「英雄」キューブラー=ロス

「あなたはヒトラーだ」キューブラー=ロスはなぜ神に怒ったか

11月初日から「死」の話題です。暗すぎるといわれるかもしれませんが、気にしません。

BSドキュメンタリー「最後のレッスン~キューブラー・ロス かく死せり~」を見ました。数多くの患者の死を看取り、五段階の「死の受容過程」を提唱した精神科医エリザベス・キューブラー=ロスの晩年を描いた番組です。

キューブラー=ロスは68歳(1994年)に対外的な活動を取りやめ、アリゾナに移住しました。翌年1995年に脳卒中で半身不随となり、日常生活にも支障を来すようになりました。動画のインタビューは、彼女が75歳(2001年)のときにインタビューしたものです。

インタビューを文字に起こしてみます。

脳卒中の発作を起こしたとき、神に「あなたはヒトラーだ」と呼びかけた。
「ヒトラー並だ」といったのに、神はただ笑ってた。それでますます頭に来たわ。
40年間も神に仕える仕事をしてきて やっと引退しようと思ったら 脳卒中で何にもできなくなってしまった。
(「最後のレッスン~キューブラー・ロス かく死せり~」26:42~)

立花隆『臨死体験〈上〉』(文春文庫)によれば、彼女は第二次大戦後にナチの強制収容所を見て回り、「誰の心の中にも、必ずヒットラーが住んでいます。それとともにマザー・テレサも住んでいます」と考えるに至ったそうです。その彼女が「神はヒトラーだ」と叫ぶのは、尋常でない怨恨がこもっています。

このインタビューを視聴して、キューブラー=ロスに失望したとか、逆に人間味を感じられたとか、色々と意見があります。そこで、私も意見を述べてみます。

キューブラー=ロスは死を恐れていたから神に怒ったのではない

まず重要なのは、キューブラー=ロスは(「死の受容」プロセスで挙げられていたような)死を恐れるタイプではなく、むしろ死を楽しみにしていた人間であったということです。それは、『臨死体験』やインタビューにおける彼女の言葉から明らかです。

私はまだ生きている。不幸にも……。不幸にも、ね。
あなたたちに分かる?
もう六年間、死にたいと思ってきたわ。六年よ。
(中略)
私にできるのは、早く死ねるよう祈ることだけ。
(「最後のレッスン~キューブラー・ロス かく死せり~」28:37~)

このインタビューが行われたのは2001年、半身不随になって6年後です。つまり、脳卒中になった直後で自暴自棄になったというわけではなく、6年間、彼女が考えに考えた末、やはり「死にたい」と思い続けていたのでしょう(なお、インタビューでもいっていますが、彼女はクリスチャンなので自殺できないのです)。

実をいうと、キューブラー=ロスは半身不随になる前から、死は怖くないという旨の発言をしています。

……インタビューの終わりに、
「じゃあ、あなたは死ぬのが恐くないどころか、楽しみでしょう」
ときいたら、彼女は顔全体を喜びにかがやかせ、ニッコリ笑って、
「イエース! アイム エクスペクティング!(ええ、心待ちにしています)」
と大きな声で答えた。
(『臨死体験〈上〉』)

『臨死体験』のインタビューが何年に行われたのかは記載されていません。ただ、このインタビューは元々1991年にNHKスペシャルで放送された番組「立花隆リポート 臨死体験~人は死ぬ時 何を見るのか~」のために行われたものなので、1991年以前、つまりキューブラー・ロスが脳卒中で倒れる前です。

なぜ、彼女が死を楽しみにしているのかというと、これには理由があります。

番組の24:12以降で触れられていますが、キューブラー=ロスは死後の世界の研究に没頭していた時期があります。同じテーマが『臨死体験〈上〉』で詳しく取り上げられており、この本では、彼女の死生観と彼女自身の臨死体験がインタビューされています。臨死体験を通じて死が恐くなくなった人は多いのですが、彼女もその一人です。

つまり、死が怖くないという考えは彼女の長年のものであり、半身不随になった後も変わっていないということ。むしろ、半身不随になった後のほうが、早く死にたいという思いが強まっているように見えます。ですから、彼女が「死の受容」の第一段階(否認)や第二段階(怒り)で留まっており、第五段階(受容)に至っていないという批判は見当外れです。確かに彼女は怒っていますが、それは、死を受容できないからではないのです。

