歌手の「チェストボイス」「ミドルボイス」「ヘッドボイス」比較━━ボイストレーニング論その七

ボイストレーニング論第七回です。前々回前回で「声区」に関する説明をしました。今回は、今までの話を、音源を挙げつつ説明します。

音源を大量に掲載していますので、ページの読みこみが遅くなると思われます。少しお待ちください。なお、動画は外部サイト(YouTubeやニコニコ動画)にアップロードされたものを掲載しているため、動画が削除されると視聴できなくなります。定期的に削除確認や動画差し替えは行っていますが、もし視聴できない動画がありましたらご報告いただけますと幸いです。

※ボイストレーニング論は全十五回です。「裏声を練習すればミドルボイスが身につく?」「ミドルボイスって地声? 裏声?」「ミドルボイスの音源が聞きたい」そんな方はぜひお読みください(全記事一覧は、カテゴリ「ボイストレーニング」か、記事「ボイストレーニング論」参照)。

※当ボイストレーニング論では「地声」「裏声」×「チェストボイス」「ミドルボイス」「ヘッドボイス」の2×3=6「声区」論を提唱しており、それを前提に論を展開しています。詳しくは第三回第四回第五回をご覧ください。

目次

歌手の声を聞く

前々回で、人間の声は、以下の表のように分類できると述べました。

振動箇所/振動箇所の長さ 声帯全体が振動 声帯の多くが振動(一部が削減) 声帯の一部が振動(多くが削減)
声唇・声帯靭帯が振動 チェストボイス(地声) ミドルボイス(地声) ヘッドボイス(地声)
声帯靭帯のみが振動 チェストボイス(裏声) ミドルボイス(裏声) ヘッドボイス(裏声)

しかし、こんな表を見ても、いまいちピンと来ないに違いない。そこで、今回は具体的に音源を挙げながら、「チェストボイス(地声)」とは、「ミドルボイス(地声)」「ヘッドボイス(裏声)」とはどういうものか、逐一説明してゆこうと思います。

動画の何分何秒から「チェストボイス(地声)」、というように、具体的に説明しますので、音源を聞きながら、「地声」や「裏声」、あるいは「ミドルボイス」や「ヘッドボイス」について学んでいただければ幸いです。

なお、書かれた時間の箇所だけ音源を聞いても構わないのですが、時間の余裕があるときなどに、ぜひ音源を0:00から最後まで、通しで聞いてみてください。ボイストレーニングのために音源を聞くのもよいのですが、音楽は何より、楽しむために聞くのが第一ですから。

チェストボイス(地声)の音源

「チェストボイス(地声)」は、声帯が最も弛緩している状態で発声される声であり、最も低い声域です。多くの男性のふだんの話し声はこれに属します。女性の場合、人前では「裏声」で喋っている人もいるでしょうが、誰もいないときの低い声などはこれでしょう。

まず、男声の「チェストボイス(地声)」からご紹介しましょう。「ジュリー」こと沢田研二の「時の過ぎゆくままに」をお聞きください。

この曲は沢田研二の曲の中では声域が低めで、ほとんどを「チェストボイス(地声)」が占めます。特に、0:22「生きてることさえ」、0:37「片手でひいては」、1:11「からだ合わせる」あたりは、「チェストボイス(地声)」特有の倍音豊かな低音です。ちなみに、0:47「時の過ぎゆくままに」の「ままに」あたりは、「チェストボイス(地声)」ではなく「ミドルボイス(地声)」です。

他の例を挙げると、

なども「チェストボイス(地声)」です。

ポップス以外で、オペラ歌手の歌も挙げておきましょう。バス歌手であるイヴァン・レブロフの「Im tiefen Keller」です。

0:03・0:17・0:25・0:42・2:26の響き渡る低音は、巨漢のバス歌手ならではです。2:06の美しい「裏声」や、2:13の力強い「ミドルボイス(地声)」もお聞きください。

女性で「チェストボイス(地声)」を美しく出せる女性歌手は、昔は美空ひばり・山口百恵・中森明菜・岩崎宏美などたくさんいました。女性で低音を綺麗に出せる人は最近では少なくなりましたので、貴重な存在です。

ここでは、ちあきなおみ「紅い花」をご紹介します。

海外の女性歌手だと、カーペンターズのカレンなどは美しい「チェストボイス(地声)」でした(「イエスタデイ・ワンス・モア(Yesterday Once More)」など)。

オペラの場合、女声はほとんど高音に偏っているので、「チェストボイス(地声)」を聞かせる女声の曲がほとんどありませんが、皆無ではありません。ジェシー・ノーマンが歌うシューベルト「魔王(Erlkönig)」では、一部「チェストボイス(地声)」が使われています。

