「英雄」論その二

2014年1月8日追記: 検索エンジンで検索してこの記事にいらっしゃる方が多いようなので、遅まきながら全体の目次を作成しました。

昨日の「英雄」論の続きです。「英雄」は、自分の人生における長期的な目的として他人を置いている、という話を昨日しました。

さて、そんな彼らでも、自分の長期的な目的に疑問を抱くときがあります。

その疑問は、以下の三つの形で提示されます。

1. 目的の実現の困難さ・無意味さ(虚しさ)
2. 目的の否定(絶望)
(例)不動明(『デビルマン』)・遊代十代(「遊戯王GX」)など
3. 他の長期的な目的の登場(ジレンマ)
(例)衛宮士郎(「Fate stay/night」)など

虚しさ

まず1番目。簡単にいえば、目的の実現に向けて努力する中で、ふと「私ってなぜこんなことをしているのだろうか」「私のしていることに意味はあるのだろうか」という虚しさに襲われることです。

あるいは、目的の実現のために自分の私生活を過度に抑圧してしまい、「自分の人生は何なのだろうか」という虚しさを味わうこともあります。

これは、我々が働く中で起こりやすい感情ではないでしょうか。あるいは、市民運動などでも起こりやすいようです。

これが何に起因するかといえば、先日論じた人生において何かを残すという問題に起因します。

例えば、「世界の平和」のために働いているとしましょう。

しかし、(先日論じた通り)「世界の平和」という長期的目的は、自分の人生の中で実現されることはまずありえません。

すると、自分の行動が「世界の平和」にどれだけ貢献しているのか? 「世界の平和指数」ともいうべきものが存在しないため、自分の行動を可視化できないのです。

もしかすると、全く意味がないのではないか?──これは、人生の目的が可視化されえないために起こる懐疑です。

なお、この問題が現に現れている企業があるのですが、これについては明日論じます。

絶望

次に2番目。1番と似ていますが、「虚しさ」というよりも、目的を否定されることによる「絶望」が強く作用します。

今まで守っていたものから裏切られることによって、自分の目的が否定されることから、目的を喪失してしまう……という形をとることが多いでしょう。

例に挙げた『デビルマン』や「遊戯王GX」の「裏切り」、『るろうに剣心』の「恋人の死」など、様々な形で描かれます。

ジレンマ

最後に3番目。今までの長期的目的と対立する別の目的が現れてしまい、どちらを選択するかというジレンマに襲われます。

「Fate stay/night」の桜ルート「Heaven’s Feel」は非常にわかりやすい例で、衛宮士郎は、「正義の味方になる」という目的と「桜を守る」という目的に板挟みになり、どちらかを選ばざるをえなくなります。

あるいは、「国を手に入れる」か「ガッツと共にいる」で悩んだ『ベルセルク』のグリフィスなどもそうですね。

さて、「英雄」が目的に悩むパターンを見てきました。

明日は、(フィクションではなく)現代社会の企業において「英雄」が活躍している姿と、その下で悩む人間たちについて書くことにします。

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