「ベル・カント唱法」とポップスの「声区」論──ボイストレーニング論その六

ボイストレーニング論第六回です。今回は、「声区」の話の続きで、特に「ベル・カント唱法」とポップスの歌唱法について説明します。

※ボイストレーニング論は全十五回です。「裏声を練習すればミドルボイスが身につく?」「ミドルボイスって地声? 裏声?」「ミドルボイスの音源が聞きたい」そんな方はぜひお読みください(全記事一覧は、カテゴリ「ボイストレーニング」か、記事「ボイストレーニング論」参照)。

※当ボイストレーニング論では「地声」「裏声」×「チェストボイス」「ミドルボイス」「ヘッドボイス」の2×3=6「声区」論を提唱しており、それを前提に論を展開しています。詳しくは第三回第四回第五回をご覧ください。

ボイストレーニング論その六の記事の要旨

  • 「ベル・カント唱法」がポップスの歌唱法と大きく異なるのは事実だが、声帯の動きにおいてはほとんど共通している。
  • リード『ベル・カント唱法』やフースラー『うたうこと』も、声帯の振動形態や振動部位の長さに着目して声を分析しているという点で、ポップスの理論と同じである。
  • 「頭声」という概念は、ポップスの「ヘッドボイス」とは意味が少し違うので注意が必要である。
  • 「ドイツ唱法」という概念は何の根拠もないデタラメである。

目次

「ベル・カント唱法」とポップス

実は、「声区」の話は前回でおおかた終わったのですが、いくつか補足したいことがあります。それは、オペラとポップスにおける「声区」論です。

私が今まで述べてきた「チェストボイス」「ミドルボイス」「ヘッドボイス」といった「声区」は、いずれもポップスゆかりの用語です。しかし、(前々回の歴史で少し述べましたが)これらの用語の源流は、元々クラシック音楽、特にオペラの「ベル・カント唱法」にあるといわれます。

興味のある方は調べていただければよいのですが、「ベル・カント唱法」によるボイストレーニングについて書いたものは、ポップスのボイストレーニングに負けないほどたくさん存在します。そして、「ベル・カント唱法」についても、正しい理論と誤った理論が混在しているのが現状です。

このボイストレーニング論を読まれている方は、ポップスの歌唱法を身につけたい方が多いのではと思いますが、ポップスの歌唱法の源流である「ベル・カント唱法」について知っておいて損はないでしょう。

オペラとポップスの歌唱法の違い

オペラとポップスの歌唱法は異なるのか?

もちろん、異なるといえるでしょう。曲のレパートリーや必要とされる声域が異なりますし、歌う環境が違いますし、マイクの有無も違いますし、求められる技術も違いますし、同じもののほうが少ないほどです。

しかし、私は、声帯の動きや振動形態については、「ベル・カント唱法」とポップスの歌唱法にはほとんど違いがないと確信しています。第二回でも述べたことを、再び引用しておきます。

例えば、オペラなどのクラシック歌曲には、「アクート」と呼ばれる発声があります。また、ポップスには「ミドルボイス」「ヘッドボイス」という発声があります。この三つはよく比較されます。

後に詳しく論じますが、この三つは、基本的には同じものです。オペラとポップスでは身体の使い方や歌い方が異なるのはもちろんですが、それは表現の仕方が異なるだけであって、声帯を巧みに伸展させたり、共鳴を活かして声帯を上手く振動させるといったレベルでは、ほとんど違いがないのです。

「ベル・カント唱法」について

まず、「ベル・カント唱法」の定義を明らかにしなくてはなりませんが、この用語はとても曖昧で、定義しにくい言葉です。

私の定義では、「オペラや歌曲などにおいて幅広く用いられた、テノールやソプラノなどの各パートごとに声域が定められた、声の共鳴とレガートを重視する歌い方」です。

これに対する「ポップス」とは、歌謡曲・ハードロック・ブルース・へヴィメタル・グランジ・演歌etc.などの、いわゆる「クラシック音楽」とは異なる曲の総称です。

一部では、「ベル・カント唱法」とはイタリアオペラのもので、ドイツ歌曲とは違うという意見がありますが、私はその考えに疑問を抱いています。詳しくは「ベル・カント唱法」と「ドイツ唱法」をご覧ください。