ほとんどが「ミドルボイス(裏声)」ですが、3:20「Gewalt」や3:32「getan」、3:36「Dem Vater grausets’」、4:05「war tot」だけは「チェストボイス(地声)」です(別音源の3:07「Gewalt」、3:20「Dem Vater grauset’s」も同様)。

ジェシー・ノーマンに限らず、「Gewalt」や「Dem Vater grausets’」は「チェストボイス(地声)」で歌う歌手が多いようなので(シュヴァルツコップの歌う「魔王」など)、色々聞き比べてみるとよいでしょう。

個人差がありますが、「チェストボイス(地声)」の声域は、以下のようになっているといわれます(注1)。

男声
最低音~F4(mid2E)
女声
最低音~A4(hiA)

もちろん、声が高めで、mid2Fあたりに換声点のある男性もいますし、逆に声が低めで、mid2Gで「チェストボイス(地声)」が苦しくなる女性もいます。これは人によるとしかいいようがありません。

「チェストボイス(地声)」の最大の特徴は、低音であるために、倍音を豊かに含むことです。また、声帯にさほど張力がかかっていないため、息漏れをさせてウィスパーぎみにしたり、声を掠れさせたりと、歌い方に自由が利くのも特徴です。

ちなみに、「ジャパネットたかた」の高田明社長や「さかなクン」の話し声が「ミドルボイス(地声)」といわれることがありますが、彼らは「ミドルボイス(地声)」ではなく「チェストボイス(地声)」の高音ではないかと私は考えています。理由は、彼らの話し声はmid2E付近の音程であることが多く、このあたりなら「地声」の高い人は「チェストボイス(地声)」で出せること、mid2F以上の音程になると声が裏返りぎみになることなどです。

チェストボイス(地声)張り上げの音源

高音になればなるほど、「チェストボイス(地声)」で発声するのは厳しくなるので、「ミドルボイス(地声)」に切り替える必要があります(無意識に切り替えている歌手もいますが)。

しかし、「ミドルボイス(地声)」が上手く出せない場合、「チェストボイス(地声)」を張り上げて高音を歌ってしまうことがあります。

1987年の有明コロシアムで行われた尾崎豊の「僕が僕であるために」のライブです。最初の低音は「チェストボイス(地声)」で問題なく歌っていますが、1:15「僕が僕であるために」以降はがなり声になっています。「チェストボイス(地声)」では厳しい音域を、「チェストボイス(地声)」で無理やり歌うと、こうなりがちです。

ちなみに、リハーサル音源の1:12「僕が僕であるために」以降も少し張り上げぎみなのですが、上のライブに比べると、「ミドルボイス(地声)」が綺麗に発声できています。

チェストボイス(裏声)の音源

「チェストボイス(裏声)」とは、簡単にいえば、「地声」で出しうる低音を、「裏声」で発声するということです。

こういう発声は、理論的には可能なのですが、ほとんどメリットがないため、実際の歌で使われることはほとんどないと思います。理由は以下の通りです。

第一に、「裏声」で発声するメリットがないこと。「裏声」の魅力とは、「地声」に比べてのか細さや倍音の少なさ、息漏れによる繊細さにあるのですが、それをやりたければ、「チェストボイス(地声)」でウィスパーボイスを出したほうが効果的です。

第二に、声色が綺麗になりにくいことです。「裏声」を発声するためには、「地声」に比べ、声帯に張力をかけて、声帯に張りを持たせる必要があります。ところが、ほとんど張りの出ない低音でこれをやると、声量は小さくなるし、声色は籠って聞き取りづらくなるし、いいところなしです。

このような理由から、「チェストボイス(裏声)」はほとんど使われませんし、音源も見つかりません。もしかしたら私の調査不足かもしれないので、「チェストボイス(裏声)」を使った楽曲を発見できた方は教えてください。

ミドルボイス(地声)の音源

ミドルボイスとは、声唇と声帯靭帯を振動させた状態で高音を出すこと、簡単にいえば「地声」の高音です。

よほどの低音の楽曲でない限り、「ミドルボイス(地声)」はほぼすべての曲で使われているといっても過言ではありません。それだけに、音源も大量にあるのですが、ここではいくつかご紹介します。

まずは男声で、レミオロメン「粉雪」です。A・Bメロはほぼ「チェストボイス(地声)」ですが、2:01「虚しいだけ」と、2:07「粉雪」以降は「ミドルボイス(地声)」で歌われています。低音の「チェストボイス(地声)」の箇所に比べると倍音が少ないものの、「地声」であることに変わりはありません。ちなみに、5:12「かえすから」は「ミドルボイス(裏声)」ですね。

