ボイストレーニング理論はなぜ混乱しているのか──ボイストレーニング論その二

ボイストレーニング論の第二回です。前回に続き、今回も総論的な話です。今回は、ボイストレーニング理論がなぜ混乱しているのかについて説明致します。「地声」「裏声」や「ミドルボイス」といった具体的な話は次回次々回に譲ります。

※ボイストレーニング論は全十五回です。「裏声を練習すればミドルボイスが身につく?」「ミドルボイスって地声? 裏声?」「ミドルボイスの音源が聞きたい」そんな方はぜひお読みください(全記事一覧は、カテゴリ「ボイストレーニング」か、記事「ボイストレーニング論」参照)。

ボイストレーニング論その二の要旨

  • ボイストレーニング理論が混乱する原因を理解することにより、各理論で意見が食い違う背景や理由を理解することができる。
  • ボイストレーニング理論が混乱しているのは、「地声」「裏声」「ミドルボイス」「ミックスボイス」といった用語が曖昧な定義のまま使われているためである。
  • 科学的なボイストレーニングの研究も進められているが、発声練習においては各人の感覚に依存せざるをえない。
  • 発声の感覚が人によってそれぞれ違うのが、ボイストレーニングが混乱する一因である。

目次

ボイストレーニング理論は混乱している

具体的な理論に入る前に、なぜボイストレーニング理論の混乱に言及するのか? まずはそれを説明したほうがよいでしょう。

ボイストレーニング理論に詳しい方はご存じでしょうが、書籍やインターネットの理論は恐ろしいほど多種多様を極めています。世の中のほとんどのものが「他の理論は間違っており、私のものが正しい」と主張しているため、読んでいる人からすると、どれが正しいのかさっぱり分からない状態です。

ですから、このボイストレーニング論でいきなり詳しい理論を説明しても、読者は他のブログと読み比べて「このブログの内容は本当に正しいのか?」と疑問に思ってしまうので、混乱を増すだけになります。それではあまり意味がない。

そこで、具体的な話をする前に、ボイストレーニング理論が混乱する原因を詳しく説明することにしました。これを読んで、「各ブログの内容の相違がどういった点から発生するのか」「このブログとあのブログではどういう着眼点の違いがあるのか」を理解していただければ、混乱することを防げると思います。

ただ、ボイストレーニング初心者の方は「そもそもボイストレーニングって混乱しているの?」と思われているかもしれない。そんな方向けに説明しましょう。

例えば皆様は、以下の用語のうち、いくつご存じですか。

  • 表声
  • 裏声(ファルセット)
  • 地声
  • 実声
  • チェストボイス(胸声)
  • ミドルボイス
  • ヘッドボイス(頭声)
  • ミックスボイス(混声、混ぜ声)
  • ホイッスルボイス

ボイストレーニングに詳しい方なら、ほとんどご存じでしょうね。それほど有名な用語ばかりです。そして、詳しい方は、上の用語の意味が人によってばらばらであることも、よくご存じでしょう。

詳しくない方向けに説明すると、上記はいずれもボイストレーニングで使われる有名な用語なのですが、人によって全く違う意味で使われており、統一的な見解が存在しないのが現状です。用語に対して明確な定義が存在しないことが、混乱の原因の一つです。

さらにいえば、発声では人によって感覚が大きく違い、ある人が「地声」のつもりで出している声が、別の人は「裏声」のつもりで出している……ということも起こりがちです。発声の感覚が人によって異なることが、もう一つの原因です。

このように説明しても分かりづらいので、「地声」「裏声」という概念を例にとって、色々な音源を挙げつつ、ボイストレーニングの混乱の原因を探ってみましょう。

なお、下記の話は次回次々回の「地声」「裏声」や「ミドルボイス」の話に繋がってきます。

「地声」と「裏声」を元にボイストレーニング理論の混乱を考える

突然ですが、皆様は、「裏声」を使って歌われる曲をどれぐらい挙げられますか?

