「地声」「裏声」とは何か──ボイストレーニング論その三

ボイストレーニング論の第三回です。前々回前回が総論であり、今回からは具体的なボイストレーニング論に入ります。今回はまず「地声」「裏声」という概念について説明致します。

※ボイストレーニング論は全十五回です。「裏声を練習すればミドルボイスが身につく?」「ミドルボイスって地声? 裏声?」「ミドルボイスの音源が聞きたい」そんな方はぜひお読みください(全記事一覧は、カテゴリ「ボイストレーニング」か、記事「ボイストレーニング論」参照)。

ボイストレーニング論その三の要旨

  • 「地声」と「裏声」は振動部位が異なる。「地声」は声唇と声帯靭帯が振動し、「裏声」は声帯靭帯のみが振動する。
  • 「地声」と「裏声」は声色が異なる。「地声」は倍音が多く息の量が少なめであり、「裏声」は倍音が少なく息の量が多めである。
  • 「地声」「裏声」の二分法は、「地声」と「裏声」を分析できるメリットがあるが、いわゆる「ミドルボイス」や「ヘッドボイス」を分析できないデメリットが存在する。

目次

声区に対する考え方

ボイストレーニング論の前に、今後の記事内容を先取りして書いておきます。

前回少し説明しましたが、人間の発声は、「地声」「裏声」の二分法では分析しきれない部分があります。

その代わりに「チェストボイス」「ミドルボイス」「ヘッドボイス」という三分法や、「胸声」「頭声」といった別の二分法が持ち出されたのですが、これらでも分析しきれない部分があります。

私見では、「地声」「裏声」の二分法と、「チェストボイス」「ミドルボイス」「ヘッドボイス」の三分法の二つをあわせて、声帯の動きを捉えるべきです。二分法だけでは不正確であり、三分法だけでも不正確です(注1)。

今回と次回の記事で、二分法・三分法の概要と長所・短所を、それぞれ説明致します。その上で、次々回にて、二分法と三分法をあわせて捉えるとはどういうことかを述べます。

なぜ「地声」と「裏声」を区別できるのか

皆様は、「地声」と「裏声」の声色がなぜ違うのかご存じでしょうか。

成人男性の「地声」と「裏声」は、その声色の違いが分かりますね(注2)。成人女性の声は少し分かりづらいですが、出している声が「地声」か「裏声」かは、大体区別がつくはずです。では、なぜ声色の違いがあるのでしょうか?

これを説明するためには、「地声」と「裏声」の発声時に、声帯がどうなっているのかを知らなくてはなりません。そこで、これから声帯に関する説明を致します。そんなことは熟知しているという方は、「地声」と「裏声」の声色の違いに飛んでいただいても結構です。

呼吸時と発声時の声帯

以下の図をご覧ください。日本耳鼻咽喉科学会喉頭・気管・食道より引用した図です。

咽頭を上から見た図

左図は呼吸時の咽頭、右図は発生時の咽頭を表したものです。上の図の中央に二つの襞がありますが、これが「声帯」です。

右図では声帯の二つの襞があわさって閉じていますが、左図では声帯がV字型に開いているのが分かるかと思います。このように、声を出していないときは声帯は開いているのですが、声を出すときになると、声帯があわさって閉じるのです(声帯が閉じるこの状態を、声帯の閉鎖と呼ぶことがあります)。

人間が声を出すとき、肺から息が送られてくるのですが、あわさって閉じた声帯がこの息によって振動し、音を発生させ、それが声となるのです。呼吸時に声が出ないのは、声帯が開いているため、息が通っても声帯が振動しないからです。

補足しますと、声帯が「閉じる」と書きましたが、完全に閉じてしまうわけではありません。声帯が完全に閉じてしまったら、息が通過できませんから、声帯が振動できず、声が出ないからです。

「地声」と「裏声」の声帯の動き

ここまでで声帯の基本的な説明を終えます。次は、「地声」と「裏声」の声帯の動きの違いについてです。

「地声」も「裏声」も声の一つですから、声帯があわさって、息によって振動するというメカニズムに違いはありません。ただ、「地声」と「裏声」では、声帯のあわさり方に違いがあるのです。

