を大切にして欲しい
    議論をするまでもないので、したくない
    【あなたの前提】
    感情よりも理屈を大切にして欲しい
    議論をしたい

    これでは平行線ですね。
    結果、議論を強制シャットダウンされてしまいました。
    感情と理屈、どちらを優先させるかについての議論になってしまったように思いますが、どちらも自分の意見が正しいと思い、前提を変えるつもりはなさそうなので、これはきっと永遠に決着がつかないでしょうね。

    騒がしい公園(Twitter)であなたは、聞こうと思えば誰でも聞こえる、会話を聞きました。その会話を耳にして気に入った貴方は、公園にいた周りの皆に「こんなことを言っている人がいたよ!」と、会話の内容をそのままスケッチブックに書いて手に持ち、発表して知らせた(リツイート)。それに対し2人は、確かに公共の場で会話はしていたけれど、あなたに聞かれているとは思わなかったし、公園の人達全員に聞かせるつもりはなかった。「盗み聞きをされた上に、許可なく勝手に発表をされてしまった!」と感じたのかもしれませんね。

    ここでその気持ちをそのまま貴方に説明をすればいいものを、「不快だからやめて欲しい」「言われなくてもわかるでしょう」と説明不足のまま、あたかもあなたを「人の気持ちがわからない冷血人間」とでも言いたげに「不快だからやめて欲しい」を繰り返します。

    「あなたがたが不快なことは分かった(否定しない)が、それを言ったら訳のわからないまま冷血人間扱いされた僕だって不快だから、お互い様じゃないか。誰でも聞こえる公園で会話していたのはあなたがただ。なぜあなたがたの会話を皆に教えてはいけないのか。マナーも、法律も、違反した覚えもないし、公園にはそのためのツール(スケッチブック)も用意してある。それを使うのは自由だろう?あなたが不快だからなんていう理由は理由にならない。僕だって不快だからだ。あなた方が嫌がろうと、僕はこのあなたがたの会話を掲げ続ける権利があるし、あなた方が鍵のかかった家(鍵垢)に移動した後も、あなたがたの名前入りの会話内容を書いたスケッチブックを掲げ続けるのをやめるつもりはないし、僕の家(ブログ)で全世界に向けてこのやりとりを発表する。だって、不快だなんてことは十分な理由にはならないから。それによってたとえ、鍵のかかった2人の家に誹謗中傷する者が行ったとして、それが何だと言うのか?僕はスケッチブックを掲げるのを絶対にやめないぞ!」

    事実はどうあれ、第三者からはこう見え、あなたの単なるワガママに見えてしまうのです。
    あなたにその自覚があろうがなかろうが、あなたは結果として「他人の【希望】(感情)を取るに足らないものとしてないがしろにし、自分の理屈や信念を貫き通すのに必死である人」ということになります。

    あなたにそのつもりがなくても、悪気がなくても、残念ながら、そうなのです。

    「理屈は感情よりも優先されるべきものだ」と思うあなたのような人がいれば、逆に考える人もいるわけです。
    そして両者とも「それは当然のことで、言わなくても分かるだろう、何故わからない?」と思っています。

    この場合、誰かに聞かれていると思わなかった会話をあなたに掲げられたことに驚き「そんなつもりではなかった、私達の個人的な会話を、全世界に晒すのをやめてくれ」と訴えたにも関わらず、やめてもらえなかった方が、状況的に考えれば「被害者」、やめろと言われても「僕だって不快なんだ、やめる理由がないからやめない」といつまでもやり続けている方が「加害者」に見えます。

    あなたは、「理屈は感情よりも優先させるべきだ」と思いながら、「不快だと言うならこっちだって不快だし説明不足だから説明してって言ってるのにしてくれないし暴言吐かれて意味わかんないし癪にさわるしヤダし」と、相手の感情よりも自分の感情(信念?)を優先させているように、「見えます」。

    あなたの思惑や、信念や、法律や、許されたルールがどうあれ、結果として、やっていることはそう見えますし、たぶん自覚はなくても、あなたに悪気はなくても、残念ながら見える通りなんだろうなと、私は思います。

  8. 向こうにも非はあるけれど
    発言者である本人達が嫌がってるという事実は、必要十分条件です。
    「たとえ被害者本人からの取り下げ要求でも、この私を説得しうるだけの論理的理由を提示して見せない限り、私は迷惑だとされた行為をやめる許可をしない。説明をせよ。尚、被害者の気持ちは一切考慮しないものとする。」という、そんな傲慢な理屈は通用しません。