もう一つ例を挙げておきましょう。平井堅「瞳をとじて」です。

平井堅といえば、「裏声」のような声を使いこなす人ですが、「ミドルボイス(地声)」で歌っていることがはっきり分かる箇所があります。

  • 3:50「過ぎ去ろうとしても」の「も」
  • 4:52「色を変えようとも」の「も」
  • 5:21「君がくれたから」の「ら」

の三箇所です。この三箇所だけ力を入れて声を出していますが、ふだんの「裏声」らしい息漏れがほとんどなく、「地声」に近い声色となっています。

少し趣向を変えて、シューベルトの歌曲「水の上で歌う(Auf dem Wasser zu singen)」。舞台「マグダラなマリア」で、マリア役の湯澤幸一郎が歌ったものです(なお、ドイツ語字幕のあるニコニコ動画のほうが分かりやすいかもしれません)。

  • 0:24「Gleitet, wie Schwaene, der wankende Kahn:」の「ne, der」「wankende Kahn」
  • 0:29「Ach, auf der Freunde」
  • 0:31「schimmernden Wellen」とそれ以降

が、低音部に比べて声色が違うのが分かるかと思います(表現しにくいのですが、少し倍音が少なめ、声質が軽めという感じです)。これも「ミドルボイス(地声)」の一種です。ちなみに、オペラ歌手のイアン・ボストリッジ(Ian Bostridge)バーバラ・ボニー(Barbara Bonney)が歌った音源もあります。

女声の音源だと、例えば岩崎宏美「聖母たちのララバイ」です。

前半は低音の「チェストボイス(地声)」で始まりますが、0:17「体を」、0:44「母になって」あたりで「ミドルボイス(地声)」で出てきて、1:33以降はほとんどが「ミドルボイス(地声)」ですね(なお、後年のライブでは1:37・2:54・3:09・3:16で「ミドルボイス(裏声)」で歌っています)。

ただ、女声の場合、「チェストボイス(地声)」と「ミドルボイス(地声)」の声色が似ていることもあって、どこが境界なのかを見極めるのは困難です。基本的には、B4(hiB)より上の声域が「地声」っぽく聞こえる場合、「ミドルボイス(地声)」と見てよいでしょう。

このように、「ミドルボイス(地声)」には

  • 声帯の声唇と声帯靭帯が両方振動するため、振動の形態は「チェストボイス(地声)」と同じ。なので「地声」に聞こえる。
  • 「チェストボイス(地声)」に比べると、張力や声帯削減が働くので、倍音が弱め、基本波が強めになる。

といった特徴があります。倍音が弱くなるのは「ミドルボイス(裏声)」と同じですが、あくまで「地声」に聞こえるのが大きな違いです。

ただ、「ミドルボイス(地声)」はこれだけではありません。歌手によって声がまるで違うのと同様に、「ミドルボイス(地声)」の種類も、歌手によって大きく違うのです(注2)。

同じく「ミドルボイス(地声)」なのですが、少し毛色の違うものを挙げます。動画の1:05から歌が始まります(歌詞が英語なので、歌詞を見ると分かりやすいかもしれません)。

ジョー山中「人間の証明」です。森村誠一の推理小説『人間の証明』を原作とした角川映画「人間の証明」の主題歌です。

感覚的なものなので表現しにくいのですが、2:04「Suddenly」、2:17「yeh」などの高音部がキンキン響く感じがしないでしょうか。藤巻や平井の「ミドルボイス(地声)」はそこまでキンキンの声色ではないのですが、こちらはかなりキンキンした声色を帯びています。

これと似た例をもう一つ挙げましょう。

【ニコニコ動画】ハローの涙 田中昌之

元「クリスタルキング」・田中昌之の「ハローの涙」という曲です。クリスタルキング時代の「大都会」や「愛をとりもどせ」が有名ですが、脱退後はこんな曲を歌っていました。

1:05「車停めたあの時も」の「も」、1:12「海風の街で出会い」など、ジョー山中と同じキンキンした響きが聞き取れると思います。あとで説明しますが、田中はキンキンした「ヘッドボイス(地声)」が得意であった人です。