1. 「地声」と「裏声」が明確に区別できるもの

「裏声」を使った楽曲というのは、至るところに発見できます。例えば、石川さゆり「津軽海峡冬景色」です。

1:03以降の「ああ 津軽海峡冬景色」ですが、二つ目の「あ」で、「地声」から「裏声」に移行しているのが分かりますね。その後の「津軽海峡」は、再び「地声」に戻っています。

細かく指摘すると、「海峡」の「い」だけが裏声になっています。少し分かりづらいのですが、よく聞くと、「い」の箇所だけが、前後と声色が違うのが分かるかと思います。

他にも、サイモン・ガーファンクル「明日に架ける橋」・クイーン「キラークイーン」・米良美一「もののけ姫」・L’Arc〜en〜Ciel「瞳の住人」などなど、「裏声」を使った曲は枚挙に暇がありません。

↑サイモン・ガーファンクル「明日に架ける橋(Bridge over Troubled Water)」。1:07の「And friends just can’t be found」以降が「裏声」。

↑クイーン「キラークイーン(Killer Queen)」。0:19「You can’t decline」の「decline」以降が「裏声」。

↑米良美一「もののけ姫」。0:23「張り詰めた弓の」以降が「裏声」。

↑L’Arc〜en〜Ciel「瞳の住人」。1:17「駆け回っていても」、1:40「輝きは色褪せず」1:48「照らしてる」などが「裏声」。

「裏声」には様々な定義がありますが、上記の歌声が「裏声」であることには、ほとんどの方が同意されるのではないでしょうか。このように、「裏声」と明確に分かる声については、混乱はあまり起こらないのです。

2. 「地声」と「裏声」の声色が似通っているので区別しづらいもの

また、分かりづらいのですが、以下の曲でも「裏声」が使われています。

【ニコニコ動画】昔の美輪さん

「薔薇のルンバ」という楽曲を、若かりし美輪明宏が歌っています。基本的には「地声」ですが、要所要所に「裏声」が交じっているのが分かるでしょうか。歌詞を見ながら考えてみてください。

0:33 「乙女の夢の花」
「の夢」と「花」
0:50 「きざむリズムルンバ」
「リ」と「ルンバ」
0:55 「妖しくも」
「あ」と「くも」
1:24 「恋に生き 恋に咲くは」
「生き」と「恋に」

上記の箇所が「裏声」です(全部挙げると大変なので、一部だけ挙げています)。「地声」と「裏声」が絶妙に交じりあった歌声で、非常に分かりにくい。

聞き分けるポイントは、「地声」に比べて、「裏声」の箇所は声帯からの息漏れが多いので、少し違う声色になっていることです。

このように、「裏声」であるのに、「地声」と区別のつきにくい「裏声」を出す歌手がいます。

3. 「地声」とも「裏声」とも判断できないもの

ここまでは、「裏声」だと分かる曲を挙げてきました。では、以下の曲はどうでしょうか。

デーモン小暮の「地上の星」カバーです。

3:46「今 何処にあるのだろう」を歌い終わった後の、3:52の「アアア~」というシャウト、さらに3:54で声のトーンが上がって再び「アアア~」と叫ぶところに着目してください。表現しにくいのですが、それまでの声に比べてエッジがかかった荒々しい声、とでもいうべき声です。この声は「裏声」でしょうか? 「地声」でしょうか?

前の「アアア~」に比べて、息漏れは起こしていませんから、「裏声」には聞こえません。しかし、「地声」というには異様に鋭い声です。これは「地声」といえるのでしょうか?

あるいは、以下の曲を聞いてみてください。

クリスタルキングの「An End」という楽曲です。「大都会」や「愛をとりもどせ」で有名なバンドですが、こんな曲も歌っています。1:22以降に声が入っています。

1:22~1:49の声は、息漏れが聞き取れますので、「裏声」だと分かります。しかし、1:50以降の声には、息漏れがほとんどなくなります。「裏声」でないとすると、「地声」なのでしょうか?

ボイストレーニングにおける「地声」「裏声」の二分法の限界

以上、

  • 「地声」と「裏声」が明確に区別できるもの
  • 「地声」「裏声」の声色が似通っているので区別しづらいもの
  • 「地声」とも「裏声」とも判断できないもの

の3種類の声を見てきました。1・2番については「地声」「裏声」が区別できるものの、3番がそうでないことがお分かりいただけたでしょう。

結論をいうと、3番については、「地声」「裏声」という二分法では分析しきれません(注1)。次々回で詳しく考察しますが、これは「ミドルボイス」「ヘッドボイス」と呼ばれる歌い方であり、声帯の具合が、通常の「地声」や「裏声」とは異なる状態になるからです(注2)。

ただ、そう考えると、では「ミドルボイス」「ヘッドボイス」とは何なのか、という疑問が出てきます。で、「ミドルボイス」「ヘッドボイス」の定義が人によって違うので、ある人が「ミドルボイス」と呼ぶものが、別の人は「裏声」と呼んでいる……という混乱を招いています。

最初に、用語の定義が曖昧だと述べましたが、それは、「地声」とも「裏声」とも判断できないものを説明するために、「ミドルボイス」や「ヘッドボイス」といった概念を作ったものの、それらの概念の定義すらも曖昧であったということなのです。