なお、「ベル・カント唱法」については、18世紀前半以前の「古式」のものと、18世紀以降から現代にまで続く「新式」のものが存在しており、前者こそが本来の「ベル・カント唱法」である、という意見があります。

しかし、「古式」の「ベル・カント唱法」で歌われた音源が現存しない以上、どういう歌い方であったのかは確認できません。しかも、現在では「新式」の「ベル・カント唱法」のほうが主流であり、ボイストレーニングの研究でもそちらのほうが進んでいます。

ですので、この記事では、「ベル・カント唱法」は「新式」のものに絞ります。

「ベル・カント唱法」の「声区」論

「ベル・カント唱法」について論じるとき、必ずといってよいほど参照される本があります。コーネリウス. L. リード『ベル・カント唱法』と、フースラーとマーリング『うたうこと』です。もし、「リード」「フースラー」という名前が出てきた場合、ほぼ確実に、この二つの本が参照されています。それほど有名な本です。

もちろん、この二冊だけをもって「ベル・カント唱法」を論じることはできないでしょう。しかし、「ベル・カント唱法」のボイストレーニングが語られるとき、この二冊が種本とされることが非常に多く、二冊以上に「ベル・カント唱法」を明確に論じたものが存在しないのも事実です。そこで、我々はこの二冊の内容に立ち入らなくてはなりません。

第十一回で再び『ベル・カント唱法』と『うたうこと』について取り上げ、その概要と問題点について説明しました。

リード『ベル・カント唱法』の「声区論」

リードは、トージ(トーズィ)・マンチーニといった先人たちの「声区」論を参照しながら、三「声区」論を唱えました(注1)。ポップスの「チェストボイス」「ミドルボイス」「ヘッドボイス」の原型といえる理論です。

  • ヴォーチェ・ディ・ペット(胸声)
  • ヴォーチェ・ディ・テスタ(頭声)

リードによると、人間の「声区」には、最初は上記の二つが存在するのだそうです。この「ヴォーチェ・ディ・ペット」というのは「チェストボイス(地声)」、「ヴォーチェ・ディ・テスタ」は「ミドルボイス(裏声)」に近い概念です。彼によれば、まずこの二つをそれぞれ練習して鍛えなくてはならない。

しかし、この二つが習熟してもなお、二つの間に「ブレイク」が残ります。これは、前回述べた「換声点」のことです。この「ブレイク」を克服し、「ブレイク」を滑らかに歌うことができるようにすると、二つの間に、「ヴォーチェ・ディ・フィンテ」という第三の声区が誕生するというのです。

リードの考え方は、「地声」と「裏声」を鍛えた上で、それらを融合させるというもので、現在の「ミックスボイス」理論によく似ています。その偉大さは認めざるをえませんが、「地声」と「裏声」があたかも融合するかのような誤解を与えたことについては、一定の罪があると私は考えます(これについては後に述べます)。

フースラー『うたうこと』の「声区論」

フースラーも、リードと同じく、基本的には三「声区」論を唱えています。ただ、用語が少し違います。

  • 胸声区
  • 頭声区
  • 仮声区

「胸声区」が「チェストボイス(地声)」に、「頭声区」が「ミドルボイス(地声)」に対応します。「仮声」というのは「裏声」のことで、「ミドルボイス(裏声)」を指しています。

フースラーは、まず「仮声」を鍛えた上で、そこから「頭声」を鍛え、やがては「胸声」と「頭声」を融合することが必要だと述べています。リードと同じ主張です。

リード フースラー
ヴォーチェ・ディ・ペット(胸声) 胸声
ヴォーチェ・ディ・テスタ(頭声) 仮声
ヴォーチェ・ディ・フィンテ 頭声
(対応する「声区」無し) 極高声
(対応する「声区」無し) 極低声

リードとフースラーの用語を表にまとめました。「頭声」を、リードは「裏声」という意味で、フースラーは「地声」という意味で使っているのでややこしいのですが、ほとんど同じことをいっているのが分かるでしょう。

なお、フースラーはこの三つの「声区」以外にも、「フラジォレット声区(極高声区)」と、「シュナル(シュトローバス)声区(極低声区)」も挙げていますが、この二つについては詳細な分析をしていません。ですので、五「声区」を唱えてはいるのですが、主に扱われているのは上記の三「声区」です(ちなみに、れみぼいす英語版Wikipediaの「Vocal register」も五「声区」論をとっています)。