かなり大雑把な区分ですが、「ミドルボイス(地声)」は、

  1. 「チェストボイス(地声)」に近い声色を持った「ミドルボイス(地声)」
  2. 「ヘッドボイス(地声)」に近い声色を持った「ミドルボイス(地声)」

の二つに分けることができます。藤巻や平井などは1番、ジョー山中や田中は2番に属します。

追記: 「チェストボイス(地声)」寄りか「ヘッドボイス(地声)」寄りかは、「地声成分」が多いか「裏声成分」が多いか、ともいわれます。厳密にいうと、「ミドルボイス(地声)」の基本波成分と倍音成分のバランスによるものです。詳しくは、第十四回をお読みください。

なぜ歌手によってこうした違いが生じるのかは、詳しくは不明です。私見では、声帯を伸展・削減する際の声帯の厚みが関係していると思われます。

第四回でも説明しましたが、声帯が高音を出す場合、声帯伸展以外にも声帯の厚みの変化が考えられます。伸展についてはどの歌手も大きな違いは生じないと思われるので、厚みの変化の度合いが「ミドルボイス(地声)」「ヘッドボイス(地声)」に違いをもたらしているのではないでしょうか。

例えば、藤巻のような歌手は、「ミドルボイス(地声)」を出しているときも、声帯はさほど薄くなっていないと思われます。「チェストボイス(地声)」ほどではありませんが声帯に厚みがあるので、倍音が多く「チェストボイス(地声)」寄りになります。

一方、田中やジョー山中のような歌手は、「ミドルボイス(地声)」の時点で声帯が薄くなり始めています。これによって倍音が減り、基本波の多い「ヘッドボイス(地声)」的な「ミドルボイス(地声)」になっていると考えられます。

これだけだと、倍音の多い「チェストボイス(地声)」寄りのほうが得ではないかと思われるかもしれませんが、そうでもありません。「チェストボイス(地声)」寄りの「ミドルボイス(地声)」は声帯が厚いわけですが、いいかえると、声帯を薄くしない分高音の伸びに限界があるのです。一方、「ヘッドボイス(地声)」寄りの「ミドルボイス(地声)」は声帯を薄くする分、高音が伸びやすくなります。

例外はたくさんありますが、一般的に、低音・中音域を主に使う歌謡曲などの歌手は「チェストボイス」寄りが多く、中音域や高音域を使うHR/HMの歌手は「ヘッドボイス」寄りが多くなります。「チェストボイス(地声)」の声でハイトーンを歌うHR/HMの歌手もいますが(グラハム・ボネットなど)、稀少な存在です。

「ヘッドボイス(地声)」寄りの「ミドルボイス(地声)」はハイトーン向きの声ですが、低音が出し辛くなるという欠点もあります。

Janne Da Arcというバンドが「愛をとりもどせ」をカバーしたものです。ムッシュ吉崎のパートも田中昌之のパートも、yasuが一人で歌っています。「ヘッドボイス(地声)」寄りの「ミドルボイス(地声)」を出しているので、田中の高音パートはかなり上手ですが、ムッシュの低音パートが歌いづらくなっています。

あと、田中昌之が珍しく「チェストボイス(地声)」を使って歌っている曲として、「サマーシェイド」を挙げておきます。

最初はウィスパーぎみの「チェストボイス(地声)」ですが、0:33や0:40から「ミドルボイス(地声)」に移行し始め、0:49はほとんど「ミドルボイス(地声)」に移行しています。そして、「チェストボイス(地声)」に比べて、「ミドルボイス(地声)」が実によく響いているのもお分かりかと思います。

田中も低音が得意なタイプではありませんし、クリスタルキング時代は、低音をほとんどムッシュに任せていたので、「ヘッドボイス(地声)」寄りの「ミドルボイス(地声)」で十分に歌えていたのでしょう。ですから、ソロで低音も高音も歌わされると、高音はよく出せるのですが、低音が厳しいのです。

ミドルボイス(地声)張り上げの音源

「ミドルボイス(地声)」では出しづらい高音域になった場合、「ヘッドボイス(地声or裏声)」で出すのが普通ですが、あえて「ミドルボイス(地声)」を張り上げて歌うことがあります。「ヘッドボイス(裏声)」ではなく「地声」で出したいとか、シャウトしている感じを出したいとかいう理由です。

これについては分かりやすい音源があります。2009年に、X JAPANのToshIが「君が代」を歌った動画です。

0:27で既に声が裏返りぎみ、0:30で張り上げぎみです。「ミドルボイス(地声)」では無理があるので、「ヘッドボイス(地声」に切り替えればよかったのですが、ToshIはそのままの勢いで、0:38や0:53で、「ミドルボイス(地声)」のまま張り上げて歌っています。

後で説明しますが、X-JAPANのToshIは、やたらと鋭く、荒々しい「ヘッドボイス(地声)」を出す人です。(ジョー山中や田中のような)響きが強くてキンキンするというタイプではなく、掠れぎみ・シャウトぎみの高音を出すタイプです。