科学的なボイストレーニングの難しさ

こうした曖昧な状態を打破すべく、声帯の科学的な研究が続けられてきました。1965年には、フースラーとマーリング『うたうこと 発声器官の肉体的特質』という解剖学の実証研究の本が出版されています。

最近では「れみぼいす」「吟詠音楽講座」のように、声帯の機能を詳細に解説したサイトまであります。科学的な研究を通じて、前述の「地声」とも「裏声」とも判断できない声の声帯の動きや、「ミドルボイス」「ヘッドボイス」の発声の仕組みなどが明らかになってきました。

フースラー『うたうこと』については第十一回で、「れみぼいす」や「吟詠音楽講座」については第十三回で取り上げました。

なのに、ボイストレーニングは未だに混乱しているのです。それはなぜか?

それは、ボイストレーニングでは声帯の動きを見ながら練習をすることができないことに由来します。

当然の話ですが、声帯は咽頭、つまり人間の体内にありますから、その動きを目で確認することができません。動きを確認しようと思ったら、医者に頼んで、毎日胃カメラを飲んで、声帯を確認しながら歌の練習をするはめになりますが、こんな練習方法は非現実的でしょう。

ちなみに、2007年のナショナル・ジオグラフィック・チャンネルで、こうした企画が本当に行われたことがあります。エアロスミスのボーカルであるスティーブン・タイラーの声帯を観察する企画です。

非常におもしろい企画ですが、タイラーも、いつもこんなことをしながら練習しているわけではないでしょう。ふだんは、自分の声帯の動きなど確認せずに歌っているはずです。

声帯の動きが確認できないとなると、いくら声帯の動きを科学的に分析しても、科学的に練習できるとは限らない。例えば、「声域を広げるためには閉鎖筋と輪状甲状筋をバランスよく働かせることが必要である」といわれて、「よし、閉鎖筋と輪状甲状筋をバランスよく働かせて歌う練習をしよう」なんてことができるでしょうか?

つまり、声帯の研究がいくら進んでも、歌の練習は感覚的なものに依拠せざるをえないのです。ボイストレーニングでは、「頭に響かせる」とか「支えを作る」といった感覚的な表現がありますが、こういった表現が使われるのは、そうせざるをえないからです。

発声の感覚の違い

前述の通り、科学的な研究がいくら進んだところで、ボイストレーニングは感覚的な練習に頼らざるをえません。しかし、すると厄介なことが起きます。

当然のことですが、感覚というのは人によって違うものです。ボイストレーニングでは、ある人が「地声」といったものが、別の人は「裏声」といっており、どちらを信用してよいのか分からない……ということは日常茶飯事です。また、自分は「地声」の感覚で発声しているものが、他の人は「裏声」感覚で出している……ということもあります。

声帯の具合や声質は人によって違うわけですから、発声の感覚が人によって違うのは、当然といえば当然で、別に悪いことではありません。しかし、自分の感覚を信じ、これこそが正しいのだと考えると、泥沼の論争に陥ります。

インターネット上ではよくあることですが、自分は「ミドルボイス」を出せると信じており、事実そういう感覚で出しているのだが、実際にそういう人の歌声を聞いてみると、実は「ミドルボイス」でも何でもなかったりします。声色などから判断して、その事実を指摘するのですが、本人は「いや、これはミドルボイスだ」と主張します。いくら客観的な証拠があろうと、本人が「ミドルボイス」の感覚で歌っていると反論されたら、「ミドルボイス」でないことを証明するのは大変です。

感覚というのは、「そう感じるから」というもので、論理的な理由に基づくものではありませんから、それを論破することは非常に困難です。そして、こういう人たちが集まると、「ミドルボイスは地声だ。俺がそう感じるから」「いや、ミドルボイスは裏声だ。私がそういう感覚だから」という議論に陥り、永遠に決着がつきません。

以上で、ボイストレーニングが混乱している原因がお分かりいただけたでしょうか。用語の定義の曖昧さと、感覚の相違というのは、かなり根の深い問題なのです。

次回からは具体的なボイストレーニング論に入ります。

注釈

  1. この二分法に対し、「チェストボイス」「ミドルボイス」「ヘッドボイス」という三分法があるのですが、私は、この三分法にも限界があり、二つの分法をあわせて考えなくてはならないと考えています。詳しくは第五回にて書きます。 本文に戻る
  2. 実をいうと、1. 「地声」と「裏声」が明確に区別できるものや、2. 「地声」「裏声」の声色が似通っているので区別しづらいものの中にも、「ミドルボイス」や「ヘッドボイス」が使われているものがあります。 本文に戻る
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