「ベル・カント唱法」と声帯

ここで、前回私が作った表を引用します。そして、「ベル・カント唱法」の発声が、表の中のどこに位置づけられるのかを説明しましょう。

振動箇所/振動箇所の長さ 声帯全体が振動 声帯の多くが振動(一部が削減) 声帯の一部が振動(多くが削減)
声唇・声帯靭帯が振動 チェストボイス(地声) ミドルボイス(地声) ヘッドボイス(地声)
声帯靭帯のみが振動 チェストボイス(裏声) ミドルボイス(裏声) ヘッドボイス(裏声)

まず、「ヴォーチェ・ディ・ペット」=「胸声」ですが、これが「チェストボイス(地声)」に該当します。

次に「ヴォーチェ・ディ・テスタ」=「仮声」ですが、「ミドルボイス(裏声)」「ヘッドボイス(裏声)」に該当します。特に男声だと「ミドルボイス(裏声)」、女声だと「ヘッドボイス(裏声)」になるでしょう。

「ヴォーチェ・ディ・フィンテ」=「頭声」ですが、これは男声と女声とで異なります。というのも、オペラでは、男声は基本的に「地声」ですが、女声は「裏声」を使うことが多いからです。また、男声であっても、カウンターテナーなどは「裏声」を使います。

そう考えると、男声における「ヴォーチェ・ディ・フィンテ」は「ミドルボイス(地声)」、カウンターテナーと女声の場合は「ミドルボイス(裏声)」「ヘッドボイス(裏声)」になります。

これを踏まえると、「ベル・カント唱法」の声は、以下のように捉えられるでしょう。

男声
「チェストボイス(地声)」と「ミドルボイス(地声)」
男声(カウンターテナー)
「ミドルボイス(裏声)」と「ヘッドボイス(裏声)」
女声
「ミドルボイス(裏声)」と「ヘッドボイス(裏声)」

こう考えると、「ベル・カント唱法」もポップスの理論も、声帯の動きではほとんど違いがないと分かるのではないでしょうか。もちろん、共鳴のさせ方や身体の使い方はまるで異なりますが、全くの別物ではない、「ベル・カント唱法」もポップスも根底は同じなのだと理解していただけるでしょう。

「頭声」という用語のややこしさ

「ベル・カント唱法」を論じるときに注意したいのは、「頭声」という用語が、人によって様々な意味で使われていることです。ある人は「地声」という意味で、別の人は「裏声」という意味で使っています。

「ヴォーチェ・ディ・フィンテ」=「頭声」といっても、男声と女声で意味が違うのですから、十把一絡げに論じるのが無理なのですが、そのことを認識していないと混乱を招きます。

例えば、「ヴォーチェ・ディ・フィンテ」を一括りに「裏声」と捉えてしまうと、では男声の「ミドルボイス」は「裏声」なのか、といった誤解を生みます。逆に、「ヴォーチェ・ディ・フィンテ」を「地声」と捉えると、「女声」が「裏声」であることと矛盾してしまいます。

こうした男女の違いから来るややこしさを表した動画がありましたので、ご紹介致します。

バーバラ・ボニーという女性オペラ歌手が、男声にレッスンをしている動画です。冒頭に登場するのは、レッスンを受ける男性です。

この男性は、冒頭では「ミドルボイス」(地声)で歌っていますが、0:45あたりから、「ミドルボイス(裏声)」で発声しています。そのことを、1:33で先生に「頭声は使わずに」と指摘されているのですが、この「頭声」というのは、女声にとっての「頭声」という意味ですから、つまり「裏声」ということですね。

男声からすれば、冒頭の「ミドルボイス(地声)」こそが「頭声」なのですが、女声にとっての「頭声」とは「ヘッドボイス(裏声)」ですから、こんなややこしいことになっています。

ただし、男性なのに、「頭声」を「裏声」という意味で使っておられる方もいらっしゃいます。

プッチーニのオペラ「ラ・ボエーム」の第一幕「冷たい手を」を、男性が歌っています。

0:07~0:14は「ミドルボイス(地声)」で発声していますが、0:18以降は「ミドルボイス(裏声)」で発声しています。動画の説明文では「頭声で歌い」と書かれていますが、これは「裏声」という意味での「頭声」ですね。