「地声」と「裏声」の違いについて、喉ニュースというブログの地声と裏声 簡単解説(2010年6月16日)に分かりやすい説明があるので、それを引用します。

地声:声帯筋と声帯粘膜が共に振動している状態
裏声:声帯筋が硬くなり振動を停止し、声帯粘膜(エッジ部分)だけが振動している状態

これは分かりやすい要約ですが、具体的にどういうことなのか、どういう動きなのかイメージしづらいでしょう。そこで、別のサイトから図を引用します。

吟剣詩舞音楽 on STAGE声帯と声の関係というページがあるのですが、そこの声帯(声唇と声帯靭帯)から図を引用します。

声帯(声唇と声帯靭帯)

この図の「声唇」が「声帯筋」、「声帯靭帯」が「声帯粘膜」に該当します。「声唇」と「声帯靭帯」の両方が振動するのが「地声」であり、「声帯靭帯」のみが振動するのが「裏声」というわけです。

これでもまだイメージしづらいかもしれないので、れみぼいす声帯削減とか声帯の伸展とかってなんぞ?(2013年2月8日)より、声帯のイメージ動画を引用します。

「地声」発声時の声帯

「裏声」発声時の声帯

「声唇」も「声帯靭帯」もともに大きく動いている上の図が「地声」発声時、「声帯靭帯」だけが少し動いている下の図が「裏声」発声時の声帯です。

「地声」と「裏声」の声色の違い

以上の声帯の話を踏まえて、「地声」と「裏声」の声色の違いを考えましょう。

前述の通り、「地声」は声唇と声帯靭帯が振動しますが、「裏声」は声帯靭帯のみが振動するわけです。この違いから、どのような声色の違いが生じるのか?

結論からいいますと、「地声」と「裏声」の違いは、声の基本波と倍音声帯を通過する息の量の二つです。それを説明するために、ヨハン・スンベリ『歌声の科学』という本を参照します(注3)。

まず基本波と倍音についてですが、『歌声の科学』のp.71-72にて、次のように書かれています。

裏声声区に対して地声声区は、中声区に対して胸声区は、それぞれ、より弱い基本波をもつ。

女性の声と裏声とが両方とも音源スペクトルでの強い基本波成分を特徴とする

「裏声」は強い基本波成分を持つのに対し、「地声」は基本波成分は弱めだといっています。ただ、「地声」は基本波成分が弱い分、倍音成分が強くなっています。

次に声帯を通過する息の量ですが、今度はp.88から引用します。

裏声声区が、地声声区に比べて、低い閉小速度と高い気流グロトグラム振幅であることは、すでに観察した。(中略)地声声区においては、すべての気流グロトグラムにおいて、(高フォルマントの除去に失敗したことによる微小な波を無視すれば)比較的明らかな閉鎖期が見られ、裏声声区では、気流グロトグラムはよりなめらかで、ほとんど正弦波のような波形であるのがわかる。

「高い気流グロトグラム」とは、「声門を流れる気流」(p.67)が多いということです。つまり、「裏声」は「地声」よりも息の量が多いというわけです。

ちなみに、「低い閉小速度」というのは、声帯を通る息の速度が小さいということです。管楽器をやっている人ならお分かりでしょうが、息の速度を大きくしてゆくと、倍音が鳴るようになります(「倍音」のハナシ…。参照)。「裏声」では息の速度が小さいのですから、基本波が大きくなるので、「正弦波のような波形」になるのです。

以上の話をまとめると、

  • 「裏声」は「地声」に比べて通過する息の量が多い
  • 「裏声」は「地声」に比べて基音が多い

ということです。

こう説明しても分かりにくいでしょうから、実際に音源を聞いてみましょう。米良美一がカバーした「ヨイトマケの唄」です。

0:01~0:09の「父ちゃんのためなら エンヤコラ」「母ちゃんのためなら エンヤコラ」までは「地声」ですが、次の(歌詞にない)「セイ」と、0:10~0:16 「もひとつおまけに」が「裏声」になっており、「エンヤコラ」で「地声」に戻ります。「地声」と「裏声」を聞き比べると、「裏声」の息の量の多さ、倍音の少なさが聞き取れるでしょう。