私の推測ですが、Toshiは、いつもの荒々しい声(つまり「ヘッドボイス(地声)」)で「君が代」を歌うのは曲調にあわないと思い、「ミドルボイス(地声)」で歌いきろうと考えたのではないでしょうか。ところが、「ミドルボイス(地声)」では高音が出せず、このようなシャウトした歌い方になりました(
ちなみに、2008年に松崎しげるが歌った「君が代」は、ToshIのような張り上げはほとんどありませんでした。)。

ちなみに、似たことをエアロスミスのスティーヴン・タイラーがやっています。2012年にアメリカ国歌「星条旗(The Star-Spangled Banner)」を歌ったときのことです。

最初は普通に歌っていたのに、0:50や1:28でシャウトしてしまっています。この歌い方はずいぶん非難を浴びたそうです。

これが張り上げなのか、意図的なシャウトなのかは微妙ですが、恐らく両方でしょう。タイラーは、これよりも遥かに高い高音を出せる人ではありますが、やたら声を張り上げたりシャウトする癖のある人でもあるからです。

もう一つ、ToshIほどではありませんが、分かりやすい「張り上げ」の音源を挙げます。声優の白石稔と今野宏美がカバーした「愛をとりもどせ」です。今野がムッシュの低音パート、白石が田中の高音パートです。

0:13「YouはShock」を聞くと、白石は「ミドルボイス(地声)」自体は綺麗に出せるようです。ところが1:05以降になると、「ミドルボイス(地声)」では厳しいB4(hiB)やC5(hiC)が出てくるので、「ミドルボイス(地声)」を張り上げて歌っています。

ミドルボイス(裏声)の音源

「ミドルボイス(裏声)」というのは、多くの人がイメージする「裏声」のことです。我々が出す「裏声」も、大体これです。

  1. 芯のない「裏声」(ピュア・ファルセット)
  2. 芯のある「裏声」(コーディネート・ファルセット)

「裏声」には、上の二種類が存在するといわれます。ただ、これはかなり大雑把な分類なので、あくまでそういうイメージだと思ったほうがよいでしょう。

芯のない「裏声」は、声帯から息がたくさん漏れている声です。例えば、以下のようなもの。

第二回でも挙げましたが、石川さゆり「津軽海峡冬景色」です。1:04「ああ」の二つ目の「あ」が、芯のない「裏声」に該当します。

森山直太郎「さくら」は、冒頭の0:15「きっと待ってる」の「と待ってる」をはじめとして、ところどころに「ミドルボイス(裏声)」が出てきます。ゆず「飛べない鳥」は、0:42「歌声」の「え」とか、1:16「貰った」の「ら」とかが「ミドルボイス(裏声)」ですね。

森山直太郎も「ゆず」の岩沢厚治も、「ミドルボイス(地声)」を綺麗に出せる歌手ですが、高音になると「ミドルボイス(裏声)」になる傾向があります。

女性の曲だと、「裏声」が効果的に使われているものが色々あります。例えば、カルメン・マキ「時には母のない子のように」。3:35以降の「ミドルボイス(裏声)」によるハミングは美しいの一言です。

誤解のないように補足しますが、「芯のない」というのは、「芯のある」ものに比べて相対的に、という意味です。芯のない「裏声」だから歌声としては不適切だ、という意味ではありません。

ただ、芯がなく、歌声として問題のある「裏声」というものも存在します。今まで良い例ばかり挙げてきたので、いくつか悪い例を挙げておきましょう。賛否両論ある、Mr.Childrenがカバーした「ボヘミアン・ラプソディ(Bohemian Rhapsody)」です。

【ニコニコ動画】桜井和寿 – Bohemian Rhapsody

1:03や4:00の「ミドルボイス(地声)」は割とよいのですが、0:53や1:52の「ミドルボイス(裏声)」についてはひどいといわざるをえません。本家クイーンのフレディ・マーキュリーが「ミドルボイス(裏声)」も自由自在に使いこなしていたのに比べると、雲泥の差ですね。フレディと比べるのは酷ともいえますが……。

もう一つ悪い例を出すと、元クリスタルキングのムッシュ吉崎がソロで歌った「愛をとりもどせ!」です。00:13・00:36・1:02などの高音パートを「ミドルボイス(裏声)」で歌っていますが、聞くに堪えません。