リードやフースラーにしてもそうですが、「頭声」という言葉は、人によって違う意味で使われていますので、注意を要する用語です。

「頭声」=「ヘッドボイス」なのか

ところで、男声では「ヴォーチェ・ディ・テスタ」が「ミドルボイス(裏声)」に、「頭声区」が「ミドルボイス(地声)」に対応するという私の記述を見て、疑問に思われた方はいないでしょうか。「頭声」は「ヘッドボイス」に対応するのではないか? と。

確かに、字面だけを見ると、「頭声」と「ヘッドボイス」が対応するように見えます。しかし、この二つの概念は微妙に違ったものだと私は考えています。そして、これは「ベル・カント唱法」とポップスの違いに原因があるのです。

前回の「換声点」はいくつ存在するのかを思い出していただきたいのですが、数ある「換声点」の中で、特に重視されるのは以下の二つです。

  • 「チェストボイス(地声)」と「ミドルボイス(地声)」の間
  • 「ミドルボイス(地声)」と「ヘッドボイス(地声)」の間

しかし、リードやフースラーの本を見ると、「換声点」は、「ヴォーチェ・ディ・ペット(胸声)」と「ヴォーチェ・ディ・テスタ(頭声)」の間、あるいは「胸声」と「頭声」の間にあるとされています。つまり、「換声点」が一つしかないということです。なぜでしょうか。

これは、ポップスと違い、オペラや歌曲においてはパートごとに声域が定められているからだと考えられます。それを以下で説明しましょう。

オペラでは、「バス」「バリトン」「テノール」「アルト」「ソプラノ」の五つのパートが存在します。実際にはもっと細かく分かれているようですが(レッジェーロ・リリコ・ドラマティコなど。詳しくは声の分類と音域をご覧ください)、今はこの五つで考えましょう。

フースラー『うたうこと』のp.111の分類によると、五つのパートの声域は以下の表の通りです。

パート 声域
バス D2~F4(lowD~mid2F)
バリトン G2~G4(lowG~mid2G)
テノール C3~C5(mid1C~hiC)
アルト F3~B5(mid1F~hihiB)
ソプラノ C4~E6(mid2C~hihiE)

実際にはこの音域を超える楽曲やパートもありますが、まあ目安程度のものです。

ほとんど「チェストボイス(地声)」で歌えるものの、高音で「ミドルボイス(地声)」が求められるのがバス・バリトンですね。テノールは高音が多いので、「チェストボイス(地声)」よりも「ミドルボイス(地声)」のほうが多いでしょう。アルト・ソプラノは、低音部は「チェストボイス(地声)」が必要になりますが、主に「ミドルボイス(裏声)」と「ヘッドボイス(裏声)」が主体となるでしょう。

つまり、オペラでは、なるべく一パートに二つの「声区」が当てはまるようになっているのです。男声が「ヘッドボイス(地声)」を出したり、女声が「チェストボイス(地声)」を出すことがあまりありません。これは、「ベル・カント唱法」では、均一な声色が求められるからです。

歌手や曲にもよりますが、ポップスの場合、一人の歌手が、「チェストボイス(地声)」「ミドルボイス(地声)」「ヘッドボイス(地声)」すべてを使いこなしたり、「地声」と「裏声」の両方を使うこともあります。この場合、いくつもの「換声点」が発生し、これらを克服しなくてはなりません。

一方、「ベル・カント唱法」では、男声は「チェストボイス(地声)」と「ミドルボイス(地声)」、男声のカウンターテナーや女声は「ミドルボイス(裏声)」と「ヘッドボイス(裏声)」と決められていますから、その「換声点」を克服すればよい。ですから、「ベル・カント唱法」では一つの「換声点」しか問題にされないのです。

こうした発声法の制約は、ある問題も生みます。「換声点」付近の声が出しにくいという問題です。

例えば、テノールではC5(hiC)が鬼門であり、この音程を美しく響かせることは難しいとされます。この音程は「ヘッドボイス(地声)」に近い音程ですから、「ミドルボイス(地声)」で出すのが難しいからです。パヴァロッティが「キング・オブ・hiC」と呼ばれたのは、「ミドルボイス(地声)」で見事なC5(hiC)を歌うことができるからです。