    これらはあなたの希望です。
    希望の押し付けです。

    迷惑をこうむっている相手には特に説明責任はありません。

    あなたの希望は、他人の希望より優先されるべきと決まったわけではありません。

    • > こんにちは様
      初めまして。コメントありがとうございます。

      結果、議論を強制シャットダウンされてしまいました。

      これは記事に書かなかったのですが、実はあの後、コメント欄で投稿してくださったkado様を介して、お二方と話しあいをしておりました。実は「強制シャットダウン」の後の続きがあったのですね。
      お二方が執拗にリツイートを嫌がっていた背景などを私が知ることができましたし、お二方にも、私がここまで「論理」にこだわる理由も一応は伝わったようでした。
      まあ和解までは実現しませんでしたが、あのまま「わけも分からず議論が終わってしまった」よりは成果のある結果であったと思います。互いの意見がなぜ対立するかの理由が見えたのですから。

      騒がしい公園(Twitter)であなたは

      ご丁寧に長文のコメントを書いていただきましたが、どうもいくつかの誤解をされていると感じました。

      まず、「Twitter」を「公園」に譬えていらっしゃる時点で、大きな誤解をされているなと思います。こういう下手な比喩を使うから話がおかしくなるのです。
      「公園」で他人の会話を吹聴したのであれば、明らかに問題があります。おっしゃる通り「盗み聞き」であったり、「プライバシーの侵害」に該当すると考えられるからです。
      しかし、今回の事案はインターネット、しかもSNSの公開アカウントにおけるパブリックな会話です。したがって、全世界に発信されることが前提の会話であり、Twitter上でパブリックに会話する以上、誰かにリツイート・リプライされることを想定しているものと捉えられます。Twitterはそういう運用を想定していますし、利用規約にもそれが書かれているからです。

      無断リンク問題とも絡むことですが、他ページへのリンクやリツイートが闇雲に拒絶されてしまうと、WWWやTwitterの理念に反しますし利便性を損ねます。
      理念や利便性に優先されるほどの重大な人権侵害や犯罪行為でもない限り、リンクやリツイートを拒絶される理由は全くないと思います。

      事実はどうあれ、第三者からはこう見え、あなたの単なるワガママに見えてしまうのです。

      こんにちは様の意見要約は、どうして「ワガママ」に見えるのかの理由が全く書かれていませんが、どうしてそう「見え」るとおっしゃるのでしょうか?
      これは「第三者」の意見ではなく、こんにちは様自身の主観やバイアスの入ったご意見なのではないでしょうか?

      主観やバイアスが悪いといっているわけではないのです。それは入っても構わないものです。
      ただ、こんにちは様のご意見は、私の反論を封じるために「私がいっているのではなく、第三者的にそう見えるのだ。流星群がいくら正論をいおうとそれは覆らないのであり、私のせいではないのだ」と言い逃れをしているように見えます。
      こんにちは様の意見が多分に含まれているのに、なぜか執拗なほど「第三者」目線を強調されるのがとても不自然です。
      ご自身の意見をおっしゃるのでしたら、「私からはどうしても流星群がワガママに見える」と正直におっしゃればよろしいのに。

      そして両者とも「それは当然のことで、言わなくても分かるだろう、何故わからない?」と思っています。

      質問ですが、これは「第三者」の意見でしょうか? 私には、こんにちは様のご意見に思えますが……。
      「第三者」的に文章を読めば分かると思うのですが、私は「感情」にこだわっては議論が成立しない理由を可能な限り説明しているはずです。そして、話が「支離滅裂」だとおっしゃる先方に対し、議論の流れを確認したりも提案しています。
      これで私が「言わなくても分かるだろう」という姿勢を貫いているとおっしゃるのでしたら、どういう態度が「言わなくても分かるだろう」でない姿勢なのか教えていただきたいものです。
      「感情」を盾に「言わなくても分かるだろう」と一方的な議論をしてきたのは先方だと思うのですが、どう読むとそういう解釈が出てくるのでしょうか?

      発言者である本人達が嫌がってるという事実は、必要十分条件です。

      この文章の「必要十分条件」の意味が全く分からないのですが(数学的な「必要十分条件」を意味しているとは思えませんが)、どういう意味でしょうか?
      この意味が分からないため、後述の文章の意味もよく分かりません。

      ついでにいうと、「迷惑をこうむっている相手には特に説明責任はありません」と主張しうる根拠は何でしょうか?

  9. 「他人に公式リツイートされるのが嫌」
    「公式リツイートを消されるのが嫌」
    これらは自分が不快だから嫌だという意見が交錯しているので、両者の意見が相殺されるということでよろしいでしょうか?