これを聞いた上で、前回も紹介した「もののけ姫」を聞いてみてください。

この曲は「裏声」で歌われています。「ヨイトマケの唄」の「裏声」に比べると、息の量は少なめで、息がスカスカ抜けている感じはしないでしょう。しかし、「地声」に比べて明らかに倍音が少ないこと、息の量が多いことは分かると思います。

上は、米良美一が病気から復帰後、「もののけ姫」を歌ったものです。キーを下げているため、0:06の歌い出しは「地声」ですが、0:41あたりから「裏声」に移行しています。

上の曲は、米良美一が「愛のままで…」をカバーしたものです。この曲にも、「地声」と「裏声」が使われています。どこに使われているか、声色や倍音に着目しながら聞いてみてください。

ところで、私はこれまで「地声」「裏声」という表記をしてきました。

しかし、「地声」という概念は大変曖昧であり、ボイストレーニングを論じるにはふさわしくない概念であることも承知しています。

というのは、「地声」というのは「声唇と声帯靭帯が振動する声」という意味以外に、以下のような意味でも使われるからです。

  1. マイクなどを使用しない声(生声)
  2. 歌声ではない普通の声(話し声)
  3. 裏声でない声(表声・実声)
  4. チェストボイス

私は今まで3番の意味で「地声」という言葉を使ってきました。しかし、あえて「表声」「実声」という言葉を使わず、「地声」という言葉を使ったのには理由があります。

それは、「表声」「実声」という言葉も非常に曖昧な言葉だからです。「地声」が曖昧であるのと同様に、「表声」も「実声」も曖昧な言葉であって、それにいいかえたところで、「表声って何?」「実声って何?」という疑問が湧いてきます。

そこで、今回は「地声」などの表記にこだわるのをやめ、「地声」と「裏声」の声帯の違いを説明することを優先しました。ボイストレーニングを学ぶ人にとっては、用語の厳密な定義よりも、声帯の動きの違いを知るほうが実用的だからです。

私は「地声」という用語が好きではありませんが、猶更分かりにくい「表声」や「実声」という用語にいいかえるよりは、「地声」を使ったほうが有用だろうと考えています。そこで、このボイストレーニング論では、今後も「地声」という単語を使うようにします。

「地声」「裏声」二分法の長所・短所

ここまで、「地声」「裏声」について見てきました。最後に、「地声」「裏声」の二分法の長所と短所について説明しておきましょう。

長所は、「地声」と「裏声」の関係を説明できることです。これは次回説明しますが、「チェストボイス」「ミドルボイス」「ヘッドボイス」の三分法では、その三つと「裏声(ファルセット)」について説明することができません。

「裏声」を全く使用しないというなら、それでもよいかもしれませんが、現実には、多くの楽曲で「裏声」が使われます。昔は、「裏声」なんてものは「地声」の未熟な段階に過ぎず、いずれ淘汰されるべきものだといわれていましたが、最近は「裏声」の有用性を認め、それを積極的に取り入れるようになりました。「裏声」が無視できなくなってきた今、「地声」と「裏声」の関係を説明できることは重要です。

短所は、前回触れた「地声」とも「裏声」とも判断できないものを説明できないことです。前回少し触れましたが、これは「ミドルボイス」「ヘッドボイス」と呼ばれるもので、声帯が特殊な状態にありますので、「地声」「裏声」の二分法では説明できません。

今回は「地声」「裏声」の二分法について説明しました。次回は「チェストボイス」「ミドルボイス」「ヘッドボイス」の三分法について説明します。

補足1: 裏声で喋る人

ボイストレーニングではないのですが、「地声」「裏声」について少し。

このボイストレーニング論では、「地声」とは「声唇と声帯靭帯が振動する声」と定義しているわけですが、本来「地声」とは、「ふだんの声」という意味の言葉です。

では、「ふだんの声」が「裏声」というのは、「地声」=「裏声」なのでしょうか?