芯のある「裏声」は、例えばスタイリスティックス「愛がすべて(Can’t Give You Anything)」などです。

ほぼ全編「ミドルボイス(裏声)」で歌われる曲ですが、今までの曲に比べると、息漏れが少なめで、芯があるように感じられるのが分かるでしょうか。

オペラのカウンターテナーや女声は「裏声」を駆使して歌いますが、これも「芯のある裏声」に属します。「ベル・カント唱法」においては、「芯のない裏声」はほとんど使われないでしょう。

コワルスキというカウンターテナーの歌です。本人は「カウンターテナー」と呼ばれることを好まず、「男声アルト」と自称しているそうですが、確かに女声にも聞こえる美しい歌声です。音域的には「ミドルボイス(裏声)」ですが、もっと高い「ヘッドボイス(裏声)」も出せると思われます。

歌手ではありませんが、芯のある「ミドルボイス(裏声)」を出せる人といえば、「安田大サーカス」のクロちゃんなどもそうですね。お笑いコンビ「チーモンチョーチュウ」が「愛をとりもどせ」を歌っていたことがありますが、白井鉄也は高音パートを「裏声」で歌っていました。

大抵の歌手は、芯のない「裏声」と芯のある「裏声」とを両方出せることが多いでしょう。ある歌手が芯のない「裏声」を出したからといって、それしか出せないわけではなく、実は芯のある「裏声」も出せる可能性が高い。場合に応じて使い分けているだけです。

ヘッドボイス(地声)の音源

「ヘッドボイス(地声)」とは、声唇と声帯靭帯を振動させたまま、「ミドルボイス(地声)」よりも高音を出すことです。

「ヘッドボイス(地声)」となると、男性でも女性でも使う人が限られてきます。かなりの高音ですから出しにくいのもありますが、高すぎる声は倍音が減って本来の声の魅力が少なくなるので、楽曲では使わないことが多いというのもあります。

かつて、日本はおろか、世界にも匹敵する「ヘッドボイス(地声)」の持ち主がいました。元「クリスタルキング」の田中昌之です。

彼はレッド・ツェッペリンのロバート・プラントを崇拝しているそうですが、レッド・ツェッペリン「ロックンロール(Rock and Roll)」カバーを聞くと、プラントに負けぬハイトーンぶりです。

ご存じの方も多いでしょうが、田中は草野球の事故で喉にダメージを負い、現在ではこの「ヘッドボイス(地声)」は出せないようです。事故について詳しく知りたい方は、以下の動画の46:52以降をご覧ください(事故とは関係ありませんが、42:16以降で「愛をとりもどせ」の話が聞けます)。

脱線しましたので「ヘッドボイス(地声)」の話に戻りましょう。かつての田中以外だと、小野正利などは分かりやすい「ヘッドボイス(地声)」の持ち主です。

1:09からは「ヘッドボイス(地声)」で発声しています。小野はあまりシャウトしないので、田中に比べると力強さに欠けますが、田中と同じぐらいクリアな声色の「ヘッドボイス(地声)」の出せる人です。

この小野が絶賛しているのが、Steelheartというバンドのマイク・マティアビッチです。1:39以降の驚異的な「ヘッドボイス(地声)」をお聞きください。

0:56あたりの最初の歌は「ミドルボイス(地声)」ですが、かなり響きが強く、「ヘッドボイス(地声)」に近い声色になっています。1:39までは「ミドルボイス(地声)」で、1:41から「ヘッドボイス(地声)」に切り替わります。

上記の動画とは少し毛色が違う「ヘッドボイス(地声)」を出すのが、X-JAPANのToshIやデーモン小暮です。この二人は、「ミドルボイス(地声)」は滑らかで綺麗なのに、「ヘッドボイス(地声)」になると急に鋭く荒々しい声になるという共通点があります。

ToshIは元々声が掠れぎみなのですが、1:41や2:10、4:00や4:43あたりはシャウトしていることもあり、実に荒々しい声になっています。先ほど「君が代」の話を少ししましたが、こんな荒々しい声で「君が代」を歌ったら非難轟々でしょう。その意味では、「ミドルボイス(地声)」で歌おうとしたのは正解であったのかもしれません。

女声ですが、私があまり女性の高音曲に詳しくないので、あまり挙げられません。前述の岩崎宏美のほか、広瀬香美「ロマンスの神様」などでしょうか。1:14「幸せの予感」、1:23「ロマンスの神様」あたりは「ヘッドボイス(地声)」になっていると思われます。

あとは、マライア・キャリーやホイットニー・ヒューストン、サラ・ブライトマンあたりに「ヘッドボイス(地声)」が見出せるかもしれません。

「ヘッドボイス(地声)」の特徴は、「地声」ではあるものの、「ミドルボイス(地声)」に比べると「地声」らしく聞こえないことです。張力が強く働き、声帯にかなりの張りが出るため、極めて鋭い響きになるからです。