C5ならまだまし(?)ですが、テノールの通常の最高音であるC5を超える音程が出てくると、「ミドルボイス(地声)」では対応できません。

これはベッリーニのオペラ「清教徒」の第一幕です。テノールをニコライ・ゲッダが歌っています。

注目したいのは、4:53付近の高音です。これはF5(hiF)というC5すら超える超高音であり、テノールでもまともに出せる歌手はほとんどいません。ゲッダはこの音程を、「ヘッドボイス(裏声)」によって見事に出しています。「ヘッドボイス(地声)」が使えないし、「ミドルボイス(地声)」で出せる音程ではありませんから、「ヘッドボイス(裏声)」を使わざるをえないのです(補足しておきますが、「ヘッドボイス(裏声)」を使うことを非難しているわけでは全くありません)。

パヴァロッティも「ヘッドボイス(裏声)」で歌っていますが(0:54)、ゲッダに比べると「裏声」っぽさが強いですね。テノールというよりカウンターテナーの声に聞こえます。

「清教徒」のhiFは音程を下げるか、「ヘッドボイス(裏声)」で歌う人がほとんどですが、人によって「地声」「裏声」が異なる曲もあります。例えば、ロッシーニ「スターバト・マーテル(Stabat mater)」の「クユス・アニマム(Cujus animam)」です。後半のテノールでhiD♭という高音が出てきます。

パヴァロッティは4:54のhiD♭を「地声」で歌いきっています。他の歌手だと、ボチェッリなども「地声」です(4:28)。フアン・ディエゴ・フローレスも何とか「地声」で歌っていますが、音程が震えぎみで苦しそうですね。

ルチアーノ・ボッテロが歌っていますが、彼は4:46で「裏声」に切り替えています。別にこれが悪いわけではなく、高音域をどう歌うかという解釈の違いにすぎません。

なお、男声で「ヘッドボイス(地声)」を使うと、どういうことになるのでしょうか。スティールハート(Steelheart)「She’s Gone」の1:39をお聞きください。

ボーカルのマティアビッチは、1:39までは「ミドルボイス(地声)」で歌っていましたが、1:41で音程を上げたとき、「ヘッドボイス(地声)」に切り替えています。「ヘッドボイス(地声)」になると倍音が減るので、声色が変化しているのが分かります。

もう一つ、ジューダス・プリースト(Judas Priest)の「Electric Eye」を挙げます。

この曲は「ミドルボイス(地声)」がメインですが、2:57で「ヘッドボイス(地声)」が出てきます。3:00でまた「ミドルボイス(地声)」になっていますが、「ヘッドボイス(地声)」の部分だけ声色が違うのがお分かりいただけるでしょう。

マティアビッチもロブ・ハルフォードも非常に完成度の高い「ヘッドボイス(地声)」を出せる歌手ですが、その二人であっても、声色の違いを隠すことはできません(別に隠さなくてもよいのですが)。男声で「ヘッドボイス(地声)」を使うとどうしても声色の違いが目立つので、「ベル・カント唱法」では嫌われるわけです。

次に、女声が「チェストボイス(地声)」を使うとどうなるか。ジェシー・ノーマン(Jessye Norman)が歌うシューベルト「魔王(Erlkönig)」をどうぞ。

ジェシー・ノーマンは主に「ミドルボイス(裏声)」で歌っていますが、一部「チェストボイス(地声)」を使っています。3:20「Gewalt」や3:32「getan」、3:36「Dem Vater grausets’」、4:05「war tot」がそうです。シュヴァルツコップも、3:01「Gewalt」や3:15「Dem Vater grausets’」は「チェストボイス(地声)」で歌っています。男声の「ヘッドボイス(地声)」に比べると鋭さはありませんが、他の「ミドルボイス(裏声)」に比べて声色の違いがあるのは分かるでしょう。

「Gewalt」や「Dem Vater grausets’」は曲のごく一部ですから、そこまで目立つことはない。しかし、長々と「チェストボイス(地声)」で歌った後に「ミドルボイス(裏声)」に切り替えると、その違いは目立ちます。女声曲の声域上、「ミドルボイス(裏声)」を使うことは避けられないので、「チェストボイス(地声)」を避けることになります。

今回で「声区」の話は終わります。次回は様々な音源を挙げつつ、今までの話を振り返ろうかと考えています。

補足: 「ベル・カント唱法」と「ドイツ唱法」

ここまで説明してきたのは「ベル・カント唱法」ですが、「ベル・カント唱法」に相対する「ドイツ唱法」というものが存在する、という説が巷で流れています。

曰く、「ベル・カント唱法」はイタリアのオペラで発展した歌唱法で、「ドイツ唱法」はドイツのリート(歌曲)で発展した歌唱法であり、両者は横隔膜や筋肉の使い方の点で真逆なのだそうです。試しに「ベル・カント唱法 ドイツ唱法」などで検索してみれば、そういうページがいくらでも出てきます。