もちろん、「地声」と「裏声」では声帯の動きが明確に異なりますから、「地声」と「裏声」が入れ替わったり、一体化することはありえません。しかし、いつも「裏声」でばかり喋っていると、どちらが「地声」「裏声」なのか、自分で分からなくなることがあります。

私事ですが、私の知人で、常に「裏声」で喋っている男性がいます。わざとそう喋っているのではなく、自分が「裏声」を出している自覚がないのです。声変わりの時期からずっとそういう喋り方をしていたそうで、今では「地声」と「裏声」の違いがよく分からないといいます。

「地声成分」「裏声成分」という言葉があります。人の声を判断するときに、「高音では裏声成分が多い」とか、「地声成分が少ない」といったいい方で使われます。

この言葉を使う人たちは、「地声成分」と「裏声成分」の割合によって声色が決まると考えているのだと思われます。例えば、ある歌手は「地声成分」:「裏声成分」=7:3なので「地声」っぽく聞こえるが、別の歌手は「地声成分」:「裏声成分」=1:1なので「地声」と「裏声」の中間に聞こえる、というような。

確かに、人によって声が「地声」っぽく聞こえたり、「裏声」っぽく聞こえることはありえます。が、「地声成分」が多いからといって「地声」とは限りませんし、「裏声成分」が多いからといって「裏声」とは限りません。「地声成分」「裏声成分」という言葉は、「地声」「裏声」とはほとんど関係がないのです。

ここでは詳しく説明する余裕がありませんが、「地声成分」とは倍音成分、「裏声成分」とは基本波成分を指す言葉です。詳しく知りたい方は第十四回をお読みください。

注釈

  1. 人間の声の出し方を、「地声」「裏声」や「胸声」「頭声」の二つに分ける立場を「二声区」と呼ぶことがあります。「チェストボイス」「ミドルボイス」「ヘッドボイス」の三つに分ける立場は、「三声区」です。 本文に戻る
  2. ただし、ふだんから「裏声」で喋っている人などは、「裏声」で喋っていることが分かりづらいかもしれません(例えば「安田大サーカス」のクロちゃん)。あと、平井堅のように、「地声」であっても、息の量が多いウィスパーボイスで歌う人は、「地声」と「裏声」が分かりづらいことがあります。 本文に戻る
  3. ちなみに、Googleブックスのプレビューから『歌声の科学』を読むことができます。 本文に戻る
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「地声」「裏声」とは何か──ボイストレーニング論その三」への1件のフィードバック

  1. 金管楽器の発音原理同様のナンチャッテ科学があるように思いました。
    金管楽器は「唇を振動させて」音をだします。定説になっていますが、唇の振動は結果であって原因ではありません。そして唇自体が振動するのではなく唇の表面が振動しているだけです。

    これを当てはめると声帯の振動も結果と考えるべきではないでしょうか。
    裏声を出そうとするとき普通の声のときには意識しない部分に力を入れることを自覚します。また音が出るまでに地声よりも時間がかかります。
    歯切れの良いスタッカートを裏声で出すことは難しいのでは?

    超音波を人間が出すことはできないか?
    コドモが意識を持った場合40KHzくらいは出せるのではないでしょうか。
    人間。100kHzくらいまで聞こえる人も居るわけです。聞こえる音を出せない理屈はありません。

    超音波ではないでしょうけど、メクラが舌打ちしながらその音の反射で目前の形状を把握し、健常者同様の速度で歩く姿を見たことがあります。

    あと、音について物理学は役にたちません。
    弦の共振周波数とかもっともらしく高校の教科書にありますが、あれは太さゼロの弦の話しであり、実在しません。

    気柱の場合も同様で、太さゼロの話しです。

    篠笛ひとつとっても計算で作ることができません。
    何本も作って使い物になるのは1本か2本。

    いちゃもんを並べましたが、現時点でボイストレーナを全否定してるわけではありません。

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