キューブラー=ロスは「死に至る病」にかかった

では、キューブラー=ロスはなぜ怒っているのか? ここからは私見です。

彼女が怒っている理由は、一言でいえば死にたいのに死ぬことができないこと。さらにいえば、死ぬことができず、何もできない状態で、ただ介護される境遇に耐えられないことでしょう。

死にたいのに死ぬことができないことを、キルケゴールは「死に至る病=絶望」という言葉で表現しています。

死が最大の危険であるとき、人は生を希う。彼が更に怖るべき危険を学び知るに至るとき、彼は死を希う。死が希望の対象となる程に危険が増大した場合、絶望とは死にうる希望さえも失われているそのことである。
(キェルケゴール『死に至る病』(岩波文庫))

前述の通り、彼女はクリスチャンなので自殺できません。命とは神から与えられたものなので、勝手に伸ばしたり縮めたりするのは禁じられているのだそうです。にも関わらず、彼女は死にたいと願っている。これは、まさしく「死にうる希望さえも失われている」状態です。

では、そもそもなぜ彼女はそんなに死にたいのか? それを考えるヒントが彼女の言葉にあります。

愛を受け入れるということに関して私は落第だった。
自分を愛するなんてとんでもないと思うから、あまり多くの愛を得られずにきた。
だから私は学ぶべきことになっているのよ。
嫌でたまらないけど。
(「最後のレッスン~キューブラー・ロス かく死せり~」32:35~)

人生とは「学ぶべき課題」だといっていたキューブラー=ロスですが、「愛を受け入れる」ことについてだけは「嫌でたまらない」ようです。友人や家族とのつきあいを経て、多少は「愛を受け入れる」ことができるようになったように見えますが、やはりどこか苦々しい気持ちが拭えないようです。

「私は落第だった」と述べている通り、彼女は精神科医として愛を与えることに尽力してきた人ですから、愛を与えることもできず、愛を受け入れるだけの自分が我慢できなかったに違いありません。なお、余談ですが、彼女は精神科医を続ける中で夫と離婚し、流産も経験したりと、家庭生活においてもあまり「愛を受け入れる」ことがなかったようです。

私がおもしろいと思ったのが、ヘルパーの話です(39:38~)。キューブラー=ロスは食事をほとんど摂らなかったそうですが、ヘルパーが「お孫さんのために一口」「娘さんのために一口」と薦めると、ようやく食べるのだそうです。誰かのためといわれれば食べざるをえない。ただ「愛を受け入れる」ことは望まず、あくまで「愛を与える」ことに固執する彼女の姿勢が窺えます。

私は以前、自分の人生における長期的な目的として他人を置き、他人のために生きている人間を「英雄」と呼んだことがあります(2013年9月14日の記事参照)。キューブラー=ロスの生き方はまさしく「英雄」的であり、キリスト教的にいえば「聖女」だと思います。

補足: クリスチャンは神の夢を見るか? マザー・テレサは神の存在を信じていなかったかもしれない

〔2014年3月14日追記〕マザー・テレサ、神の存在への疑念を手紙に記すという記事があります。2007年8月27日の古い記事ですが、これによると、カトリックの「聖人」に列せられるマザー・テレサは、神が存在することの確信を持てなかったそうです。詳しく調べると、Come Be My Lightという本にそのことが書かれているらしい。

私はこの本を読んでいませんが、マザー・テレサが神を信じていなかったのはありうる話だと思います。テレサもキューブラー=ロスと同様、いくら仕えても何も答えない神に不信感を抱いたのではないか。

一般に、何かに善意を向けてそれが報われない場合、人間は善意を向けた対象に怒りを覚えます。それは神に仕えるクリスチャンとて例外ではないでしょう。「40年間も神に仕える仕事をしてきて やっと引退しようと思ったら 脳卒中で何にもできなくなってしまった」というキューブラー=ロスの言葉が典型的ですが、「40年間」の善意を「脳卒中」という仇で返してきた(と彼女は思っている)神に対して、彼女は怒りを覚えたに違いない。

2013年11月26日に取り上げた遠藤周作『沈黙』の主人公ロドリゴは、いくら仕えても「沈黙」し続ける神に不信感を抱いていました。そんな彼を救ったのは、「踏むがいい」というイエスの言葉でした(これが幻聴なのか本当のイエスの言葉かは不明ですが)。神が「沈黙」し続ける限り、クリスチャンとて神への不信感から逃れることはできないのだと思います。キルケゴールでさえ、「躓き」を防ぐことは神にもできないといっていました(2013年11月2日の記事参照)。

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