    確かにこの意見自体は、相殺されていると思いました。勉強になります。しかし、事実状態はどうでしょうか?

    相手は既に公式リツイートされたことで不快感を感じています。また、この不快感はあなたの公式リツイートが消えない限り、相殺されないことでしょう。

    公式リツイートを消されれば、確かにあなたは不快に思うかもしれません。正確には「あなたも」ですが。

    しかし、実際には、あなたは公式リツイートを消さなかった。

    だから、相手は公的手段によりアカウントに鍵をかけ、あなたとの会話を終わらせた。

    お相手は「他人に公式リツイートされるのが嫌」とういう意見を、あなたの「途中で議論を終わらせられるのが嫌」という意見と相殺させた。これで初めて相殺と言えるのではないでしょうか?

    しかも、相手もツイッターの使い方を誤っている訳でもなく、法律を犯している訳でもありません。

    なのに、あなたは怒りを覚えた、これは理解に苦しみます。

    公式リツイートも鍵をかけることも何ら問題がないのに、なぜあなたは感情的にならなければならなかったのでしょうか。

    それこそ、自分の不快感には敏感で他人の不快感には鈍感なのではないでしょうか?

    私があなたの考え方なら、途中で話を切られるのも正当な手段でありしょうがないと、飲み込むかもしれません。話を切られたことで特別不利益を被ってもいないので。

    考え方が間違っていたらすみません、失礼しました。

  10. 初めまして。
    非常にためになるブログで感謝しております。
    特にボイストレーニングについての記事を拝読し、
    長年の疑問や違和感などが一気に晴れたようで、
    仕事中のほんの休憩のつもりがどっぷり読みふけってしまいました。
    たまたま間違って開いてしまった本記事ですが、
    気になったので感謝を込めてコメントさせてください。

    pipiさんのご意見は、感情論批判なのに自分が感情的になっており、
    その感情を自己肯定しているように見えたので、
    矛盾ではないかとご指摘しているのだと思います。
    ただ流星群さんは、感情を「感情だから」という理由のまま
    肯定しているわけではなく、理論的な説明をしているので、
    必ずしも矛盾しているとは言えないと思います。
    ですがこれは私の推測であるので、議論自体は
    ご本人のレスにお任せします。

    その他にも記事本文のみならずコメントされている方々も
    様々な観点があり、どれも興味深く、また落とし穴も多く、
    面白く拝見しました。

    私が感じたことは、流星群さんは目的がズレていたと
    回顧していますが、そもそも目的は「互いの妥協点を探る」、
    ということで全くズレていなかったと思います。
    ですが、このやりとりを「議論」と捉えていたことにズレがあります。
    「議論」の定義によりますが、議論で求められるのは論理です。
    流星群さんの記事内のご指摘やコメントは論理の上では正しいように
    見受けられます。また、私個人として100%主張に賛成の立場です。

    ですが、このやりとりは本来「お互いが妥協するためのコミニュケーション」
    であり、最初の状態でお互いの希望は以下のようになっています。
    流星群さん:リツイートを認めさせるor取り消すに足る理由を知る
    Sさん:リツイートを取り消させる
    妥協とはどちらかが折れること、もしくはどちらも折れることであり、
    折れるには納得することが不可欠です。
    納得させるためには、理屈面と感情面、両方のアプローチが
    有用であり、初めからその認識でいれば、お互いの不快感が
    より少なく、いずれかの結論に至ったように思います。

    記事中にも指摘されている、「感情論肯定派が現在は多数派」
    というのは、私見ですが、「感情抜きに理性的に話せる人は少数」
    ということとほぼ同義だと思っています。(同値ではないです)
    そして私も同じように認識しています。

    どちらがより良いスタンスかはさておき、
    重要なことはそういった大衆の存在を「与えられた条件・制約」
    として捉え、その前提の上で、自分の希望をどれだけ満たせるか、
    ということだと思っています。その考えから今回の件を
    敢えてばっさり結論付けるなら「説得術不足」ということでしょう。

    批判に感じられるかもしれませんが、私の意図は
    「こう考えてみてはどうですか?」という提案です。
    この捉え方自体が間違っている可能性もありますが、
    そう捉えることによるメリットは非常に大きいと個人的に感じ、
    私も未熟ながら精進に努めています。

    思いの外長文になってしまい失礼しました。
    非常に示唆深い議論のため、反論や再反論まで
    深めていきたいのですが、時間的な制約があり、
    無責任ながら活発な議論が保証できません。
    努力は致します。何卒ご容赦下さい。

