哲学する現代

今日、八木雄二『神を哲学した中世』(新潮選書)を読了しました。10月5日の記事で紹介した本ですね。

この本の最終章でオリヴィという神学者が取り上げられているのですが、彼が、「最近の若者には学問を学ぶことに熱中し、愛や徳を知ることには無関心になっている」と述べているのが印象的でした。これは、中世の若者だけでなく、現代の哲学研究者もそうでしょうね。

学ぶだけでなく、そこから「善く生きる」ことを学ぶようにしたいものです。カントがいうように、哲学することを学ぶことはできるが、哲学を学ぶことはできないのですから。

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