  • 声帯の声唇と声帯靭帯が両方振動するため、振動の形態は「チェストボイス(地声)」や「ミドルボイス(地声)」と同じ。
  • 張力や声帯削減が強く働くので、とても鋭い響きの声になる。そのため、「チェストボイス(地声)」とはかけ離れた声色になりやすい。

こうした鋭い響きを持つため、ウィスパーボイスで歌う曲や、繊細に歌う曲にはあまり向きません。むしろ、ハイトーンでシャウトするハードロックやメタル向きです。

ヘッドボイス(裏声)の音源

「ヘッドボイス(裏声)」を出す場合は、大きく分けて二つあります。第一に、「ミドルボイス(地声)」では出せない場合。第二に、「ヘッドボイス(地声)」では声色が鋭すぎるので、「ヘッドボイス(裏声)」で歌いたい場合。

前者の代表例は、例えば(前回も紹介した)ベッリーニのオペラ「清教徒」です。

前回紹介したのはゲッダですが、今回はテノール歌手・マッテウッツィです。4:34の見事な「ヘッドボイス(裏声)」をお聞きください。極めて完成度の高い「ヘッドボイス(裏声)」なので、「裏声」に聞こえないかもしれません。

オペラの男声で「ヘッドボイス(裏声)」を使う人は少ないのですが、「ソプラニスタ」岡本知高や木村友一などは「ヘッドボイス(裏声)」まで使って歌います(岡本の「島唄」、木村の「セルセ」)。

「ベル・カント唱法」だと女声は「裏声」で歌うことが多いので、「ヘッドボイス(裏声)」はたくさん見受けられます。同じくオペラで、モーツァルト「魔笛」の「夜の女王のアリア」(歌は2:12から)。F6(hihiF)という異常な高音を要求するほか、様々な歌唱技術が問われるソプラノ屈指の難曲です。

F6(hihiF)には及びませんが、E6(hihiE)という超高音を出してのけたのが田中昌之です。「An End」の2:45からです。

THE RUBETTES「Sugar Baby Love」では、「ヘッドボイス(裏声)」でG5(hiG)を出しています。0:11や1:39です。

エアロスミス(Aerosmith)のスティーブン・タイラーは、「Dream On」の3:54以降で「ヘッドボイス(裏声)」を披露しています。音程も「Sugar Baby Love」の「ヘッドボイス(裏声)」と近いので、聞き比べてみるとよいでしょう。

ジューダス・プリースト「ペインキラー(Painkiller)」も「ヘッドボイス(裏声)」で歌われる代表的な曲です。ロブ・ハルフォードは「ヘッドボイス(地声)」も使いこなせますが、この曲は主に「ヘッドボイス(裏声)」で歌っています。

なお、CD版はすべて「ヘッドボイス(裏声)」なのですが、下記のライブ動画では途中で「ミドルボイス(地声)」も使っており(1:47~と4:07~)、「ヘッドボイス(裏声)」との声色の違いが楽しめます。

「ヘッドボイス(裏声)」の中には、「ヘッドボイス(地声)」と区別がつきにくいものがあります。E5(hiE)あたりまでははっきり区別できますが、G5(hiG)、A5(hihiA)と高音になればなるほど、声帯の伸展・削減が進み、声の基本波成分が増えて倍音成分が減るので、「地声」と「裏声」の声色が似通ってきます。

ホイッスルボイスの音源

「ホイッスルボイス」は、「ヘッドボイス」の声帯削減をさらに進めた超高音で、笛を吹いたときのような音がするといわれます。

マライア・キャリーなど一部の女性歌手が得意としているようです。男性歌手でもできる人はいるのでしょうが、実際に歌に取り入れている人は少ないように思います。

以下はジョージア・ブラウンの歌声です。冒頭から聞こえる高音がホイッスルボイスです。

あと、VITASという超高音が持ち味の男性歌手がいます。彼の声は「ミドルボイス(裏声)」や「ヘッドボイス(裏声)」が中心なのですが、2:41以降などはホイッスルボイスに近いかもしれません。

こんな具合で、音源を交えながら、「地声」「裏声」や「チェストボイス」「ミドルボイス」「ヘッドボイス」について詳しく紹介してきました。次回は、「ヴィブラート」について説明する予定です。

補足1: ウィスパーボイスの音源

ウィスパーボイスとは、「裏声」ではないのですが、息漏れをたくさん起こした声のことです。耳元で囁くように聞こえるので、繊細さなどを表現するのに向いています。男性だと、平井堅などが得意ですね。