私が調べた限り、こういう主張をするページのほとんどは、声楽家・秋山隆典のベルカント唱法を根拠にしていると思われます。というのも、ここに書かれている主張や根拠を丸写ししたページが大量に存在するからです。

秋山氏は芸術に恋して!という番組に出演されたこともあり、「ベル・カント唱法」と「ドイツ唱法」の主張を広めるのに一役買っているようです(ちなみに、その番組がアーカイブとして残されており、芸術に恋して!のページから視聴できます)。

しかし、このページに書いてあることが、根拠薄弱というか、怪しいものばかりです。

  • そもそも「ドイツ唱法」というものが存在するのか? 現代ではどの歌手が「ドイツ唱法」によって歌っているのか?
  • 「ベル・カント唱法」は「自然の生理に逆らわない発声法」というが、それではドイツ唱法は「不自然」な発声法なのか?
  • 「ドイツ唱法」では「高い音が出にくいとか、レガートで歌えないとか、声が揺れるとかの問題が出てくる」とあるが、現代のドイツ歌曲の歌手たちが、イタリアオペラの歌手に劣らず、安定した高音やレガートで歌えていることをどう説明するのか?
  • ドイツやイタリア以外(例えばフランス・イギリス)などの歌曲の歌唱法は、ベルカント唱法と「ドイツ唱法」どちらに属するのか? あるいは、二つと違う第三の歌唱法なのか?

このように、いくらでも疑問点は挙げられます。

秋山氏の主張の怪しさの極めつきは、以下の動画です。

これは、2012年8月31日の「愉快な仲間のコンサート」に秋山氏が出演された動画なのですが、何とドイツ歌曲のシューベルト「魔王」を歌っています。

秋山氏によれば、「ベルカント唱法」と「ドイツ唱法」を両方身につけることはできず、「イタリアものとドイツものを一緒に勉強するべきではない」のだそうです。それでは、ご自身はイタリア式の「ベル・カント唱法」を学んでおられるのに、なぜ「ドイツもの」を歌っておられるのでしょうか。「ベルカント唱法」でドイツものを歌っても構わないのでしょうか。疑問は尽きません。

秋山氏の主張をおかしいと感じる人もいるのか、「ドイツ唱法」の誤りを正す!という記事を書いて、「私の知り合いの声楽家」(恐らく秋山氏のことでしょう)を批判されている方もいらっしゃいます。この方の文章を、少し引用します。

ま、確かに昔の日本にあった「ドイツ唱法」とやらは、
どこの三流教師に学んだのか知りませんが、
やたら力んだ、面白味のない歌だったことは事実です。

ほとんどそのアンチテーゼのように、
イタリアに留学する歌手が増え、
イタリアのベルカントと称する歌唱法を持ち込んだこともまた事実。
しかし、上手い奴が横隔膜をほったらかしにして歌っているのを
私は一度として聴いたことはありません。

「ドイツ唱法」が非難されるようになった原因は、明治期にドイツの歌唱法を学んだところ、それがあまり魅力的でなかったため、「ベル・カント唱法」を学ぶ人が増えたという経緯があります。

確かに、明治期に日本に伝わったドイツの歌唱法は悪かったのかもしれません(音源が現存しないので確認できませんが)。しかし、それをもって、ドイツの歌唱法自体が「ベル・カント唱法」と相反するものである、と決めるのは早計というものです。

私が「ドイツ唱法」の概念を疑わしいと思う最大の理由は、音源を挙げて、「これがドイツ唱法で歌われた演奏である」と説明しているページが存在しないことです。

「ドイツ唱法」という概念を提唱する方には、ぜひ音源を挙げていただきたいものです。「ドイツ唱法」によって歌われた音源と、「ベル・カント唱法」によって歌われた音源をそれぞれ挙げ、それがいかに異なるものなのか説明していただきたい。

補足2: フランスオペラと「ミックスボイス」

上述の「ドイツ唱法」に加えて、フランスオペラは「ベル・カント唱法」ではなく「ミックスボイス」だという説があるようです。“ミックスボイス”はフランスオペラというサイトがそれを書いています。