    • 一つ補足させてください。
      「説得術不足」と評価したのは、
      「今回の件、つまりSさんその他と妥協できなかった件」であり、
      記事中に書かれている、「感情論は暴論だ」という主張に
      反論するものではありません。
      また、今回の件や類似案件を「説得術」だけで乗り切ってしまうことは、
      感情論を認めることに繋がるのでは、という危惧があるとすれば、
      それは私も同感です。
      ただ、それは逆に言うと、このように論理に徹した議論をしても、
      理解の得られない現状を鑑みるに、どちらのスタンスも危険を
      孕んでおり、「どうすれば感情論を排斥できるか」という点に絞って
      検討する必要があると思っています。

  11. そもそもこれって、利益ある話かな。
    他人と議論しても人は変わらないってことはわかりきったことでしょう。こんなことに時間費やすくらいなら自分の趣味・好きなことに、貴重な時間使うべきだと思います。それが趣味なら話は別ですが…
    議論でどんなに論理的にやっても不毛な結果しか残らないなら、相手の気持ちになってすすめたほうがいいのではないですか?

    以上はあくまで私個人の意見であり、論理に徹したいかなる理由によっても覆るものではありません。

  12. 『「リア充」という概念のおかしさ』の方でもコメントさせて頂きたきました、マムルチキンです。
    私は理論の上では流星群さんの意見を肯定しているのですが、まだどこかで引っかかっているのか認めたくない感情もあり流星群さんの様に人前でこの意見を主張しようとまではいかない状態です。今後、この理論と向き合っていく上で流星群さんの意見をもう少し聞いて参考にしたいと思いました。下の4つの質問に答えて頂きたいです。
    【1つ目】
    もし今回のS氏の立場の者がリツイートされたくない内容をツイートしたい場合は、どのような対処法を取るべきだと考えていらっしゃいますか(流星群さんの意見からすると恐らく、ツイッターでするべきではない、という事でしょうが)。
    【2つ目】
    流星群さんの前にある人間(以下X)が現れ「お前を殺したい」と言いました。このXは罪を犯しても法で問われない場合、流星群さんはどうされますか(稚拙な設定ですみません。要するに「究極的な状況での場合」ということです)?
    【3つ目】
    【2つ目】の状況で流星群さんの立場が私であった時、反射的ににと取っ組みあってXを殺してしまった時、責任を取るべきでしょうか?また責任を取る場合、どのようにすべきでしょうか?
    【4つ目】
    未成年者などの個人情報を公共の場所で公開することの影響(利点、危険性引っくるめて)の概念がない者がバラバラに公開した個人情報を、別の人間が集めて、多くの人の目に移りやすい場所にまとめて公表するような行為は問題ないでしょうか(実際に某界隈で問題視されている事例です)。

  13. 流星群さんと近いような状況にあったなぁってときに
    検索したら ちょうど流星群さんのこの記事へたどり着いていた
    久しぶりにこの記事をよんだら、いろいろと考え方が改まった気がしてきた・・・。

    本人が不快に思うから~っていうのは本当に理由になりませんよね
    不快になるその理由があっての理由ですが
    嫌いなものは嫌いであり 不快なものはどうあっても深い
    理由なんてあるようでないのかもしれません・・・
    そういう部分は今現在理由(言いがかり)をつけて批判をする話をふと思い出します

  14. 面白いですね。
    不快だからやめて欲しい、という言い方は、議論にならなくてもいくらでも起こりうる感情ですよね。
    議論にならないけれど自分の感情が治まらない、
    それならこの場合、そもそもRTされることがあるTwitter上でRTされたくない発言をした自分に非があったのだと、流星群さんを責める前にその点をお詫びした上でお願いすべきですよね。

    他人に迷惑をかけるな、という錦の御旗が善悪の基準を曖昧にし、無責任な言動が正当化されますね。迷惑だと言われれば相手の言う通りにすべきだというコメントもありましたが、それでは言論の自由はどう護られるのでしょうか。

    RTにこだわりがなければ、見も知らぬ他人が不快と言っているのがめんどうになって消す人もいるでしょうが、こだわりがある場合は消したくないでしょう。そもそも公開されているIDは個人情報ではないし、こういったブログに書くことは悪いことと思いません。そのためのIDでしょう。

    個人情報まで公開されるなど実害があった場合は権利者の申し出により消されます。
    いちいちそういったことを気にされるならば、公開される場に発言しないことですよね。これはコメントされていた方へふと思ったことですが。
    なんにしても、公開された場に発言している責任感というものが、希薄すぎるんでしょうね。甘いんですよ。流星群さんみたいな人に詰められたら私も嫌ですが、ここは流星群さんが正しいと思いますよ。

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