美輪明宏「ヨイトマケの唄」では、1:42「悔し涙に暮れながら」、2:36「母ちゃんの働くとこを見た」、2:49「慰めてもらおうと」などでウィスパーボイスが使われています。

女性でこれを使った曲は多いのですが、一つ挙げるとすれば、森田童子「ぼくたちの失敗」でしょうか。

補足2: 喉を壊した歌声の音源

少し趣向を変えて、喉を壊すとどういう声になるか見てみましょう。

レッド・ツェッペリン「天国への階段(Stairway To Heaven)」で、1973年のニューヨークのライブです。プラントの喉の調子が悪かった頃です。

0:49や0:58・2:22あたりで声が裏返りぎみなあたり、喉の調子がよくないことが窺えます。間奏を挟んだ後、8:48からハイトーンの歌が始まりますが、声が裏返ったり、高音が出なかったりと大変です。

いや、これでも普通の歌手と比べれば十分に上手いのですが、1971年の東京ライブでの絶叫(8:07~)に比べると、高音がかなり衰えているといわざるえません。

喉を壊す前ですが、調子がよくなかったときの田中昌之が歌ったクリスタルキング「大都会」です。1979年の世界歌謡祭でのライブです。0:13や1:53で声が裏返っているのが分かります。このときの調子が悪いのは、二日酔いが原因だそうです。

補足3: 「張り上げ」の是非

ここまで、「張り上げ」歌声の音源を色々と挙げてきました。

ただ、誤解しないでいただきたいのですが、私は必ずしもそれが悪いとは思っていません。それは間違いなく喉を痛める行為ではありますが、シャウトやディストーションやグロウルと同じく、一つの歌唱技術として認められるべきだと思います。この点では、れみぼいすと同じ立場です。

例えば、尾崎豊の「チェストボイス(地声)」の張り上げですが、あれは明らかに喉に悪い行為です。しかし、喉を顧みず叫ぶ彼の歌声が、当時の若者たちの熱情を煽り、絶大な人気を獲得したのも事実でしょう。もし尾崎が、オペラ調の滑らかな歌い方であったら、あそこまで人気を得ていたかどうかは分かりません。

また、シャウトやディストーションといった表現が、怒りや辛さ・悲しさを表すこともあります。喉に優しい滑らかな歌い方だけでは表現できないものがあることは間違いありません。

ただ、闇雲に「張り上げ」を推奨したくもない、というのが私見です。というのも、それによって喉を壊した場合、その代償は、我々の想像を超えるほど大きなものとなるからです。

人間の声帯は筋肉ではなく粘膜ですから、超回復することはありません。つまり、ダメージを与えすぎて壊してしまうと、基本的には治らないのです。喉を壊した後、治療を受けて復帰する歌手もいますが、喉を壊す前ほどの歌唱力を取り戻していない人のほうが多いという現実が、それを物語っています。

喉を壊すと、歌が歌えなくなるだけではありません。喉を壊すと、人と話したり、声を出したりすることさえも喉へのダメージになりますから、それにすら不便を感じたり、苦痛を感じるようになります。

まあ、人と会話するぐらいなら、家に籠っていればよいかもしれませんが、全く声を出さずに生活するというのは、かなり難しいものです。驚いたり、笑ったりしたときに、どうしても声が出てしまうでしょう。喉を壊していると、それすら苦痛になってしまうことがありうるのです。

私は「張り上げ」が好きではありませんが、歌唱技術としては認められるべきだと思います。ただ、それが喉にダメージを与え、喉を壊してしまったときには多大なリスクを背負うということは認識しておくべきだと思います。その上で、「張り上げ」をあくまで行うなら、歌った後にきちんと喉のケアをするなりすべきでしょう。

注釈

  1. 「最低音」というのは、その声帯で出しうる最も低い音です。これは声帯の長さに依存しますので、練習で声域が拡大することはほとんどありません。高音は伸びるが低音は伸びない、といわれる所以です。 本文に戻る
  2. 「ミドルボイス(地声)」の発声の原理自体は、どの歌手でもほとんど変わりません。声帯に張力をかけ、声帯の振動部位を短くし、肺から息を出し……といった部分は皆共通です。ただ、共鳴腔の使い方とか、鼻腔への響かせ方とか、シャウトの仕方とか、そういう部分で違いが出てきます。 本文に戻る
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歌手の「チェストボイス」「ミドルボイス」「ヘッドボイス」比較━━ボイストレーニング論その七」への1件のフィードバック

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