この動画を例に挙げて、これが「ミックスボイス」ではないかと説明しています。

まず、この動画で歌っているLuc Arbogast(日本語で表すと、リュック・アーボガスト?)という方はオペラ歌手ではありません。私はこの歌手に詳しくありませんが、色々音源を聞いたところ、この方は「裏声」主体で歌っていらっしゃる方です(オペラでいうカウンターテナーのような感じでしょう)。この人一人をもって「フランスオペラはミックスボイス」というのは、暴論がすぎるというものです。

このサイトはベルカント唱法とポップスは正反対の歌唱法ですという記事ではこんなことを書いています。

「本当のベルカント唱法」とは、イタリアオペラの歌唱法です。それに対し日本のポップスを指導するボイストレーニング教室では、「リードのベルカント唱法」が指導されています。

「本当のベルカント唱法」とは何でしょうか。歴史的な話をいえば、18世紀末にカストラートが絶滅した時点で、純粋な「ベル・カント唱法」(いわゆる「古式」)は消滅しています。19世紀以降はほとんど「新式」の「ベル・カント唱法」であって、リード『ベル・カント唱法』にて主張されたものです。「本当のベルカント唱法」なる謎の概念を持ち出して、リードの本と対峙させるこの説明は意味不明です。

「逆腹式呼吸のドイツ唱法」と、「ミックスボイスのフランスオペラ」という言葉も覚えておいて下さい。

秋山隆典氏の主張した「ドイツ唱法」がこんなところにも出てきます。あと、「ミックスボイスのフランスオペラ」などという音源も証拠もない記述があります。「フランスオペラ」では「ミックスボイス」が主体だというなら音源がいくらでもあるはずですが、一つも見たことがありません。

「ドイツ唱法」のときにもいいましたが、適切な音源を挙げずにデタラメな概念を唱えるのはやめていただきたいものです。

補足3: 「アクート」について

リードやフースラーの本では言及されていませんが、「ベル・カント唱法」には「アクート」という技術があります。「換声点(パッサージョ)」を超えた高音を美しく出す技術だそうです。

男声では「ミドルボイス(地声)」、女声では「ヘッドボイス(裏声)」を指すと思われますが、それだけではなく、発声の美しさが重視されるようです。

冒頭の男性は、「ミドルボイス(地声)」は出せていますが、0:08付近で喉を絞めたか声を張り上げたか、苦しげな声になっています。このような、喉を絞めた声や張り上げた、響きの浅い声を「アペルト(開いた声)」と呼ぶようです。「開いた」というと、「喉を開く」とかでよいイメージがあるかもしれませんが、これはむしろ悪い意味で使われる言葉です。逆に、響きの深い声を「キューゾ(閉じた声)」と呼びます。

尾崎紀世彦「また会う日まで」です。本当はオペラの音源を挙げるべきなのですが、分かりやすい音源があまりないので、とりあえずポップスの音源を挙げておきます。

0:31「話したくない」や0:59「(閉め)て」などの高音域になると「ミドルボイス(地声)」に移行しているのですが、声量が増し、伸びやかな歌声になっているのが分かるでしょう。「ベル・カント唱法」の「アクート」も、これに近い現象です。

張り上げて高音を出している人だと、高音になるほど喉絞めになったり声量が落ちたりします。しかし、声帯が適切に進展・削減されていれば、むしろ聞き心地のよい美しい声になります。それを「アクート」と呼んでいるのです。

注釈

  1. トージ(トーズィ)やマンチーニの「声区」論は、木村勢津「ベル・カントにおける「声区」についての一考察」にて考察されています。 本文に戻る
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「ベル・カント唱法」とポップスの「声区」論──ボイストレーニング論その六」への1件のフィードバック

  1. ここまで大量の資料をあげてくださってありがとうございます
    明治期の奴はかなりおかしいっていうのは、他の事柄でもかなりあるみたいです。
    服だとゆとりを前提にした設計のものをかなり窮屈につくりすぎたり、歴史哲学の分野では資料を持ち帰って外国人の先生からの講義を聞いてそれを何回も読み返すと言うのがあったらしいのですが、 それ以降内部育成が活発化したので定義や言葉の意味がかなりずれた和訳が多いってのは聞いたことがあったので、この文に思わずそうそう!って思いました。

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